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19:マリエラ主催の優雅なお茶会

 

 ステファンから子供達を紹介してもらい、マリエラの日常は賑やかになった。

 日中は子供達と過ごし、屋敷や家の掃除をするシエナを手伝う。子供達に勉強やマナーを教えてあげる事もあれば、彼等と一緒に土いじりをして泥まみれになる事もあった。お昼寝の時間だからと子供達を寝かしつけていたのに、うっかりマリエラが眠ってしまって……、なんて事も。

 貴族の夫人の生活とは言い難いが、楽しく穏やかな時間だ。


 ……そんな賑やかな日中を過ごし、夜になるとステファンの寝室で彼と眠る。


 最初は時々、次第に数日に一度。彼と寝るようになって二ヵ月が経つ頃には毎晩。

 夕食を終えて寝る前の一時を過ごしているとステファンが迎えに来てくれるのだ。自室に居ても、中庭で夜空を眺めていても、「マリエラ、ここに居たんだな。そろそろ寝よう」と穏やかに声を掛けて片手を差し出してくれる。

 なんと心地良い誘いだろうか。時にはステファンを抱きしめながら、時には彼に抱きしめられながら、眠る夜の心地良さと言ったらない。



「……ん」


 ゆっくりとマリエラは目を覚ました。

 温かな布団の中。自分を包みこむ逞しい腕。程よく体に掛かる重さと肌に触れる銀色の毛の感触が心地良い。

 うとうとと微睡ながらもゆっくりと体を動かせば、頭上から微かな声が聞こえてきた。

 見上げれば狼のような顔。薄っすらと開けられた目から金色の瞳が覗く。まるで宝石箱を開けて中から黄金が現れたような美しさだ。


「もう……、朝か」

「ごめんなさい、起こしちゃったわね」

「いや、大丈夫だ。それよりおはよう、マリエラ」

「おはよう、ステファン」


 改めて交わす朝の挨拶はくすぐったく、マリエラは胸に満ちる甘さに酔いしれるように目を細めた。


 そうして身嗜みを整え朝食を摂り、その後は別行動だ。

 ステファンは領地を収めるための仕事。以前に殆ど丸投げしていると言っていたが、それでもやらなければならない事はある。丸投げしているという人物と連絡を取り合い指示を出さねばならないし、屋敷と子供達の家の維持も彼の仕事の一つだ。

 だがマリエラは領地経営は分からないし、屋敷と家のやりくりも分からない。もちろん手伝えることがあれば手伝うし、ゆくゆくはステファンを支えるために学んでいくつもりだ。

 だが今は領地経営よりも子供達の世話をするシエナを手伝って欲しいと言われている。


「ステファンは今日は何をするの?」

「報告書がいくつか届いてるからそれの確認かな。マリエラは、今日は子供達と何をするんだい?」

「ダヴィトが庭の手入れをするから、みんなでそれの手伝いをする予定なの。でもその前にティティとお茶をしようと思って」

「ティティと?」


 意外な人選だと言いたいのだろうステファンに、マリエラは穏やかに微笑んで返した。



 ◆◆◆



「ティティ、ねぇ、ティティ!」


 そうマリエラが声を掛けたのは、ステファンとの朝食を終えた後。

 庭に出て屋根を見上げながら声をあげる。事情を知らぬ第三者が見たらおかしな光景だと思いそうだが、幸い『事情を知らぬ第三者』はこの屋敷を訪れることはない。事情を知る者が居合わせたら、きっとマリエラの隣に立って一緒に声を掛けてくれるだろう。

 そうして声を掛けてしばらくすると、屋根の上にひょこと人影が現れた。

 一人の少女がこちらを見下ろしてくる。

 言わずもがな、この屋敷の番人であるティティだ。赤褐色の髪は生い茂る木々と青空によく映える。

 彼女はマリエラを見つけると、整った顔に疑問の色を交えて首を傾げた。自分に何か用があるのかと問いたいのだろう。口数が少なめな彼女はこうやって仕草で訴える事が多い。


「ティティ、少し降りてきてくれないかしら。一緒にお茶をしない?」

「……私と?」

「えぇ。紅茶とアップルパイを用意したの、だから」


 降りてきて、というマリエラの言葉に、トンと軽やかな音が被さった。

 ティティが屋根から飛び降りてきたのだ。相変わらずの身軽さである。最初こそ小さな悲鳴をあげて目を瞑ってしまったマリエラだが、今ではもうすっかりと慣れてしまった。


「シエナとダヴィトが『ティティはアップルパイがあればすぐに屋根から降りてくる』って言ってたけど、本当なのね」


 思わずクスと笑みを零せば、図星を突かれたティティがなんとも言えない表情を浮かべた。


 そうしてテーブルセットに着き、紅茶を一口飲む。ティティはさっそくとアップルパイに手を伸ばしている。

 そんな彼女を見つめ、マリエラはさっそくと話しだした。


「あのね、私、ティティと落ち着いて話をしたかったの」

「……話って、普段から話をしているとは思うけど」

「えぇ、でも皆で食事をしている時だったり、あとは子供達が居たりで落ち着いて話が出来ていないでしょ?」


 事実、ティティとは今まで幾度となく話しているが、二人きりで腰を据えて落ち着いて話を……という機会はいまだない。

 ステファンとはゆっくりと話をして分かり合えた。シエナとも、子供達がお昼寝をしている間に休憩がてら話をして親しくなれたと思っている。子供達は言わずもがな、既に誰もがマリエラを姉のように慕ってくれている。

 だから次はティティと。そう考えてこの場を設けたのだ。


「なるほど」


 とは、マリエラの話を聞いたティティの一言。

 そこに嫌悪の色は無く、席を立とうとする気配も無い。どうやら応じてくれるようで、マリエラは心の中でほっと安堵の息を吐いた。


「でも、話すって何を? 私はあまり面白い話は出来ないよ」

「無理をして話をしなくても良いのよ。でも今までの事も聞きたいし、これからの事も話したい。なにより、ティティの事をもっと知りたいの」

「……私のこと」

「それに、こうやってお茶をするだけでも楽しいじゃない。昔はよく同年代の女の子で集まってお茶会をしたのよ」


 同年代の令嬢達とのお茶会では、いつも話題が尽きる事が無かった。

 流行りのドレスについて、どこのパティシエのデザートが美味しいか、面白そうな舞台は無いか、先日出た本はどうだったか。時には恋愛について語り合ったし、今になるとなぜあんな話題であれほど盛り上がったのかと思えてしまうような中身の無い話もあった。

 いつだって盛り上がり、「あら、もうこんな時間?」と誰からともなく時計を見ては、時間が過ぎる速さに驚いたものだ。

 そんな楽しい時間を今また過ごせるかもしれない。そう考えるとマリエラの胸が弾む。


「同年代の同性とねぇ……。 私はあまり話をするのは得意じゃないけど、まぁ、それでも良いなら付き合うけど」

「本当? ありがとう。でも無理はしないでね。何も話さなくても、こうやって一緒に過ごすだけでもお互いを理解出来ると思うの」

「無理をする気は元々ないけど、私のことを知りたいなら教えるよ」


 前向きなティティの発言に、マリエラが「良いの?」と彼女を見る。

 だが次の瞬間に頭上に疑問符を浮かべたのは、ティティがシャツのボタンを外したからだ。装飾の少ないシンプルなシャツ、その一番上のボタンを外し、次いで二番目、三番目のボタンも続けて外す。

 それどころか四つ目のボタンまで外そうとするではないか。


 はだけたシャツの隙間から彼女の鎖骨が露わになり、マリエラはぎょっとして「ティティ!?」と彼女の名前を呼んだ。




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