第54話:貴族屋敷。
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Side:ルウ・ブラン
――市民が暮らす住宅街。
物売りの呼び込み、老婆と孫の微笑ましい会話、中央広場の隅にある溝渠をつらつらと流れる水の音。
そんな街の喧騒の中、所々金や銀で縁取りされた豪華な馬車が軋みながら揺れ動く。
そんな馬車の中には、アラマンダ夫人とロイス、そしてもう一人。
フードを深くかぶり、そわそわと夫人、ロイス、馬車の外を三角食べならぬ三角見するのは、他でもないルウ・ブランである。
「……えっと、本当にルウさんなんかがアラマンダ夫人邸に招かれてしまって、良いのでしょうか…?」
「ええ、先ほどから何度も述べているように、私は聖女様を歓迎したいのです。ぜひ黄金区、第四階級の我が屋敷に招待させてくださいませ」
――黄金区。
俺は、初めて訪れるその地を前に、馬車の中でそっと息を呑んだ。
馬車の外に広がるのはまだ、いつもの市民の住宅街だが、今から黄金区へと踏み入れると言う意識からか、まるで違う光景のように感じられる。
…ことの経緯を説明しよう。
俺は昨日、ロイスの夢縛りを治した。
そして夜も遅かったためロイスとアラマンダ夫人には教会で一夜を明かしてから帰ってもらおうということだったのだが……。
なぜか、今朝急に夫人が俺に『お礼がしたいから一緒に馬車でうちまできてちょ!』と耳打ちしてきたのだ。
黄金区ってあれだろ…?
貴族とか聖職者とか、なんか位の奴らが平民から甘い蜜を啜って暮らしている場所なんだろ。
アラマンダ夫人とロイスと関わってみて、悪逆非道な貴族のイメージは崩れたけど、それはあくまでアーシェリアス家に限っての話。
どうする?
黄金区に入るや否や「なぜ平民がここにいやがる!」とか「かわいい娘じゃないか、嫁にしてやろう」とか言われたら。
正直言って、国のお偉いさんがたと交流を持つのはこっちから願い下げなんだよな。
だって考えて見ろよ、俺は側は完璧美少女ルウ・ブランだけど、中身は弱者男性の粋を集めて、さらにダメなところだけ凝縮させたようなやつなんだぞ。
平民は馬鹿だから多少変なことしてもロールプレイがバレることはないだろうが、貴族はどうだか。人と接することが多いかもしれないし、常に相手の弱みを握ろうと足元を見続ける奴らだ。
変に目が肥えていて、ロールプレイがバレることがあるかもしれない。
この人生において、ルウのロールプレイは命よりも重要だ。
こんなところで、バレるわけにはいかないのだ。
「お姉ちゃん、そろそろ黄金区の入り口、おっきな門が見えるよ!」
おう、ロイス。いらん報告ありがとう。
とーにーかーく、俺はこの黄金区でアーシェリアス家以外の人間と関わらない!
「…そうとなれば、とりあえず人と会うことだけ気をつけて、普段入れない貴族街を打ち見しましょうかね……」
そう思えば、幾分か心が楽だ。
――お、あれが黄金区の入り口、おっきな門とやらか。
権威を示すかのように、巨大な門が住宅街の少し開けた場所に鎮座しているのが見える。
門の両脇には白銀の鎧を纏った衛兵が立ち、鋭い眼光で周囲の警備にあたっていた。
馬車が門に近づくと衛兵は馬車に止まるように促す。
「身分証を」
そう一言。
馬車の御者がアーシェリアス家の家紋と、黄金区に入るための許可証を取り出し、衛兵がそれを確認する。
「通れ!」
先ほどよりも大きな声でそう言うと、その一言が許可を示し、門がゆっくりと開かれる。
「…どうやら、何事もなく通れるみたいですね」
「うん、この門、すごいんだよ。開くのはゆっくりなのに、閉まる時はものすごく早いんだ」
「…ふむふむ、不要な者をあげないための策なのでしょうかね」
そして、その門を通り抜けたと同時に、俺の視界が一変した。
黄金区の内側――。
そこには、市民の暮らしとはかけ離れた、全くの別世界が広がっていた。
道は乳白色の滑らかな石畳で敷き詰められ、道端を飾る街灯はどれも繊細な細工が施された金属製のもの。
整然とした街並みには、一才の無駄が見当たらない。
市民街にあったような喧騒や市場の賑わいはなく、石畳の上を行き交うのは上質な衣服に身を包んだ、貴族然とした姿の者や、ハトホボが持っているものとは比べ物にならないほど出来の良い神官服をまとった聖職者ばかり。
…いや、これは……。
「……すごい、ですね」
ポツリとつぶやきが漏れる。
果たして本当に、ここに自分が居ていいのかという気後れがするほど、想像を超えた貴族街。
そして、その貴族街を見下ろすように聳えるーー。
「……あれが、聖堂王宮…でしたっけ」
白亜の巨大な教会とも、城とも言えるような建造物に、尖塔が幾重にも重なるその荘厳さ。
陽光を反射する極彩色のステンドグラスと真っ白な壁は人智を凌駕した美しさを醸し出していた。
まるで神でも住んでいるのかと言わせんばかりの巨大建造物がルウを一瞬で身震いさせた。
「聖女様は、黄金区に足を運ばれたことがありませんでしたの?」
無意識のうちに肩を縮めた俺を見て、俺が黄金区初心者であると察したアラマンダ夫人が話しかけてくる。
「……はい。……正直驚きです。この国にはある程度の期間滞在していましたが、まさか黄金区がここまで規格外だったとは…」
「そう言っていただけると、ここに居を構える身としてはなんだか自分が誉められているようで、嬉しくなってしまいますわ」
オホホっと微笑むアラマンダ夫人。
いやほんと、黄金区は紛れもなく凄んだが、ここに住んでる夫人もとんでもねぇよ。
そしてそんな格別された世界を眺めていると、ついに馬車が止まった。
とまったのは貴族の邸宅の前。
「さあ、我が屋敷に着きましたわ」とルウに声をかけた夫人は馬車の窓から顔を出すと、外にいる兵士を探す。
「ビダ、ロイスを寝室に連れて行って、それからメイドを2人ほどこちらに寄越してくださらない? 応接間と、屋敷にあるもので最も高価な菓子を用意しておくようにも伝えておいてほしいですわ」
ビダーー北はずれの教会で初めて声をかけてきたアーシェリアス家付きの兵士。
「…え、もしかして、ルウさんのために手配してくれてます……?」
俺がそう聞くと、アラマンダ夫人は「当然じゃない」と言った様子。
困った。
俺、こういう丁寧というか礼節わきまえた、行儀が良いのは苦手なんだよな…。
はぁ……まあ、一応俺は命の恩人なわけだし、ちょっとくらい変なところがあっても大目に見てもらえると信じよう…。
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「ようこそ、聖女様」
玄関に立つメイド2人に頭を下げられた。
――黒髪を片口で切り揃えた、美人のメイド。年齢は20歳ほどだろうか。大人の落ち着きが見える。
――もう一方は、短めの茶髪を耳にかけた、こちらは可愛らしいと言った印象が残るメイド。元気そうな猫目がころころと表情を変えるのは見ていて面白い。こちらも20歳ほどだろうか。
それにしても綺麗なお辞儀だ。
俺は緊張しすぎてメイドさんのつむじを数えることしかできなかったのだが。
そんな俺を気にも留めず、アラマンダ夫人はメイドと会話をしている。
「アニタ、ヘンリカ。もう応接間は整っているのかしら?」
「はい、すでに聖女様を迎え入れる手筈は整っています。ルウ・ブラン様。本日は私、アニタと」
「わたし、ヘンリカがご案内申し上げますー!」
落ち着いた、いかにも貴族のメイドらしいアニタと、手を挙げ案内を申し出る天真爛漫さが滲み出るヘンリカ。
…いいな、メイドさん。俺も専属のメイドさんほしい。
「…えっと、よろしくお願いします?」
「んもー、聖女様、そんなに緊張しないでくださいよ! ロイス様を救っていただいた功績はすごいことなんですよ? 胸を張ってください! 胸を!」
ぼいーんと、大きな胸を張ってアピールするヘンリカ。対照的に俺のアバターには胸がこれっポチもないので若干虚しい気分になったのは秘密である。
応接間へ案内されると、そこには豪奢な家具や備品が並んでいた。
その部屋の中央には、深い緑のティーセットが並べられたテーブルが用意されている。
おー、すげ。
もうここに来るまでにも何度も言っているが、ザ・貴族って感じだ。こういうものって、普通に街を歩いていて売っているものなのかね?
腕のいい職人でも紹介してもらおうかな。
俺がほげーっと立ち尽くしていると、後ろにいるアニタから声がかかる。
「どうぞ、おかけください」
あ、はい。
お言葉に甘えて。
俺が椅子に座ると、続いてアラマンダ夫人も俺の向かいに用意された椅子に座った。
ほう、客が先に座るみたいなルールがあるのかね?
俺たちが椅子に座ると、ヘンリカが香り高い紅茶を注ぐ。
「熱いですから、フーフーして飲んでくださいね」
おいおい、メイドちゃんよぉ、そんなこと言うんだったら最初からフーフーして持ってきてくれよぉ…。
…はい。キモくてごめんなさい。
…それにしてもこのお茶、めちゃめちゃいい匂い。一体どこの茶葉を使ってるんだ?
というかそもそも、どんな道具を使ったらこんなに良い色の茶が入れられるんだよ。
「…あのーー」と俺が茶葉などの話を切り出そうとした瞬間、被せるようにアラマンダ夫人が声を上げた。
「――聖女ルウ・ブラン様。このたびは本当に、本当にありがとうございました。…どうか、この場で改めて礼をさせてください…」
ん、おう。良いってことよ。
「こちら、気持ちばかりものもになりますが……どうか、受け取ってくださいます?」
いえあ。
夫人は丁寧に礼を述べると、ルウの前に細美な刺繍が施された小さな袋を差し出した。
なんだこれ?
俺が恐る恐る袋を開けてみれば、中には金貨がぎっしりと詰まっている。
「……え、こんなに?」と思わず困惑の声を漏らしてしまった。
「まあ、当然でしょう。黄金区の名高い治癒師たちが匙を投げたロイスの病を、貴女様はあっさりと癒してしまわれましたわ。しかも、莫大な報酬を要求することなく!」
「……えーっと、ですけども…」
こう言う時、なんて言って断ったら良いんだ?
俺としてはルウが金銭を受け取るっていうのはイメージダウンにつながる気がして嫌なんだが。
金は少なくとも困らない程度にあるし、俺には睡眠も飯も必要ないから、使う機会も無くてむしろあまり大金を求めてないんだよな。
どうにか断る方法を探そうと悩んでいると、後ろから声がした。
「聖女様、ぜひ受け取っていただけませんか? 夫人はロイス様が寝込まれてから、まるで生きた心地がしないとでも言うように、死んだ表情をされておりました」
「夫人の疲れた顔に化粧をするのはわたし達の仕事なんで。…もう、正直見ていられなかったんですよー…」
「さあ、どうぞお受け取りくださいませ。この袋には私からのささやかな贈り物が入っておりますの。きっと貴女様ならば有効にご活用いただけると存じますわ」
俺はしばし迷ったが、結局その袋を受け取ることにする。
「…ありがとうございます」
「ええ、もしこのお金が困った人の役に立つ手伝いになるのなら、私はそれで本望ですの」
…この夫人、めちゃ良い人やんけ。
なんか無駄に緊張して損した。
さて、ロイスは送り届けたし夫人からは感謝の示しをもらったしで、そろそろ帰りますか。
「…ではではそろそろ、ルウさんはお暇しましょうかね」
その言葉を口にした瞬間――。
コンコンコン!
応接間の扉が叩かれたのだった。
アニタが扉越しに何かを聴き取ったのち、扉を開ける。
すると、甲冑姿の兵士が姿を現した。
「――失礼します。夫人、教会騎士長リグ様がお見えです。…なんでも、ロイス様の病気について話があるのだとか…」
アラマンダ夫人は一瞬考える素振りをしたのち、兵士に視線を向けた。
「わかりました。リグ様をここまでお呼びになって。応接は私が請け負います。……何事もなければ良いのですけど」
そんなアラマンダ夫人を見て、俺は固まっていた。
…へ、リグ?
ゲーム内で登場するキャラじゃんけ!
なんのために来たのかわからんけど、多分終わった。
だって、教会騎士長といえば、この国一番の武力なわけよ?
そんな存在がただの貴族屋敷にくるはずもないよね?
俺が来たこのタイミング。絶対に何か裏があるはず。
…いざという時の逃げの備え、しておきますかね。
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・アイテム/【肥やし】
〈説明〉
魔物や動物の、瑞々しい糞。
こうずる匂いは主食に影響されるが、総じて良いものではない。
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ルウ「…目よりも、鼻がきくオオカミ系の魔物などは、匂いで遠くからこちらを感知するんです。それを防止するためのアイテムなんですけど、正直使うくらいなら戦った方が幾分もマシですね」




