24:雨の日の双子
その日、マリエラは朝食を終え、屋敷に隣接する子供達の家へと向かっていた。
日中は子供達の世話をするシエナを手伝うようにしている。家の掃除、子供達の身の回りの物の準備。遊ぶのに付き合ったり、お昼寝の寝かしつけ、勉強を見たり、お風呂に付き添ったり。最近はダンスの練習をせがまれたりもしている。
「今日は何をしようかしら。ルーニーがダンスの練習をしたいって言ってたから、ダンスと……。あら?」
通路を歩いていると、道の先からパタパタと走ってくる子供達の姿があった。
といっても、マリエラには『子供』だが事情を知らぬ者ならばぎょっとする姿である。
全身が茶色の長い毛で覆われている子と、鳥の頭部と背中に鳥の羽を持つ子供。ルーニーと、彼女と同じ怪物返りの男の子ジャックである。
「ルーニー、ジャック、どうしたの?」
「マリエラ、洗濯物! 洗濯物取って!」
「洗濯物?」
「洗濯物!」としきりにジャックが訴えてくる。彼が動くたびに背中の羽がバサバサと揺れている。
その隣ではルーニーが「あのね、あのね!」と説明をしようとしているが、こちらも急ぐあまりうまく言葉を紡げずにいた。
二人の様子から何かあったのかと察し、マリエラは二人の頭をそっと優しく撫でて落ち着くように促した。深呼吸を促せば、二人が言われるがままに呼吸を整えだす。幸い、それで少し落ち着いてくれたようだ。
「あのね、雨が降るの。でもお外にはお洋服とかお布団とか干してあって、私達だけじゃ取れないの。でもママ先生はステファンとお話するってお屋敷に行っちゃってね。だから呼びに行こうと思って」
「雨が? でも今日は晴れてるわよ?」
窓の外を見れば木々の隙間から青空が覗いている。日の光が差し込み心地良い天気だ。雨が降る気配は皆無である。
だがそれを告げてもルーニーもジャックも納得せず、「雨が降るの!」と主張を続け、挙げ句にマリエラの手を掴んで家の方へと連れて行こうとしだすではないか。
もっとも、マリエラは元々彼女達の家へと行くつもりだったのだ。それなら手を引っ張られたままでも、多少早歩きになっても何も変わらない。
そう考えてルーニーとジャックに引っ張られるように家へと向かう。洗濯物が干されている場所へと着けば、そこにはティティの姿があった。
彼女は子供達に急かされながら洗濯物を取り込んでいる。
「ティティ、貴女も子供達に呼ばれたの?」
「そうだけど、ひとまず今は洗濯物を取り込んで欲しい。中に持っていけば子供達が畳むなり中に干す準備なりするから」
「だから今日は晴れてるんだけど……」
どういうわけか、ティティまでもが洗濯物を取り込むように促してくるではないか。
これにはマリエラも困ってしまい再び空を見上げた。青空を白い雲が流れており、まさに快晴。雨の気配はない。サァと冷たい風が吹き抜けて草を揺らすだけだ。
だというのに子供達は早く早くと急かしてくる。こうなってはマリエラも主張し続ける気にはならず、ひとまず彼等の指示に従おうと洗濯物を取り込み始めた。
衣類や下着に始まり今日は天気が良いから布団やシーツも干していたようで、洗濯物はかなりの量だった。
ティティと二人で何度往復したことか。子供達がバケツリレー式に協力してくれてはいたが、それでも短時間で取り込むのはなかなか骨が折れた。
それでもなんとか洗濯物を全て取り込み、室内に干し直して一息吐き、マリエラはふと窓辺へと視線をやった。
子供が二人、窓に張り付いている。
マリエラ達が洗濯物を取り込んでいる最中、他の子供達は手伝ったり応援したりしていたがあの二人だけは違っていた。ずっと窓に張り付き、空に向かって「まだちょっと待って」だの「あと少しだから」だのと訴えていたのだ。
手伝いをサボっているというよりは、彼等は彼等で必死に何かをしていたかのようだった。
「レオ、オーキス、外に何かあるの? まだ洗濯物が残ってる?」
マリエラが声を掛ければ、二人が同時に振り返った。
レオとオーキスはこの家に住む男女の双子だ。二人とも頭部が透明な球体になっており、中ではそれぞれ赤と黒の魚が一匹泳いでいる。
それでいて首から下は年相応の子供とまったく同じ造りをしている。怪物返りの子供達しかいないこの家の中でも、例えようのない不思議な見た目をした子達だ。
「あのね、待っててくれてありがとうって」
「もう降っても大丈夫って伝えたの」
「空に伝えてたってこと? そもそも、今日は晴れてるのに雨なんて……」
降るはずがない、そう言いかけたマリエラの言葉に、ポツと何かが小さく窓を叩く音が重なった。
反射的に顔を上げて窓を見れば、水滴が一つ窓に付着している。それがまた一つ増え、今度は二つ。ポツポツと次第に音も数も増していき、大きな窓のそこかしこに水滴が着き、伝い落ちていく。
雨だ。
気付けばあっという間に土砂降りである。まるでそれに倣うように、いつの間にか空もどんよりと暗くなっている。
「天気雨……? でも、なんでそれが分かったの」
急に天候が悪くなるのはまれにある事だ。
大粒の雨が落ちてきたかと思えば一気に雨脚が強くなり、あっという間に土砂降り。散歩や屋外の茶会の最中に降られた事は幾度とある。
メイドを連れて公園を散歩していた際、急に降られて皆でキャァキャァと馬車へと走ったのは今となっては良い思い出だ。貴族の令嬢らしからぬはしたない行動だったが、貴族の令嬢だろうと夫人だろうと大雨の前には悲鳴をあげるしかないのだ。
そんな急な悪天候を、どうして子供達は分かったのだろうか。
子供達がマリエラを呼びに来た時はまだ暗雲の欠片も見えていなかったというのに。
「雨が降るって言い出したのはレオとオーキス?」
「うん。でも洗濯物があるから、まだ待ってって言ったの」
「言ったって……、誰に言ったの?」
「雨に言ったの」
窓の外で振りしきる雨を指差してオーキスが答える。レオも同意だと言いたげで、二人には冗談めかしている様子も嘯いている様子も無い。
この話にマリエラはいよいよわけが分からないと困惑を深め、だが聞こえてきた足音に振り返った。
「まさか雨が降るなんて思ってもなかったわ。誰か濡れてない? 風邪を引いちゃうから、濡れた子はすぐにお洋服を着替えて。ダヴィト、洗濯物は……、あら」
まさに母親といった発言と共に現れたのはシエナ。その隣には、洗濯物取り込み要員として駆り出されたのだろうダヴィトの姿もある。
きっと、突然の雨に対処が出来ず、外で遊んでいた子供達はずぶ濡れ、洗濯物も雨曝し……、という光景を想像して急いで駆け付けたのだろう。
だというのにいざ家に来てみたら子供達は誰一人濡れておらず、そのうえ、雨曝しだと思われていた洗濯物も全て室内に干されているのだ。シエナが驚くのも無理はない。
だがすぐさま何かを理解したようで、マリエラ達にお礼を告げてきた。そのうえレオとオーキスの頭を撫でて二人を労っている。
その光景を見るに、やはりレオとオーキスが雨を予測し、更に洗濯物を取り込み終えるまで雨が降るのを遅らせていたのだろう。
だけどどうやって?
天気雨の予測だって難しいのに、雨降りを遅らせるなんて出来るわけが無い。
出来るのは怪物返りだからか?
もしくは、レオとオーキスだから……?
マリエラは首を傾げたまま、おやつが食べたいとダヴィトに強請り始める双子を見つめていた。
疑問は増すばかりだ。




