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17:怪物返りのこどもたち

 

 ステファンの口から出た『処分』という言葉が信じられず、マリエラは己を落ち着かせるために無意識に頬を押さえた。

 自分の頬が冷えているのが分かる。きっと青ざめているのだろう。


「なんでそんなことを……。だって、姿は違うけど、みんな誰かの子供でしょう……?」

「そうだが、『怪物返りは災いを招く』と言われているんだ。それに怪物返りを産んだとなれば世間体も悪く、周囲から爪弾きに会う恐れがある。それに、怪物返りはこの大陸の王族や貴族の血筋に生まれることが殆どなんだ。だから世間体はより重要視される」

「王族や貴族? 私だって貴族の娘よ、でもそんな話は聞いたことがないわ」


 マリエラはミゼラ子爵家の出だ。上位貴族というわけではないが、れっきとした貴族の女。

 先程ステファンが言った『知るべき者』の一人ではないか。だが今日までそんな話はひとつとして聞かされていなかった。


「マリエラ、きみのかつての婚約者はリベリオ・シャレッドだろう?」

「えぇ、そうだけど……」


 かつての婚約者の名がステファンの口から出て、マリエラの胸の内に嫌な靄が湧き上がった。

 リベリオとは幼少時から知り合っており、正式に婚約を結ぶ前から彼が相手だと親に言われていた。相性が良いとまでは言わないが、それなりに良好な関係を結べていた、……はずである。

 だが突然彼から謂れの無い罪を被せられ、一方的に婚約を破談にさせられたのだ。

 あの時の辛さが蘇る……、が、それは頭を振って掻き消した。今はそんな事を考えている場合ではない。


「……マリエラ?」

「あ、ごめんなさい。ちょっとリベリオのことを思い出していただけなの」

「そうか……。辛いことを思い出させてすまない」

「ステファンが謝る必要無いわ。あんな奴、思い出したところでもうどうでも良いの。むしろ思い出すだけ労力の無駄遣いよ。それより……、私の婚約者がリベリオだったから、怪物返りについて説明されなかったってこと?」

「きっときみの両親や周囲はそう考えたんだろう。シャレッド家の血筋は今まで一度として怪物返りを産んでいないんだ」


 ステファン曰く、どの家も遡ると一度や二度は怪物返りを産んでいるのだという。

 唯一の例外がシャレッド家だ。シャレッド家は長い歴史をもちながらも怪物返りとは一切無縁、その血筋から怪物返りが生まれたという記述はどの歴史書にも残されていないらしい。


「だからきっと、マリエラの両親は怪物返りについて話すのを後回しにしていたんだろう。他の貴族なら、婚約が決まった段階か結婚を終えた段階で親から知らされるのが普通らしい」

「そうだったの……。私、なにも知らなかった」

「怪物返りについては社交界でも口にするのはタブーとされているんだ。だからマリエラが知らなくても仕方ないさ」


 怪物返りが生まれた家はその事を隠し通す。

 死産を偽る家もあれば、用意していた赤ん坊とすり替えて息子娘として育てる家もある。生まれた後の対処方法は幾つかあるが、共通しているのは『怪物返りのかの字も口にしない』である。産んだ母親でさえ知らぬ存ぜぬを貫き通す。

 仮にもしやと勘付く者がいたとしても、その家だって怪物返りが生まれる可能性はあるのだ。明日は我が身と考え、やはり口を噤む。


 そうして社交界は今日までやってきた。

 ……その裏で、生まれた怪物返りの赤ん坊を処理しながら。


「で、でも、ステファンは? ステファンは、その……、処分、なんてされずにここまで生きてきたじゃない。ロンストーン家はステファンのことを」

「受け入れたわけじゃない」

「そんな、だけど……。でも、ステファンのことを育てたのよね?」

「育てたと言っても、ロンストーン家は僕を他所に売ろうとしていただけだ。実際に特殊な見た目のせいで売られた怪物返りも居たらしい。ただ僕は運が良くて、売られる直前に哀れんだ侍女長が逃がしてくれた」


 侍女長に逃がされたステファンは彼女の伝手で田舎に住む老夫婦の元で隠れて暮らし、老夫婦が亡くなるのと同時にその土地を去ったのだという。

 年はまだ十二歳。独り立ちには早すぎるが味方は居らず、人と異なる姿では長く隠れてはいられない。

 だからこそ、ステファンは敢えて自ら名乗り出ることにしたのだという。


「賭け事は好きじゃないが、あれはまさにイチかバチかというものだろうな。だが幸い、世間は僕を恐れてこの辺境の屋敷に追いやってくれた」


 この屋敷はかつてロンストーン家の親族が使っていたものだという。

 そこでステファンは一人で生活をし、噂を聞きつけたシエナがリンジーを連れて現れ、子供達が増えるのと同時にティティとダヴィトが加わり生活を共にするようになった。そして今に至る。


 一通りを話し終え、ステファンが深く息を吐いた。

 夜遅いからか、もしくは一気に説明するまいと考えているのか、あるいは思い出すのも辛いのか……。独り立ちしてからの彼の話は随分と端的だ。どういう流れでどんなやりとりがあったのか、それらを一切省いている。


 ステファン自身その自覚はあったのか、はたと気付くと「話を急いでしまった」と詫びだした。


「すまない。怪物返りについて話すと決めたんだが、いざとなったら何をどう説明していいのか分からなくて……」

「大丈夫よ、ステファン。私、どんな話でも貴方の事なら受け入れるし、貴方が話す準備ができるまで待てるわ」


 彼を宥めるように瞳を見つめて、だが急かさないように穏やかな口調で。

 今無理にすべて話す必要は無いと告げれば、話しているうちに強張っていたステファンの表情が次第に和らいでいく。

 そんな彼の手に、マリエラはそっと己の手を重ねるとゆっくりと包むように握った。

 銀色の毛で覆われ指先には紺青色の硬い爪。とうてい人間の手ではない『怪物返り』の手だ。だけど違和感も恐怖も抱くわけがない。マリエラにとっては何より温かく感じられ、恐る恐る握り返してくる弱さが愛おしい。


「ねぇ、ステファン。今夜は貴方の部屋で寝ても良いかしら?」

「え、ぼ、僕の部屋で……?」

「駄目かしら。今夜は貴方を抱きしめて眠りたいの。貴方が望むなら、夜通し陽気な音楽で踊り明かしたって良いわ」


 一人にしたくない。どうか一人にならないで。

 そんな思いを抱きながら告げれば、ステファンが僅かに目を丸くさせ、だがマリエラの手を優しく握り返すと頷いて返してきた。




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