第51話:アルハント・ロイス。
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Side:ルウ・ブラン
「……ん、むぅ……」
ねみぃ…。
もう悪夢についたのか…?
眼前に広がるのは広大な屋敷の様な光景――しかし、どこか異様。
鎖が錆び、メッキの剥がれた古いシャンデリアが天井に吊るされ、壁には年代物の肖像画――歯のない老人が口角をこれでもかと吊り上げた、不気味な肖像画――が並んでいる。
「…最悪の趣味ですね……それに…」
ボロボロのシャンデリアも、不気味な肖像画も俺の目を引くには十分であったが、それ以上にこの空間を異様と言わしめるには及ばない。
ならばなぜ、この空間を異様と表現したのか。
それはーー。
ルウがいる高貴な邸宅の一室のような場所。
その唯一の出入り口と思われる扉が、壁を這うように移動しているのだ。
横滑りする扉は時折『キィィィ』という異音と共に開き、その奥にあるねじれた廊下をちらつかせる。
よくみればねじれた廊下には蝋燭たてもないの空中に漂う蝋燭がゆらゆらと明かりを灯していた。
そんな、非現実的な光景が異様な空間を作り上げていたのだ。
「…よいしょ。……ルウさんの影、八つに分かれてますね…。もうなんでもありですか…」
この部屋の光源は頭上のシャンデリアのみなのだが、まるで八方から強い光を浴びた時のように、足元には長い影が八本、伸びていた。
なんかきっしょく悪い場所だな。
さっさと進もう。
俺が動く扉が止まるタイミングを見計らって、ドアノブに手をかけようとするとーー。
「…お邪魔しーー」
まるで逃げるように再び横へと移動した。
「――たかったです」
は、ゴミすぎる。
開けられることを拒む扉はあるかもしれないけど、逃げる扉ってなんだよ。しかも、逃げ足早いって…。
まあ、いいさ。
俺も素早さには自信があるんだ。
それになんだか、この夢に入ってから謎の万能感みたいなものを感じているし。
「……そい!」扉がスライドをやめた瞬間、俺は勢いよくかけだす。ドアノブを絶対に掴んでやるという、強固たる意志を込めながら。
「…まだ動く気配はない……所詮はただの動く扉。レベル233のルウさんには敵わないんですよ!」
ほら、あと10センチ!
ばっと掴んで引くなり押すなりすりゃ、俺は扉の向こう側よ!ガッハッハーー。
「――ありゃ」
――ドアノブに手が触れるほんの数瞬前に、突如として扉は壁に溶けるように姿を消し、肖像画がかけられた壁が現れる。
そしてその勢いのまま、俺は壁の肖像画のババアと熱い接吻を交わした。
「――ぴゃ」
ゔぉえぇぇぇ!
歯抜けのババア、きっつ!
なんかさっきよりも肖像画のババア、満面の笑みをしてるような気がするし…えらい悪趣味だなこんちくしょう!
…ところで、扉のやろう、どこいった!
俺が辺りを見渡すと、俺がいる壁とは真反対の壁に『さも最初からそこに存在していましたが?』と言わんばかりに鎮座する扉があった。
うっぜぇぇぇぇ!
「…随分とコケにしてくれますね」
俺は怒りのあまり壁に拳を叩き込んだ。
ボゴォ、という破壊音と共に壁にかけられた悪趣味なババアの肖像画に穴が開く。
――仕切り直しだ。
こちとらルウ・ブラン様だぞ。
舐めてんなら潰す。
「……――りゃあああああ!」
……。
………。
…………。
――はぁ、はぁ、くそ、あいつ速すぎんだろ…。
俺は、扉に敗北し地面に大の字で寝ていた。
何度も何度も飛びかかって、つかみかかって、最後は殴り込む勢いで突進した。
おかげで壁は見る影もなくボロッボロ。
肖像画のジジババたちも無論、ボッコボコである。
それでも、あの扉は捕まえられなかったのだ。
「…無理です、無理です。あれは負けイベントですってば」
不意を突いても、まるで部屋の全てに目があるかのように、見切られ、避けられる。
もはや万策は尽きた。
「…さーて、ここからが正念場ですよ…。何か、知恵を絞りましょうか」
万策が尽きたと自分で言っておきながらまだ考える。
――たこ焼き君を呼び出し、二手に分かれて扉を捕まえる。
失敗。
4面ある壁の2面を覆えたところで、あと2面が残っているのなら捕まえようがないし、そもそもたこ焼き君はルウに比べて鈍足だ。
触れられる気配は、微塵もない。
――モンスターを捕縛するアイテム〈幽囚の桶〉を使用するも、やつはモンスターではなくオブジェクト扱いなのか効果なし。
――いっそ、ありきたりな開扉方法が功をそうするかもしれないと『ひらけごま』。
止まってくれるかもしれないと『だるまさんがころんだ』。
よくわからないが『痛いの痛いの飛んでいけ』。
など、脳裏によぎった様々な方法を試すも、どれも意味はなかった。
「…ぐぬぬ、バ○ス! …だめだぁ……」
最後の一手も終わり、ついに本当に万策が尽きた。
ちょこまかちょこまかと、うざってぇ…。
前世で親戚のガキと鬼ごっこをさせられたことがあったが、あの時みたいな無尽蔵の体力というか、子供由来の体格の有利さなんかを思い出す…。
六歳のガキんちょ、あの時は俺を煽るだけ煽って、疲れたとかほざいてすぐ昼寝しに行ったんだったか。
……何考えてんだか。
一回頭を冷やそう。
俺は再び地べたに大の字になって寝転んだ。
「…はぁ。ガキといえば、5歳のリュバンもなかなかなもの…」
つまみ食い、脱走、とにかく言うことをきかなくて、クラーラとしょっちゅう喧嘩してたな。
「…ふふ、二人の言い合いをみかねたナンヌさんが、『嘘つき、うるさいからあの二人、黙らせて』とお願いしてきましたっけ」
そこで俺は〈スリープ(低域睡眠魔術)〉を唱える事を提案したんだったな。
リュバンとクラーラに、これ以上うるさいと魔法で眠らせてやろうかって言ったら怖くなったのか、二人とも静かになったもんだ。
そういえば、アルハントリスクの中のギミックで、とある神殿の特殊モンスター〈ガーゴイル〉には睡眠の状態異常が通用するものがあったっけか。
ガーゴイルは物理攻撃を完全に無効化する特性付きの、完全にその場所専用の特殊モンスターとして置かれていたやつで、眠らせて素通りできる事を知らなかった場合、膨大なHPを魔術でカリカリ削って倒すしかないとかいうなかなかのゴミモンスターだった。
…まあ、もちろんフレンドがめちゃめちゃ強かった俺は、フレンドのパーティに寄生するように後ろをついて行って、ギミックに全く触れることもなく神殿を攻略したんだが。
「…たしか、あの時はまだ〈ソーサラー〉のジョブを解放していなかったので、自力での攻略は不可能に等しかったでしょうね…」
〈ソーサラー〉のパッシブスキル[低域魔術全使用可能]がある今、知識さえあれば自力での攻略も楽々だろうな。
「…ところで、睡眠ですか」
アルハントリスクのギミックとして、魔術を使ったギミックはたくさんあった。
炎魔術をぶつけることでしか開かない、植物の壁。
聖魔術でしか浄化できない、暗黒の膜。
雷壁には、土属性だったか。
…よくよく考えてみれば、俺が今いるのはゲームの中のようなもので。
ゲームのギミックがそのままこの世界でも通用する可能性は十二分にあると言うこと。
「……まあ、そう単純じゃないと思うんですよね。これだけ悩んで、わからないわけですから」
あの動く扉に、睡眠の状態異常が効くと思うか?
生物ですらない、ただの物質だぞ…?
「…ですけども、ガーゴイルもただの石像のようななりで、眠りますし…」
ま、まあ、効いたら効いただ。俺の努力は無駄じゃなかった。
「…ものは試しと言いますし」
扉の方を向く。
俺のいる場所とは逆方向の壁に、静かに佇む扉。
そんな扉に手のひらを向けーー。
「…えっと〈スリープ(低域睡眠魔術)〉」
手のひらからピンク色の光を纏った小さな泡が複数飛び出し、プカプカと、遅いとも速いとも言えない速度で扉の方へ飛んでいく。
そして、扉へと泡は吸い込まれていく。
まるで先ほどまでの横移動が嘘のように、受け入れるようにその場から動かない。
「……」
あたった、けど……動かない?
効いてるのか効いてないのか、わっかんねぇな。
俺が扉に一歩近づこうとした時、急に扉が『キィィィ』と言う音を立てて開く。
「…グオォォォ、グオォォ……」
そして扉は息を吸うような音を立てながら、開扉と閉扉を繰り返す。
その様はまるで、寝いびきのようでーー。
「……はい?」
え、あれどうみても寝てるよね?
大口開けて、みっともないいびきも立てて爆睡してるよね?
「……」
いや、死ねよクソギミック。
てめえのせいで無駄に頭使ったし、意味不明なことばっかり叫んじまったじゃねえか!
…なんか恥ずかしくなってきた。
「…いいんです、いいんですよ。結果オーライ。大事なのは経過じゃなくて結果なんです」
――死ねゴミクソ扉ァァァ!
俺は勢いよく扉につかみかかり、思う存分殴り壊してから扉の奥へと進んでいくのだった。
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・アイテム/【清浄の鐘】
〈説明〉
鳴らせば混乱などを緩徐できる、大きな鐘。
天使像と共に飾られるこの鐘の音は、美しく響き聴いた者に清浄の安らぎを与えるという。
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ルウ「…ルウさん、思うんです。混乱している時に音なんて聞き取れますかね……。むしろ、この大きな鐘で殴った方が気付けに効果的な気がするんです」




