第50話:悪夢の影。
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ホークに連れられるように治療室を出た後、俺たちは衝立で作られた人一人が少し余裕を持って通れる程度の廊下を少し早足で歩く。
「…ホークさん、ルウさんはどうしたらいいんですか?」
病気とか俺知らんぞ。
そもそも人前でできない話ってなんだよ。
回復薬を使ってほしいといわれたら、ちったぁ出してやらんことはないが…。
「…はい、もしそうだったとしたらブランさんしか、ロイス様を治すことはできないでしょう。しかし、治療した後のリスクも含めて話をする必要があります…。とりあえず、一度病気をはっきりさせましょう。全てはそこからです」
う、うっへぇ…。
ホークの早口長文、絶対前世だったらなに言ってるのか理解できなかっただろうけど、今聞いたらどんな単語を言っているかは聞き取れる。
しかし、なに言ってるのか、単語はわかったけど肝心な内容がさっぱりわからん。
なに、治療した後のリスクって。
ホークの話と俺の関連性を脳内で模索しながら歩くこと数秒、ついにロイスとやらが寝かされた控え室が見えた。
新品のベッドと、上に寝かされた少年。
それを取り囲む、クラーラとナンヌ。
机の上で真剣に本を開いて「あれでもない、これでもない」と呟くヤシムの姿が窺えた。
そんな控え室の様子を見るや否や、ホークは「失礼します」と言ってベッドに眠るロイスの元へと向かった。
そして、徐にロイスの寝巻きを脱がし始めた。
「ちょ、ちょっとホーク、あんた、なにしてんのよ!」
「わぁ、はれんち。クラーラ、目、閉じなきゃ」
ちょいちょいちょい、どうしたホーク、気でも狂ったか?
いくらなんでも少年の服を急にひん剥き始めるのは正気を疑うぞ…。
なるほど、これが人前ではできないこと…ねぇ。人の前どころが、そもそもやらないでいただきたい…。
というか、そいつは病人なんだからもっと丁寧に接してやらなんとだな…。
血眼になって眠ったロイスの全身にくまなく目を向けるホーク。
「…あった。あったよ、ブランさん」
ロイス少年の上にかかっていた布団を持ち上げ、下半身に何かを見つけ興奮気味のホーク。
え、えぇ…。
お前はこんなことをするために俺を治療室から連れてきたのか。
正直言って、ドン引きだな。
まぁ、見たところロイス君はなかなかの美少年。
気にならないことも……ない。
「…えっと、失礼します…ね?」
そう言って俺もホークの場所へと足を進める。
別に俺には少年趣味があるわけではないし、ルウになって性転換したからといってそーいう嗜好が芽生えたわけでも、断じてない。
ゆっくりと足を進める俺を見てクラーラが「ッな……あんたまで…」と顔を赤らめているが、変な勘違いをしないでいただきたい。
これは好奇心。
そう、好奇心だ。
それも俺の好奇心じゃ無い。
ホークの好奇心を断れなかっただけだ。
俺にとっては取るに足らないことだが、ホークが好奇心に抗えず俺を呼びつけるのだから、これは仕方がないのだ。
ホークは「早くしてください」と俺を急かす。
そしてついに俺はホークの真横、首の向きを変えれば少年のアレコレが見えるであろう位置につくと、薄目でゆっくりと視線をソチラへ向けた。
「…ぉよ?」
上着は乱れ、危ない感じになっているが、肝心な下半身に関してはなにもいじられた形跡がないように、ただ普通に寝巻きのズボンが穿いてあった。
はい?
ホーク、お前はなにが見せたかったの。
俺が真剣な眼差しでロイスの下半身に視線を向けると、ホークが横から話しかけてくる。
「ブランさん、やっぱりありましたね。僕たちの考えは間違っていませんでした」
「…え、えぇ」
わかんねぇ。
わっかんねぇけど、とりあえず適当な相槌を打つ。
というか、男ならついてて当然だろ。
村長のストレスであたおかになっちまったのか…?
「足先の、紫色のあざのような、シミのようなもの…そして、死んだように眠るこの症状。どう考えても、僕のアリを蝕んだ〈夢縛り〉そのものです!」
え。
足先……あ。
よく見たらあるじゃん。変な色のあざ。
あ、そう、夢縛りね。うん。
……。
………。
…………。
――俺が悪かったっす!
ホークを勝手に、ショタの裸体を見ようとする変質者にしてしまってごめんなさい、ショタの体が見たくてきた変態は俺でした、もう誰か俺を殺して!
「…やっぱり。僕はおかしいと思ってたんです。眠り続け、治療もできない病気なんて、一つしかないって……そうですよね、ブランさん! …ブランさん?」
ルウは腰に手を当て、目頭にもう片手をやり、何やら神妙な面持ちで硬直していたようだった。
「…あ、いや。えっと、そうですね、一つしかないですよね」
俺がそういうと、後ろでクラーラが小さく「…なによ、最初から目的を言いなさいよ」と愚痴をこぼすのが聞こえた。
クラーラ、間違いない。
今回ばかりは俺もその意見に大首振って賛成だ。
「…とりあえず、ルウさんがまた夢に入って治せば良いですかね?」
はぁ、正直言ってまた激しい戦闘になるのはなかなかきちぃんだが。
まあでも、前回の反省を活かした戦いができるかもしれないし、やってやらんこともない…か?
俺が〈インベントリ〉から〈夢架け羽枕〉を取り出すと、ホークから静止が入る。
「待ってください、ブランさん。果たして、この先、この〈夢縛り〉を治療して、それが発端となって何か問題が起きたりしないでしょうか?」
「…治せるなら、有無を言わずに治すのが、治癒師としてのあり方なのではないでしょうか…?」
「…えぇ、まったく、その通りだと思います。…ですが、この病気を治せるのは、現在この世でブランさん、あなたしかいないかも知れません」
「…世界に蔓延る不治の病、なんでしたっけ。治せる人が現れて、人類としては良いことなのでは…?」
「…はい。夢縛りで命を落とす人が減る。それは素晴らしいことだと思っていますが、それでブランさんは本当にいいんですか…?」
どういうことだ?
治したらダメな病気がこの世にあってたまるかってんだい。
「…ホークさん、なにが言いたいんですか」
「…今の今まで誰も治すことのできなかった病気を、綺麗さっぱりなおすことのできる少女が現れた。しかも、人類史上類を見ないほどの美貌と力を持って…。どう、なると思いますか」
「…どうなるんでしょうかね」
「…目立ちます。確実に。僕はてっきりブランさんは、目立ちたくないのだと思っていました。時折、言動からは、大衆の目を避けたいという気持ちが透けて見えたんです」
「……目立ち、ますかね」
「えぇ、それはもう、とんでもないことになるかも知れません。至上の富を得るかも知れませんし、どこかの国に幽閉されて生涯をたかが一つの病気の治療に注ぐことも…」
「…ホークさん、どうしてそんなに怖いことを言うんですか…」
俺はホークを見つめる。
先ほどからのホークの言動は、まるで治療とは真逆の方向へ俺を誘導しているかのよう。
ホークは俯き気味に答えた。
「…僕はいつも、深いところまで考えが及ばない。…だから皆に迷惑をかけるし、守れない。誰にも、辛いことをしてほしくはないんです。それが、ここまでお世話になっているブランさんならなおさら…」
ホークは俯くのをやめ、俺の目を見て続ける。
「僕の目に映るブランさんは、当たり前のように強く、優しく、清く、誰の目にも止まるような存在だ。だけど、その本心は弱みを見せないよう自分を常に追い込み、なるべく多くの人の目につきたくない……そんな風に、僕の目には映っているんです」
「…ホークさんには、そう、見えているんですね」
「はい。だからこそ、そんな思いがあるのなら、ブランさんに夢縛りの治療をさせるわけにはいきません。……どうか、聞かせてください。ブランさんの、本心を」
…本心ねぇ。
いや、まじで的を得たお言葉だよ。
俺は、ルウ・ブランを演じるただの能無し大学生だ。
結局のところ一部界隈でチヤホヤされてりゃ気が済む程度の小心者。
世界の誰からも愛される存在、ルウ・ブランを演じるが、その肝っ玉は川端優樹、そのまんま。
目立つのは周囲の知った顔の中だけでいいし、いざ大舞台に立たされたら仮病でもなんでも使って逃げる、どうしようもない人間だ。
ホークはルウの皮の内側にある、弱い本心をまんまと見抜いていたわけだ。
そして、ホークは自身を『考えが浅い』と言ったが、俺はそんなホークよりももっと浅い。
いや、浅いどころか考えることすらしていなかった。
言われてみれば、目立ちたくない人がする振る舞いじゃなかったな。
…さて本心、なぁ。
俺の本心としちゃ、もちろん変に目立ちたくもないので治療はNOだな。
ロイス君には残念だが、俺はお前を見捨てることにするぜ。
悪く思うな、結局俺は、自分が一番可愛いんだから。
おっと、そうこう考え込んでるうちにホークが困った顔してら。
ホークはガッカリするだろうな。
そこんところで息をのんで話を聞いてる、クラーラもナンヌもヤシムも、幻滅しちまうかもしれねぇ。
でもいいんだ。どうせ俺はここには用済みらしいし。
さーて、新天地で新たな仲間探しだな。
…よし、まとまった。
ホーク、散々焦らしてすまねぇな。
決まりに決まった本心、答えさせてもらうぜ。
――なにやら考える仕草を始め黙り込んだルウは、ついにそのアメジストの様な瞳をホークに向ける。
キリリとした表情。
しかし口角は若干上がった、なぜか自信ありげな面持ちで、口を開く。
皆が待ち焦がれたルウ・ブランの本心と選択。
ついにそれが知らされる時がやってきたのだ。
「――ええ、ホークさん。もちろん治療はやってやりますとも。それがルウさんの今後を大きく揺るがす結果を招こうとも、です」
何か言いたげなホークであったが、ルウの瞳に宿る強い意志を感じ取り、硬く口を閉じた。
ぬははは!
ホークのやろう、俺がてっきり「…いやー、目立ちたく無いんでやっぱやーめた」なんていうと思ってただろ?
残念、残念。
それはただの俺の本心だっつーの。
…ん?
本心と真逆のことしてるって?
おいおい、そりゃないぜ。
俺の心は、どこにある?
そう、ルウ・ブラン。
麗しき俺の嫁、ルウ・ブランの中にあるんだよな?
もし、ルウ・ブランが同じ状況に立たされた時、俺とは違って絶対に断ったりしない。
なぜなら、それがルウ・ブランの本心だから。
俺は俺であって、ルウ・ブランを構成する要素の一つにすぎない。
真に大切なのは俺の意見じゃなくて、ルウ・ブランならどうするかってことだ。
ルウ・ブランは断らない。
なら、俺はルウ・ブランを構成する要素として、その意志を尊重しなければならないんだよ。
「…ブランさん、そうだよね。ブランさんが断るわけが、ないですよね」
「…ええ。助けが必要な方は絶対に見捨てませんし、皆が望むのであれば聖女にだって神にだってなって見せますよ」
「はは、ブランさんらしいや。あまりにも杞憂でした。先の事は今でなくとも考えられる。ぜひロイス様を夢縛りから解放してあげてください。ブランさん、これはブランさんにしかできないんですから」
「…もちろんです」
ホークが俺に微笑む。
どうやらルウの意思は無事にホークに届いたようだ。
「よくわかんないけど……あ、あんた! やるからには頑張りなさいよ!」
「…嘘つき、自分にまで嘘つきだった。とんでもない、大嘘つき」
クラーラとナンヌが俺に言葉を投げかける。
「…ええ、少し行ってきますね。では、またです」
そう言って俺はロイスに添い寝する形で〈夢架け羽枕〉を設置し、頭を乗せーー。
徐々に遠くなる意識の中、エクソとどの様にして戦うのかを考える。
あぁ、やっぱり少し不安だな。
せめてあの武器があればーー。
ーー原初の夢にある〈現世シリーズ〉があれば、エクソなんて屁でもないのに……。
そんなことを考えながら、ついに意識は闇の中へと落ちていった。
暗闇の中、どこか懐かしい万能感と共に、声が聞こえたような気がした。
「――さて、ルウさんの出番、ですかね」
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・マップ/【石化の魔瓶】
〈説明〉
灰色の液体が入った怪しげな瓶。
振りかけた物を一時的に石化させる。
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ルウ「…石化は、ある意味バフでもあるんです。なぜなら、石化されるとそれ以外のデバフが全て解除されちゃいますからね」




