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第46話:ルウ・ブランのために。

閲覧ありがとうございます。

本日少々文量多めです( *¯ ꒳¯*)

「…そうですか。まさかそんなことがあったとは……ブランさんには祭司さまが相談に乗っておられますけど、大丈夫でしょうか」


 ホークはルウ・ブランの報告を受け、ショックを受けると共に心配した様子だ。 

そしてその報告をよこしたローストとセルベル、率いてはこの教会にいるすべてのものが多少違えど、似たような感情を持っていた。


 最近、冒険者家業も安定し、農業も徐々に成果を見せ始め、行先は上場といったとたんにこれだ。


 ただひとり、ルウ・ブランが塞ぎ込んだという事実だけで周囲の者たちの心も落ち込んでいた。


「…ホークさん。俺、どうしたらいい? ブランさんのあんな姿、正直って見てられない」


 セルベルは深刻そうに呟いた。

 しかし、そのつぶやきに回答を寄せるものは誰もいない。


 博識であり、ルウとの付き合いも長いホークであるが、その問いに対する回答は持ち合わせていなかったのだ。


 そもそも、今回の問題――ルウ・ブランがあのような状態になった原因はいったいなんなのだろうか。


「…僕もゴブリンに襲われていたところを助けていただいた時から、ブランさんは、人間離れした容姿をしているとは、思っていました。だから、この国に入る前にブランさんには顔を隠すよう伝えたんです。……ですが」


 バレる時は一瞬だ。

 そもそも、フードをかぶるだけという簡易的なベールなど、もとより意味はなかったのかもしれない。


「…僕の判断が甘かったのが原因です……。ブランさんにも、皆様にも申し訳ないことをしました」と表情を曇らせる。


 そんな様子のホークをローストは否定する。


「ホーク、それは違う。今回の件に関しては誰が悪いとか、そんな話じゃかたがつかないんだ。もっと気を楽に持て。君はいつも、一人で責任を負おうとする悪い癖があるぞ」


 ハッとしたようにホークが顔を上げる。


「…ブランさんにも以前、同じようなことを言われました。そうですね、いつも変な方にばかり考えて……すいません」


 ローストは「まあそれもホークのいいところだけどな」とフォローを入れる。


 ふと、セルベルは気になったことを口にした。


「前、こんなことはなかったのか? ソテー村を出る前、村で一緒に住んでた頃は」


「…以前、ですか」


 言われてみれば今まで、こんなことがあっただろうか。

 ホークの父、バケットのような変質者は現れたが、バケットはどちらかというとルウの精神性に惚れ込んでいたようなきらいがある。


直接的にルウの容姿にここまで異様な反応を示したのは今回が初だろう。


「…皆、ブランさんは可愛い、綺麗、とは口に出していましたけど、まるで宝石を見るような扱いをする方は…見たことがありませんでしたね」


 ホークに続くようにローストも「そうだな」と答える。

 なので今回のケースが異常なのだと言おうとした時、セルベルが絞り出すように声を出した。


「……俺は、俺は……正直、あんな状態になるのもわかる。目を引くなんてものじゃない、生物としての格の違いに目が奪われるんだ」


 セルベルの言葉にホークとローストは顔を合わせて考える。


「…セルベルさん。一般的に見て、ブランさんの容姿はどれほど優れているんですか? 僕たちは隔離された村の中で育ってきました。なので…もしかしたら価値観にズレがあるのかもしれません」


「…俺だって、虚弱と孤児で外にでられず、広い目なんて持ち合わしちゃいない…けど」


 セルベルは、助けられたその日から、ルウのその容姿をずっと目で追っている。それは教会の皆と集まる時も、人だかりにいる時も一緒だ。

 だからこそ、ギルドでの異変にいち早く気がつくことができた。


「…俺が出会ってきた中で一番なのには、間違いない」


 真剣な眼差しでキッパリと言い切った。


「そうだったんですね…」


 ルウの容姿が常識はずれに優れているということはわかった。しかしそれが何の解決につながるというのだろうか。

 本人がいないところで容姿を誉めたとして、伝わらなければ言葉が勿体無いというものだ。


 ホークは本題を切り出した。


「…さて、僕たちがブランさんにできること。元気付けるでも、恩返しでもなんでもいいです。とにかく僕たちが今できることを考えましょう」



▶︎▷▶︎▷▶︎▷▶︎▷



 ホークは机の上に帳簿を広げ、ひとしきり目を通した。


 そこには、ルウ・ブランに対して村人や教会の人たちが何をできるのかが記されている。


 あの時、ホーク、ロースト、セルベルの3人だけでは結局意見がまとまらず、だったらいっそのことルウ・ブランに世話になったもの全員に聞いてみたらどうかという結論に至ったのだ。


「…ラアレちゃんは、花飾り。ギユマンさんは酒。リュバン君は…砂? あぁ!もう、まとまりがない…」


 しかし、集まった意見はどれも散々なものだった。各自ルウへの想いが強すぎるあまり、偏ったお礼が多くなりまとまりが一切ないのだ。


 ルウ・ブランは今、教会の地下室で半ば引きこもっているような状態であり、そんな彼女が地下から出てきてこんなに思い思いの品を渡されても困るだけであろう。


「アッルンガーレさんは獣の皮、アリは……家?」


 家。

 確かにルウ・ブランはお金もありそうで、宿屋に泊まることや家を借りることだってできそうであるのに、なぜかソテー村の者とともにこの教会に住んでいる。


 そんな彼女に住む場所を提供してあげるのはどうだろうか。

 そもそも考えてみれば彼女は難民でもなんでもないのだからソテー村の人々と同じ生活をする必要はないのだ。


「…しっかし、家となると…お金が足りない。却下かなあ…」


 ホークは頭を抱える。


「…はぁ。ブランさんが何が好きか誰もわからないなんて」


 そんな時、アリがホークの元にやってきた。手にはクッキーが乗せられている。


「ホーク、お疲れ様。はい、これクッキー。置いておくから」そう言ってホークが帳簿を広げる机の隅にクッキーが入ったカゴを置く。


「アリ、ありがとう。ちょうど甘いものが欲しいところだったんだ」


 クッキーをつまんで口に運ぶ。噛み砕くと、小麦の香りと蜂蜜のやさしい甘味が口いっぱいに広がった。


「うん、このクッキー、美味しいよ。アリが持ってきてくれたクッキーは一味違うね」


「えへへ。でもホークそのクッキー、安物だよ? 正直私はちょっと微妙だったんだけど…」


「そうなんだ…じゃあアリが持ってきてくれたから美味しかったんだね。気持ちがこもっていたら安いも高いも関係ないから」


「そ、そうなのかな」と照れるアリ。


 そんなアリをみて、ホークは思った。


「…気持ちがこもっていれば、高いも安いも関係ないーーこれだ!」


「なに、ホーク、いきなりどうしちゃったの?」


「ありがとう、アリ、君は天才だよ。ブランさんを元気付けるいい案が思い浮かんだ。本当に君は僕にいい刺激を与えてくれる!」


 

▶︎▷▶︎▷▶︎▷▶︎▷



 ――その日の午後、ホークは教会に住むすべての人々を集めて会議を開いた。


「…皆さん、ブランさんを元気付ける方法を決めました。それはーー言葉です」


 ホークが意気揚々と語るも、他のものはポカンとしてイマイチ合点が言っていないと言った様子である。


「…ごほん。…まずなぜこうなったのかと言いますと、そもそも僕たちは誰一人としてブランさんがもらって嬉しい物を知らなかったからです。そこで、僕は考えたんです。感謝を伝える方法は、別に物でなくともいいと」


 ホークは羊皮紙を取り出すと、ペンを持って何かを書いた。


「物ではなく…言葉で伝えれば良いんです。ただし言葉は形として残しづらい…ですので、このようにして羊皮紙に感謝を綴って、手紙という形でブランさんに渡そうと思っています」


 大半がなるほど、と頷く中、クラーラがホークに噛み付くように問う。


「結局羊皮紙に書いて渡すって、それは物を渡しているのと同義じゃなくて?」


「そうかもしれませんが、手紙というのは形ある言葉そのものだと、僕は思っているんです。それに、安いですしね。…ブランさんの性格的に、高いものを渡せば喜ぶどころか、高い物を買わせた自分を責めてしまいそうだしね…」


「ふぅん…なるほどね。ところであたしたち、文字が書けないんだけど、それはどうするの?」


 クラーラが不貞腐れたように文字が書けないことを伝える。

 孤児院にいる人間のうち、まともに文字が書けるのは祭司だけだ。

 ソテー村の人も、アッルンガーレとホークがしっかりとした読み書き、ローストが冒険者稼業によりギリギリ書ける程度のものである。


「はい。字が書けない人が大勢いるのも承知のうちです。書けない人は書ける人に教えてもらうか、書いてもらうかして補いつつ書き上げていきましょう」


 そして、教会内では羊皮紙にルウに対するそれぞれの想いが綴られーー。


「…ーリュバン君の手紙が書き終わって…これで、全員書き終わりましたか?」


 ホークが手紙を束ねながら周囲を見渡し、村人や教会の面々に確認を取る。

 皆『書き終えた』という表情でホークに頷き、すべてのものが書き終えたことがわかった。


「じゃあ、早速ブランさんに渡しましょうか。どうしようかな、僕たちがこの人数で地下室に押しかけるわけにもいかないし、誰かブランさんを呼んできていただけませんか?」


 ホークが誰にしようかと悩んでいると「俺が行く」と言って勢いよく手をあげる者がひとり。


「セルベルさん、行ってくれるんですか?」


「ああ、俺が行く。ブランさんは俺が呼んでくるよ」


 ホークから見たセルベルの表情は、この役は断固として譲らないといった決意に満ちた表情であった。


「…ではセルベルさん、お願いします」


「行ってくる」


 そう言ってセルベルは教会の奥へと消えていった。

 あとはルウ・ブランがここにくるのを待つのみ。


 ホーク含めた村人たちの中には緊張が走っていた。

 それは不安からくる緊張。


 なんだか今までソテー村と共にあったはずのルウ・ブランがこの街に来てから、徐々にソテー村との関わりが薄れているような感覚を感じていた。


 そしてそんな感覚は日に日に強まっていき、別れが近くなっているように思えてならないのだ。


 手紙の中には、日頃の感謝のほか、遠回しに『どうかこの村を見捨てないでくれ』と言った意味の言葉も含まれている。


 それがルウ・ブランにとって重圧にならないかという、そんな彼女の心の変化が、村人たちの心をもをひどく揺さぶるのだ。


 どこか重い雰囲気に包まれていた教会内で、ナンヌがクラーラの背後でつぶやいた。


「セルベル、嘘つきのこと、好きだと思う」


 唐突の発言に周囲の者は困惑すると共に、しかしながらセルベルがルウを見る目が通常接する時とは違うことを思い出す。


「…絶対実らない恋。可哀想なセルベル」


 聖人君子のルウ・ブランと一般人のセルベル。

 ルウ・ブランは自身の身分を公言したことはないが、それでもあれだけの力と魅力を兼ね備えた彼女がたかが一般人のセルベルと釣り合うはずもないのは容易に想像できるだろう。


 村人のひとりがつぶやく。


「セルベルもとんでもない人に恋をしてしまったな。あんな天上人、この世の誰とも釣り合いはしないだろうにーー」


 そこで気がついた。


 果たして、そんな雲の上の存在に、たかが村人たちが釣り合っているのかと。

 セルベルとルウが釣り合わないように、ソテー村とルウも釣り合わないのではないか。


 そもそも、こうして一つの村に尽力してくれただけで奇跡のようなもので、それ以上願いを乞うのはいささか欲が過ぎるのではないかーー。


 村人たちは皆、そんなことを考えていた。


「…ルウ・ブランに釣り合わないのは、俺たちも一緒か」


 ルウ・ブランのような希望の光を独占する。

 それは、彼女によって救われるであろうたくさんの命を奪うのとなにが違うというのだろうか。


 ホークが険しい顔で口を開いて、村人たちの心中を代弁する。


「…僕たちがブランさんに贈るのは、感謝の言葉ではなく、自立の証明。言葉より、行動で感謝を示す。…そんなところでしょうか」


 そしてそれは、ソテー村の人々だけではなく、教会の人も同じ気持ちであった。


 現状、ルウ・ブランがこの教会に直接の恩恵をもたらすことは、ほとんどない。


 金銭面は冒険者稼業や農業、治癒院の治癒費などで安定した稼ぎがあり、食べることに困ることはなくなった。


 ――ルウ・ブランと距離ができたと思っていたが、その距離を作っていたのは自分たちだったのだ。


「思えば僕たちは、ブランさんに頼ることも減ってきましたもんね」


 しかし、ルウ・ブランと離れたくない気持ちがあるのもまた事実である。

 なぜなら、ここにいるすべてのものはルウ・ブランからもたらされる恩恵のほかに、ルウ・ブランの人間性――超聖人であるその内面に魅了されていたのだから。


 そんな、誰からも愛されるルウ・ブランという存在を、好いているからこそ縛り付けてなどいけないのだ。


 ホークが周囲を見て、口を開こうとしてーーやめた。


 なぜなら、皆同じように決意を固めた表情をしていたからだ。


 ルウ・ブランに感謝を、そして受けた恩を無碍にせず頼らずとも生きていけるようになった証明をしよう。


 皆の心は、一つとなった。


 ――教会奥、地下室へと続く階段から足音が聞こえてくるのがわかった。


 そして、まず見えるのは先頭を歩く、どこか少し落ち込んだ様子のセルベル。


 次に教会の管理者である祭司ハトホボ。


 最後尾、少し遅れてやってくるのはーールウ・ブラン。


 フードを取払い、クリーム色の長髪とアメジストのような瞳を惜しみなく、堂々とさらけ出す。


 ルウはホークたちを見るや否や、何かを言おうとしてーー。


「――ブランさん、ありがとう」というホークの開口により遮られた。


「…ブランさん、これ、僕たちからの感謝の印です」


 そう言って束ねられた羊皮紙を、ルウに差し出した。


 ルウは困惑した表情――しかしどこか嬉しそうで寂しそうにも見えるーーで「…えっと、ありがとうございます」と言って受け取る。


 ホークはルウが手紙を受け取ったことを確認すると、ルウに告げる。


「ブランさん。あなたのおかげで僕たちは、生きていく場所と力を得ました。…そんな僕たちからブランさんに恩返しできることは少ないかもしれないけど、どうかせめて、その手紙を読んで笑ってくれたら嬉しいです」


 ホークは言い終えると、深々とお辞儀をした。


「ブランさん、本当にありがとう」


 ホークのその言動を真似るように、村人や教会の面々もルウに深々と頭を下げてお礼を言う。


 ルウはそんな光景を「どうしたらいいのでしょうか」という表情で見渡したのち、何かが吹っ切れたように口角を若干上げーー。


「…こちらこそ、です」


 困り眉の下でうっすら涙を浮かべ、困ったように微笑むルウ・ブランの姿が、そこにはあったという。



⬛︎ーーーーーーーーーーーーーー

・アイテム/【嘆きの黒水晶】

〈説明〉

深い洞窟の最奥で見つかる、黒い水晶。

叩けば低く、くぐもったような音を鳴らす。

それはどこか、人の嘆きにも聞こえるという。

ーーーーーーーーーーーーーー⬛︎


ルウ「…鉱石って、実は養殖できたりするんですよね。はい、ルウさんは紛れもないものぐさです」

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