第49話:予兆。
インフルエンザの熱で何もできず、3日も空けてしまいました…。
また見ていただけたら嬉しいです( *¯ ꒳¯*)
Side:ルウ・ブラン
それはなんの変哲もない真っ昼間。
教会の中は慌ただしく、駆け回る人。
教会の前、狭い道には、所々金や銀で縁取りされた豪華な馬車が一台停まっていた。
先ほどまで教会に列をなして並んでいた一般市民はその豪奢な馬車に威圧されるように、口を閉ざし、馬車に視線を送らないように俯き気味である。
教会の扉からルウとホークはそんな外の様子を息を潜めながらそ覗いていた。
「…ホークさん、馬車から人、全く降りて来ませんね…」
「ええ。しかし貴族様が、どうしてこんな教会に…祭司さまはもう少し準備がかかりそうと言ってたし…僕たちで対応しないと…」
「…本当に、なぜこんなところに貴族さまがやって来られるんですかね…」
基本的に貴族は市民が暮らす住宅街に来ることはない。
彼らのテリトリーは黄金区と呼ばれる、聖堂王宮に近い富裕層が住まう場所だ。
となると、わけもなくここにくるはずもないので、何かしらがあるに違いない。
「…例えば、『教会から立ち退いてくれ』とかだったら、嫌な話ですね…」
「…なんにしろ僕たちに用があるのは確実。…悪いことでなければいいんだけど…」
ルウとホークが互いに顔を見合わせ、憶測を語らっていると、後ろからいつもと違い、少し豪華な祭服に着替えた祭司ハトホボが慌てた様子でこちらへ向かってきた。
「ああ、ホークさまにブランさま…。お待たせいたしました。さあ、貴族さまを出迎えましょう」
俺たちは教会を出てすぐのところに停まっている豪華な馬車に近寄る。
すると、馬車の周囲を警戒する兵士の男が「そこで待て」と言って俺たちの足を止めさせた。
兵士はハトホボに視線を向ける。
「すまぬ、ここが北はずれの治癒院で間違い無いだろうか?」
「…ほっほ、そうでございます。私はハトホボ、この北のはずれの教会を任されております、祭司です」
「ホークと申します。教会で働いております」
「…ルウ・ブランです」
兵士は「…そうか、ここがその」と言って、ルウとホークを一瞥した。
「夫人をお呼びする。そこでしばし待たれよ」
兵士はそういうと、馬車の小窓を叩いて声をかけているようだった。
そしてその数秒後、馬車の扉が音もなく開かれた。
出てきたのは上質なドレスを身に纏った女性。
髪型からつま先まで上品に着飾った、いかにも貴族と言った風貌である。年齢は化粧で巧妙に隠されているが、30代後半ほどだろうか。
貴族の女性――夫人は小さく頭を下げると、祭司に向かって口を開く。表情は硬い。
「私はアラマンダ・アーシェリアス。黄金区第四階級の貴族です。治癒院の聖女…どうか、私の息子を助けてください」
そう言って、真剣な眼差しで俺たちを見つめたのだった。
――教会内、治癒室。
俺たちはアラマンダ夫人を招き入れ、話を伺っていた。
アラマンダ夫人の震えた声が静かな教会に響く。
「…九歳の一人息子、ロイスが眠ったまま、目を覚さないのです…。黄金区の治癒師にも診せましたが、原因は不明。…かれこれ、1ヶ月ほど、もう声すら聞いていません」
それをルウとホーク、祭司ハトホボとアベニウスは聞いていた。
「…そんな、良い治癒師の方がサジを投げるような病気を、なぜこの教会に…?」
ホークが疑問を投げかける。
「メイドが偶然街で…耳にしたのです。…住宅街の北のはずれにどんな怪我でも治す、聖女がいると」
「聖女…ですか」ホークは聖女という単語にピンときていないようで、困惑した表情を浮かべている。
「…どうか、どうか、ロイスを助けてやってください。…間近に迫ったあの子の十歳の誕生日、何が欲しいのかすら聞けてやっていないのです…せめて枕の横に欲しいものを…ぅぅ…」
いたたまれない。
そんな気持ちが俺の中に渦巻く。
そのロイスという少年は、現在奥の控え室にて、教会のベッドの上で眠ってもらっている。
クラーラやヤシムがその症状に似たものがないかを必死に探しているが、果たして治療法は見つかるのだろうか。
祭司が口を開く。
「…聞く限り、私の知るどの病とも違う様子…。はてさて、どうしたものでしょうか…」
そんな祭司を見てアラマンダ夫人は不安げな様子だ。
「…ところで、聖女さまはどちらにおられるのでしょう…? 私、聖女さまに息子を見てもらいたくてこの教会に足を運んだのですが…」
いや、聖女なんていねーし。
って言いたいけど、相手は貴族…。変に反感なんて買ったらどうなったものか、想像もつかない。
ホークたちも同じ気持ちのようで「聖女なんてものはいない」とは言い出せない空気だ。
…いや、まあ聖女なんていなくとも俺が治そうと思えば治せるのかもしれないが、状態異常は俺の習得している魔術の範囲外。
状態異常解除系のアイテムを使用すればいいんだが、いかんせん数に限りがあり、〈レストアエッセンス〉みたいにポンポンと出せるような代物ではない。
…てか、なんで俺、この場所にいるんだ?
治癒師でもないし、他の村人みたいに別の部屋で待機していた方がいいんじゃないか。
ホークが「何かあった時のために…ブランさん、ついていてくれませんか」と言って来たからついてきたが、なにかってなんだ、戦いにでもなると思ったのかね?
まあ俺も前世の偏見で『貴族はわがままで性格はゴミカスうんち』だと思ってるから警戒する気持ちもわからなくはないな。
何にせこの場にルウ・ブランはもう用無しだろ?
退室してもよろしいかい?
俺がホークに出ていっていいかを伝えようとした時――。
「ルウ・ブランさん、やっぱりブランさんもそう思いますよね……」
ホークが俺の方を見てまるで何か『同じことを考えているんでしょう?』といった様子を見せる。
俺はわけがわからず、思わず思っていたことを口にしてしまった。
「…えっと、外に」身振り手振りでこの治癒室の控え室に行きたい旨を伝える。
するとホークは頷き「そうですね。僕もこの話は…人前でしにくいと思っていました」と言って俺を見つめたのち、視線を動かしてアラマンダ夫人の方へと振り返った。
「アラマンダ夫人、僕には聖女のことは分かりねますが、子息ロイス様の病状には心当たりがあります…。どうか少し、この場で待っていただけないでしょうか」
んんん、ホークお前、何か絶対勘違いしてるぞ?
俺は人前でしにくい話なんてする気は一切ないし、そもそもお前はここにいなきゃダメだろ、まとめ役みたいな立場なんだから。
そんな俺の心情は全く気にした様子のないホーク。
聖女に心当たりがない、そう言われた夫人はあからさまに肩を落としたが、この病気を知っているかもしれないという言葉に一条の光を見出した様子だった。
しかし、夫人の顔はどこか暗い。
そんな夫人に違和感を覚えたホークはどこか信頼されていないような気がして「信頼、できないでしょうか」と聞いてみた。
すると夫人は、硬い表情のままトーンの低い声で話す。
「…四度、四度私たちは治癒院をあたり、公知の治癒師たちは皆、最初こそあなた方と同じようなことを口にしたのです…」
いずれも手の施しようがないと判断した治癒師たちは適当な薬と、高額な治療費を夫人にぶつけてきたという。
「…ごめんなさいね。頼みの綱の聖女もいないといわれて、あなた達をいぶかしんでしまったわ。…今までのどんな治癒師よりも真摯な面持ちの、あなた達を」
ホークはその話を聞いて「…信頼されないのも当然ですね。安心してください。もし病気が考えていたものと違っていた場合、治療費の請求は一切しませんし、今後もできる限りのことはやっていきたいと、僕は思っていますので」と答えた。
そのホークの言葉に祭司ハトホボとアベニウスは「ええ、皆、そう思っております」と頷く。
俺もなんとなくその場の空気に合わせて頷いておいた。
「そんな……あなた方の美しい心に、最大限の感謝を捧げますわ」
そう言ってようやく、アラマンダ夫人は疲労を隠す化粧の下で微笑んだ。
「ブランさん、控え室に行きましょう。では、僕たちは一度失礼します。また進展があれば戻ってきますので」
そうして俺はホークに連れられるように治療室を後にしたのだった。
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・アイテム/【フォーラネグレリア】
〈説明〉
強い瘴気毒をふんだんに内包した、凶悪な宝石。
軽い衝撃でも粉々に砕け、四方八方に瘴気の破片を飛ばす。
エクソはポベートールより受領したそれを、己が核とした。
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「…エクソの心臓ですね。大抵、エクソを倒すのと同時に砕けてしまうので入手は困難なんですけども、時たま落ちることがあったりなかったり」




