20:辺境伯邸の番人
制止するマリエラの目の前で、ティティがシャツのボタンを外していく……。
突然の展開にマリエラはどうして良いのか分からず、動揺しながらも慌てて自分の顔を両手で覆った。いくら同性とはいえ他人の肌を見てはいけない。……相手が見せようとしていても、だ。
それでもティティの行動を確認しないわけにはいかず、指の隙間からちらと彼女を見る。既に四つ目のボタンは外され、五つ目に手を掛けている。
「なっ、な、何をしてるの!? ティティ、落ち着いて!」
「何って、私のことを知りたいんでしょう?」
「そうだけど、でも、そ、そういう意味じゃなくて……! ま、待ってティティ!」
慌てて制止するマリエラを他所に、ティティは五つ目のボタンを外してしまった。そのまま六つ目のボタンにまで手を掛ける。
布が重なっているため肌はそこまで見えていないが、はだけてしまえば下着が晒されてしまうだろう。それどころか腹部まで見えてしまいそうだ。いや、このままでは上半身すべてが……。
「駄目よティティ! 確かに貴女のことは知りたいと言ったけど、でもそういう意味じゃなくて……! それに私にはステファンがいるの!! ……え?」
しきりに制止していたマリエラの言葉が躊躇いの声に変わった。
目の前ではシャツのボタンを外していたティティが、恥じることなく布を開いて肌と下着を露わにしている。
……肌と下着と、そして、胸の中央で燃える炎を。
「ティティ……、それは……」
目の前の光景が信じられず、マリエラは唖然としながら彼女の名前を呼んだ。
ティティの胸元、鎖骨の間から鳩尾に掛けて。本来ならば肌の下に胸骨があるはずの部分がぽっかりと空洞になっており、肌も肉も骨もなにも無い。
ただあるべきものの代わりのように、炎が揺らめいている。
言葉も出せずにマリエラが硬直していると、ティティがそっと手を伸ばしてきた。
「私も怪物返りだよ」
ティティの言葉と同時に、彼女の指先に炎が灯った。
その炎はじょじょに彼女の手を覆っていく。手が燃えているのではない、彼女の手が炎に変わっていっているのだ。
あっという間に手首まで炎に変わり、マリエラの頬を熱風が擽る。
「やろうと思えば全身を炎に変えられる。今は自分の意志でコントロール出来るけど、子供の頃は苦労したんだ」
「そ、そう……、なの……」
淡々と説明されるも、マリエラがまっとうに返せるわけがない。
炎に変わってしまったティティの手と、彼女の胸元でいまだ揺らめいて燃える炎。どちらを見て良いのか分からないし、どちらからも目が離せない。だが話をしているのだから顔を見ないと失礼か……。
きょろきょろと視線だけをあちこちに動かしていると、その様が面白かったのかティティが笑った。
普段あまり感情を表に出さない彼女にしては珍しい。だが今のマリエラにはそれを気に掛けている余裕はない。
手を炎に変え、胸元で炎を燃やしながら、それでも平然と笑っている……。
マリエラはしばらく目の前の光景に呆然としていた。
もっとも、そんなマリエラを他所に、呆然とさせたティティは早々に二切れ目のアップルパイに手を伸ばしていたのだが。
◆◆◆
「それはティティに揶揄われたな」
ステファンの言葉にマリエラが目を丸くさせたのは夕食でのこと。
あのあと、驚きが冷めぬうちに子供達が現れ、遊びに付き合ったり寝かしつけたりと慌ただしくしている内にあっという間に一日が過ぎてしまったのだ。気付けば既に夕食である。
そうしてようやく落ち着けた夕食の場でステファンに話をしたところ、先程の言葉である。
「揶揄われたって、私が?」
「あぁ、きっとあえて思わせぶりに胸の炎を見せたんだ。ティティは落ち着いていて大人びているが、時々子供のようにふざける事があるんだ」
「そうなの……。やだ、私ってば慌て過ぎちゃった」
慌てふためき制止し、挙げ句の果てには見てはいけないと顔を両手で覆った。あの時の反応はまさにティティの思惑通りではないか。
自分の無様さを思い出せば思い出すほど恥ずかしくなり、そして揶揄われた事が不服に思えてくる。熱くなる頬を押さえつつ、行き場の無い不満を訴えるようむすと口をへの字に曲げた。
「私、本当にティティと仲良くなりたかったのよ。そのためにダヴィトにアップルパイを焼いて貰って、私も手伝ったのに。揶揄うなんて酷いわ」
「そんなに拗ねないでくれ。ティティが揶揄ったのはマリエラに心を許してるからなんだ」
「……そうなの?」
「自分が怪物返りだということを明かしたのも、親しくなりたいというマリエラの気持ちに応えるためだったんだろう。だから許してやってくれ」
苦笑交じりのステファンの話に、マリエラはパッと表情を明るくさせた。
揶揄われたと知った時は不満に思ったが、それが親愛の裏返しというのなら理解できる。それに揶揄われたとはいえ、ティティは自ら己の秘密を打ち明けてくれたのだ。もしかしたら素性を話すことに緊張を抱き、紛らわすためにも揶揄ってきたのかもしれない。
そう考えれば途端にマリエラの気分は良くなり、「またアップルパイを用意するわ」と鼻歌交じりに次の茶会の予定を建てた。




