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14:マリエラと屋敷に住まうナニカ

 

 この屋敷には自分達以外にも誰かがいる。

 そうマリエラは、先日の絵の件で確信を抱いていた。


 思い返せば気になる点は他にもあったではないか。

 四人分とは思えない枚数の皿、鍋も大きく、厨房に置かれていた野菜や材料の量も多かった。

 風にのって子供の笑い声が聞こえてきたことも何度かある。ステファンのためにパンケーキを焼いた時は隣でダヴィトが次から次へとパンケーキを焼いていたが、それがデザートに出た記憶は無い。あの枚数ならば翌々日の昼食ぐらいまでパンケーキ尽くしになりそうだが。


 それに……、と考えつつ、マリエラは屋敷の通路を歩いていた足をピタと止めた。

 意識を集中させ、次の瞬間には勢いよく背後を振り返る。


「誰なの!?」


 問い詰めるマリエラの声が通路に威勢よく響いた。

 だが返事は無く、通路は再び静けさに包まれてしまう。窓から覗く外の天気はどんよりとしており、それがまた妙な空気と静けさを漂わせている。

 マリエラは眉間に皺を寄せながら通路の先を、見えないと分かっていても曲がり角の向こう側を睨みつけ、そして再び足早に歩き始めた。




 ここ数日、ふとした瞬間に気配と視線を感じることがある。

 誰かが自分を見ている。背中越しでさえ分かる程に視線を送ってくるのだ。

 だが振り返って声をかけても答えは無く、探そうとしても姿は見つからない。時折、パタパタと走り去る足音が聞こえるだけだ。


「今日こそ気配の正体を掴んで見せるわ……!」


 そうマリエラは決意を抱き、ステファンの部屋に行くと開口一番に彼の名前を呼んだ。

 気合いの現れか普段よりも口調が些か強めになり、それに気圧されたのかステファンが目を丸くさせる。「ど、どうしたんだ?」と尋ね返してくる彼の声は上擦っており、そこに『怪物辺境伯』の迫力は皆無である。

 そんなステファンに、マリエラはぐいと詰め寄ってじっと彼の目を見つめた。猫科のような縦長の瞳孔が丸くなっている。


「ステファン、正直に話して。この屋敷にいるのは誰なの!?」

「この屋敷にって……」

「ステファンと私、それにシエラとティティとダヴィト。私が知っているのはこの五人だけ。でも他にも居るでしょう? はっきり言うなら子供が! それも二人以上!」


 はっきりと『子供』と口にしたのは、確信があると彼に訴えるためだ。

 そんなマリエラの言及に対して、ステファンは僅かに沈黙したのち深く溜息を吐いた。覚悟を決めたというよりは、追い詰められて退路は無いと悟ったと言いたげな溜息である。諦めとも言えるか。


「分かったよ、全て話す。確かにこの屋敷にはマリエラが言う通り子供が居るんだ。実は」

「ちょっと待って!!」


 話し出したステファンに勢いよく待ったをかければ、彼が金色の目を丸くさせた。

 狼のような口が半開きになって硬直している。覗く牙は鋭利ではあるものの、表情と合わさってどこか間の抜けた印象を受ける。この表情もまた『怪物辺境伯』の異名らしくなく、迫力は皆無だ。


「待ってって……、それは、言われれば待つが、知りたいんじゃないのか?」

「えぇ、もちろん知りたいわ。だけどもしもそれが怖い話だった場合、心の準備が必要でしょう? 今日は日が出てなくて暗いし、それにもう時間も遅いわ」

「時間……、まだ三時だが」

「もう三時よ。あっというまに夕方になって夜になるわ。それに今夜は雨が降るって言うじゃない……。そんな日に、たとえば『この屋敷には子供の亡霊が彷徨っている』とか『森で行方不明になった子供の亡霊が助けを求めて屋敷を訪れる』なんて話を聞いたとしたら……」


 想像し、マリエラはふるりと体を震わせた。

 なんて恐ろしい話だろうか。もしもの話だとしても恐怖を覚え、震える己の体を抱きしめながら深刻な口調で話を続けた。


「そんな恐ろしい話をされたら……、私、今夜はステファンの部屋に押し入って、夜通し陽気な音楽と共に踊りあかさないといけなくなるわ」

「それはそれで僕としては楽しそうで良いんだが」

「踊り明かす恐怖の夜よ!? 楽しいわけないわ!」

「僕からしたら楽しそうではあるが……。まぁ、確かにマリエラの情緒的にはよろしくなさそうだな。だが安心してほしい、マリエラが言う子供達は亡霊じゃない、ちゃんと生きているよ」

「生きてる……、ということは亡霊じゃないのね? 良かった」


 苦笑交じりのステファンに宥められ、マリエラも落ち着きを取り戻した。ほっと安堵すればステファンの笑みが強まる。

 次いで彼は「行こうか」と告げると立ち上がった。


「行くって?」

「子供達に会いに行くんだ」



 ◆◆◆



 ステファンに連れられて向かったのは屋敷の敷地の奥。

 マリエラが屋敷に居た直後、危ないから立ち寄らないようにとシエナから言われていた場所だ。そこには二階建ての建物があり屋敷とも繋がっているが、古く寂れていて誰も使っていないという。手入れもしていないので危ない、虫や動物が出るかもしれない、そうシエナが話していたのを思い出す。

 マリエラもそこまで言われれば立ち入る気にはならず、忘れこそしていないがすっかりと記憶の奥底に追いやっていた。


 だが実はそこで子供達が暮らしているのだという。


「どうしてこんな所に子供がいるの? 誰の子供? 親は一緒じゃないの?」

「それは……、理由があるんだ」

「理由?」


 疑問は増していくばかりだ。

 だがステファンに尋ねても彼は明確な返答はせず、ただ敷地の奥へと向かっていく。

『整備が行き届いていない』と聞いていたがきちんと木々は剪定されているし、進むにつれて花壇や小さめの畑、それに木で作られたブランコや遊具が見えてきた。寂れた雰囲気は無く、想像していた場所とは真逆ではないか。


「この時間なら、みんな中に居るかもしれないな」

「みんな? みんなってことは二人以上いるのね」


 ステファンの言葉は端的すぎて相変わらず事態は分からない。

 だが流石に子供達を前にすればきちんと説明してくれるだろうと考え、マリエラもまた強くは言及せずに彼と並んで建物へと向かっていった。子供達に会わせてくれるというのなら、無理に聞き出すよりも実際に自分の目で確認した方が良い。

 そうして建物の入り口に差し掛かったところでステファンが足を止めた。子供達の楽し気な声が微かに聞こえてくる。


「……マリエラ、僕のことは怖くはないか?」

「ステファンのこと? 子供の亡霊じゃなくて?」

「あぁ、僕のことだ。怪物と呼ばれるこの見た目を、きみは」

「怖くないわ!」


 己の容姿を卑下してステファンが語ろうとするが、マリエラはそれを遮るように断言した。

 それだけでは足りないと彼の手をぎゅっと握る。人間の肌とは違う銀色の毛が肌に触れるが、恐ろしさなんて抱くわけがない。

 ステファンを見上げて彼の瞳を見つめれば、マリエラの瞳から嘘でも偽りでも、ましてや真相を知るための一時的な取り繕いでもないと察したのだろう、ステファンの表情がふっと和らいだ。金色の瞳が嬉しそうに細められる。


「マリエラ、きみは優しくて心が広い素敵な女性だ。……出来れば、その優しさであの子達も受け入れてあげてほしい」


 穏やかな声でステファンが告げてくる。

 どういう意味かとマリエラが疑問を口にしようとするも、それより先に「ステファン!」と高い子供の声が聞こえてきた。

 ステファンとマリエラが同時に声のした方へと向けば、そこに居たのは小さな子供……、ではなく、


 子供の身長ぐらいの大きさの、子供の服を纏った、だが子供とは思えない薄水色の何かだ。


 それがゆらゆらとこちらに近付いてくる。



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