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16:『怪物返り』

 

 夕食も子供達と共に食べ、その後も一緒に過ごし、彼等がシエナと共に建物の二階にある寝室へと向かうのを見送った。

 就寝の挨拶をしてくれる子供達のなんと愛おしい事か。ルーニーは既にうとうとと船を漕いでおり、そんな彼女をリンジーが手を繋いで寝室へと促してやっている。その光景もまた愛しさが募る。

 そうして残された大人達は屋敷へと戻り、各々自室や残りの仕事を……となったところで、マリエラはステファンに呼ばれて足を止めた。


「マリエラ、少し良いかな?」

「少し? えぇ、もちろん大丈夫よ。何かあるの?」

「話をしたいんだ。……僕の事や、あの子達の事を。きみが嫌じゃなければだけど」


 ステファンの声には緊張の色が漂っている。じっと見つめてくる金色の瞳はまるで乞うようではないか。

 説明する決意、覚悟、説明した後を想像しての躊躇い。なにより、マリエラに受け入れてもらえるかという不安が強くあるのだろう。

 狼のような雄々しい容姿ながらに弱々しさが漂っており、マリエラは心の中で「分かりやすいひと」と呟いて小さく笑みを零した。


「嫌なわけないわ。私、ステファンの事もあの子達の事もちゃんと知りたい」

「マリエラ……」

「それに、きちんと説明してくれないと私またおかしな想像をしちゃいそうだわ」


 冗談めかして告げれば、ステファンが目を丸くさせ、次いで穏やかに微笑んだ。



 ◆◆◆



 庭の一角。雨が降っていても屋根があるため濡れることなく、晴れた日とは違う景色を眺められる場所。

 そこに設けられたテーブルセットに着き、マリエラは周囲の景色を眺めていた。

 既に庭は夜の暗さに包まれており、霧雨が降り注いでいる。美しい庭が霧で包まれる光景は幻想的な印象を与えて、これはこれで美しい。深く息を吸えば雨と自然の混ざり合った香りがする。普段よりも土の香りを強く感じるのは天気のせいだろう。

 庭の手入れは主にダヴィトが担っている。手伝いに呼ばれるのがティティとステファン。それと、土遊びを兼ねた子供達も。


「私も庭の手入れを手伝おうかしら」

「マリエラが?」

「えぇ、今までは見ているだけだったけど、次は私も子供達と一緒に手伝うわ。といっても、きっと私も子供達と同じで土遊び程度しか出来ないけど。でも楽しそうじゃない?」


 子供達と一緒に花を植え、水をやる。暑い日はそのまま水遊びをしても良い。そんな光景を想像してマリエラが話せば、ステファンも楽し気に笑って頷いて返してくれた。

 だがその柔らかな笑みに次第に影が落ちていく。表情に僅かな緊張が宿り、金色の瞳がふいに他所へと向けられた。

 いよいよ話す覚悟を決めたのだろう。普段よりも幾分低い声色で「……マリエラ」と名前を呼んできた。

 沈黙を十二分に含んだ彼の声に、マリエラの胸中にまで緊張が湧き始める。だがそれを押し隠し、普段通りの声色を取り繕って「なぁに?」と尋ね返した。


 きっと今からステファンが話す内容は、彼にとって辛く話し難いものなのだろう。

 それでも話すと決めてくれた。

 ならば自分がすべきことは、出来るだけ彼が話しやすいように促し、そして聞いた話を受け入れるだけだ。


 そう己に言い聞かせれば、自然とマリエラの胸中は落ち着いていった。


「僕や、僕達は……、『怪物返り』と呼ばれているんだ」

「怪物返り?」

「やっぱりマリエラは知らないんだな。かつて、いや、大昔、太古とさえ言える時代、僕達のような見た目のものが生息していたとされている。その名残で僕達のような『怪物返り』と呼ばれる存在が極稀に生まれてくる。そう言われているんだ」

「極稀に?」

「残された記録によると、数十年以上生まれてこない時もあれば、同じ年に複数人生まれる事もあったらしい」

「で、でも私、ステファンしか知らなかったわ」


 ステファンの話しぶりから考えるに、彼のような異形めいた容姿の者達は過去にも複数いたようだ。

 だがマリエラは初耳である。これでも社交界に生きる令嬢としてそれなりに歴史の勉強はしてきたし、噂話も含めて色々と聞いてきた。だがそんな話は片鱗さえ聞いたことがない。

 そもそもステファンについてだって『怪物辺境伯』という異名や『恐ろしい』だの『悍ましい』だのという噂程度で、彼の容貌までは知らなかった。だからせいぜい強面ぐらいに思っていたのだ。


 そう訴えれば、ステファンが一度頷いて返してきた。疑問や混乱は分かると言いたいのだろう。

 次いで彼はゆっくりと息を吐くと庭の方へと顔を向けた。霧雨が満ちる中、狼のような彼の横顔は美しくさえ見える。


「『怪物返り』については話題にするのを良しとされていない。知るべき者だけが知り、口を噤む。なにより、殆どの怪物返りは生まれてすぐに処分されているんだ」

「処分……、処分って……そんな」


 ステファンの口から出た言葉にマリエラは一瞬理解が追い付かず、だが次の瞬間、息を呑むと顔を青ざめさせた。自分の中でサァと血の気が引く音がし、体温が下がっていくような感覚さえ覚えた。

『生まれてすぐに処分』とは生まれたばかりの赤ん坊を殺すという事なのだろう。マリエラの脳裏に先程会ったばかりの子供達の姿が浮かぶ。

 薄水色の軟体のリンジー。茶色の長い毛で覆われたルーニー。鳥のような頭部と羽を持つ子も居たし、顔の代わりにスノードームのような透明な球体を持ち、その中で美しい魚を泳がせる双子も居た。

 確かに、子供達は一見するとぎょっとしてしまう姿ばかりだ。

 だけど誰もが良い子だった。すぐに笑顔で抱き着いてくれる子もいれば、照れ屋なのかステファンやシエナの後ろに隠れながら話しかけてくる子もいた。「明日も会える?」という問いに「明日から毎日ずっと会えるわ」と答えれば誰もが喜んでくれたのだ。


 あれほど可愛らしい子供達を処分なんて……。



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