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第40話:治癒師としての覚醒。

閲覧ありがとうございます( *¯ ꒳¯*)

side:ルウ・ブラン



「はぁ…はぁ…これでも、まだ…はぁ…全然、届かない…」


「…いえいえ、以前と比べてかなり良くなったと思います。体の方も筋肉がついてきているようですし」


 翌日の早朝、俺はいつも通りセルベルと打ち合い稽古を行なっていた。

 最近のセルベルは、冒険者総合ギルドで扱かれているためか筋肉がついてきており、もはや以前まで虚弱であったことが嘘のように軽々とした身のこなしで剣を振るうようになった。

 こっそりステータスを見てみれば、以前はレベルが3だったのに対し、現在は7と一般人以上のレベルになっている。


 セルベル、これはすごいことだからな。

 …とは言っても、レベル13のアリには到底及ばないためもっと頑張っていただきたい。もちろんこのことはセルベルのためを思って口にはしないが。


「…絶対に、ブランさんに勝って……って言うんだ」


 さて、今日の剣の稽古はこれで終わるか。まだ朝食までは時間があるが、俺には行きたい場所があるからな。


「…はい。いくらでも相手しますよ。…では、ルウさんはこれで。ギルド、がんばってください。応援していますよ」


「は、はいっ!」


 俺はにこやかにそう言って、教会を後にする。後ろでセルベルが「おれをそんなに想ってくれているなんて…」と言っていたが、まあ無視でいいだろう。


「…教会の裏手の道をまっすぐ、でしたね」


 ナンヌの言う通りに教会裏手の道を直進していけば、突き当たりに広い空き地があり、すみにポツンと小屋のようなものが立っているのが見えた。


「…ン、ギャンッ」


 お、犬の鳴き声が聞こえるな。ってことはあの小屋が噂の納屋で間違いないのだろう。


 しっかし、朝っぱらからそんなに必死に鳴くか…? コケコッコーって早朝に鳴く鶏かよ。


「ギャン、ギャインッ、キュウゥゥゥン…ワンッ!」


 ――いや、これ多分普通じゃない。

 ほぼ悲鳴だろ。昔、友達の足の匂いを嗅いで悶絶する犬が似たような鳴き声をあげていた。


 急いで納屋に駆け寄ってみると、ボロ切れのような服を着て、酒瓶を持った男が痩せ細った犬の腹部を蹴っている様子が見える。


「このクソ犬が! オレの足元をうろつきやがって、臭いんだよ! …こんなもの、蹴っ飛ばしてやりゃいんだ! おら、死ねッ!」


「――キャンッ! キュンキュンッ!」


 叫んでいる男の顔は酒に酔つているのか真っ赤で、地面に伏せた痩せ細った犬を蹴り上げる。男の重たい靴が容赦なく犬の腹部を叩き、何度も犬が悲鳴をあげた。


 ――酔いどれジジイどちきしょうおんどりゃああ!


「――やめてくださいッ!」


 鋭い声が響く。


 男の足が止まる。


「なんだガキッ! 生意気を叩くとこの犬みてぇにしてやるぞ!」


 男はかなり酔っているようで、酒瓶を振りかざし、よろめきながらルウに一歩近づく。


 しかしルウは微動だにしない。


「…酒臭いですね。…その犬、ルウさんの飼い犬ですので、ただの腹いせなんかで痛めつけるの、やめていただけますか?」


「…んだと…ッのクソガキ! あんまり舐めた口聞いてるとーー」


 男が怒りのままに、さらにルウに一歩詰め寄ろうとしたその瞬間、ルウはエレドリームレイピアを抜き、一気に間合いを詰めて剣の先を男の首に押し付ける。


「――ッカ、ゲホッ」


「…これ以上何かされるのであれば、ルウさんが相手しますけども?」


 ルウは剣先よりも鋭い、突き刺すような視線を男に向ける。迫力と凄みのある、威圧的な視線だ。


「――……へ、へへ。わ、悪かった。オレが悪かったよお嬢ちゃん」


 数秒見つめられた男はまるで酔いが覚めたように冷静になり、手に持った酒瓶をゴトっと地面に投げ捨てた。


「…では早々にたち去って頂けます?」


「あ、ああ…。い、犬とは仲良くな、嬢ちゃん」


 そう言い残すと、男は焦ったように俺に背中をむけて逃げ出した。


 …だっせぇ。それに、最後の言葉はどう言うことだよ。

 まあいい、それより犬ころ大丈夫か?


「…もう大丈夫です」


 俺は優しい声で囁きながら、犬の傷の具合を確かめる。


強く蹴られた体には無数のあざができているようで、後ろ足も大きく腫れ上がっているような状態だった。

未だ震える身体を撫でてやると、その手を舐めてくる犬。


こんなに可愛い犬をいたぶるなんざ、あの酔っ払いクソジジイもいい趣味してんな。次あったらけつから串刺しにしてゴーフレットの門前で晒してやる。


「…さっそくヒールを……んや、この犬、子供達のヒールの練習台に使えるのでは…?」


 ヒールの練習は基本的に自分の指を針で刺して、できた刺し傷にヒールするって流れなんだが、傷が小さすぎてヒールの回復量がどれほどのものか分かりにくいし、子供達が痛がってるのが見ていて辛い。

 なので、この犬はどうせ治療するなら子供たちの役に立ってもらおうという魂胆で持ち帰ることにする。


「…もう痛い思いはさせませんので、少しだけ、ほんの少しだけ我慢してくださいね」


「キュゥン…」


 俺は立ち上がると、犬を慎重に抱き抱えた。


 うぇっぷ。

 俺の体が小さいせいで、犬を抱えたら毛が口に入る…。まあそんなことは気にしないで帰るとするか。


 …ところでこいつ、軽すぎな。どれだけ飢えていたんだか。走る時に振り落とされないよう、犬ころもしっかり捕まってな。


 俺は犬をしっかりと抱き抱え、教会へと急いだ。



▶︎▷▶︎▷▶︎▷▶︎▷



「…んしょ」


 俺は教会の扉を、足で開けると急いで犬をベッドに寝かせ、ガキどもを呼びに行く。


 近くで朝食を終えたばかりの子供たちは、俺の呼びかけに答えて即座に集まってくれた。


「いたい、いたい。血が、いたい」


「…これはなんてひどい」


「…嘘つき、もしかしてこの犬って……」


「えっと、本当にぼくたちがこの犬の治療を…?」


 ヤシヌが傷ついた犬を見て、まるで難解な書物を読むときのような難しい顔をする。


「…はい。どうかこの子を癒してあげてください」


 すると、ヤシヌが一歩前に出て、手のひらを犬に当てた。


「…まずはぼくから試させて」


 集中するように息を整えーー。


「――〈ヒール〉」


 ヤシヌの子供特有の甲高い声が教会内にこだまするーーしかし、犬の傷にはなんの変化も見られない。


「…ダメか」


 がっくりと肩を落とすヤシヌを見て、今度はクラーラが手を挙げた。


「私、私がやるわ! 絶対治して見せるんだから!」


 負けず嫌いな性格から、この中で最もよく学び、復習も欠かさなかったクラーラ。

 その後ろでナンヌが小さく「…頑張って」と呟く。


 しかし、結果は失敗。クラーラの力がついに犬に届くことは叶わなかった。


「くそぅ…どうして、うまくいかないのよ…」


 クラーラが悔しそうに顔を歪める。


 その後、次々と子供達が〈ヒール〉を試みるも、誰も犬の傷を癒すことはできなかった。


 …そろそろ犬が可哀想だ。

 子供たちには悪いが、優先するべきは犬の方だからな。俺が治癒してやるか。


 そんな時、教会の隅から声が聞こえた。


「…見ていられない」


 その声を聞いたクラーラは激昂して、声の主に向かって怒鳴りつけた。


「――アベニウスッ! どこよ、出てきなさい!」


 教会の隅から、音もなくアベニウスが姿を現した。その姿を見つけたクラーラは怒鳴りつけようと息を吸いーー。


「…少し、黙っていてください」


 ルウに口を抑えられ、止められていた。


 アベニウスは無言で犬のそばに近寄り、その黒い肌に汗を滲ませながら手を伸ばす。


「…痛かったろうに。ぼくが不甲斐ないばかりに…すまない」


 囁くように呟き、アベニウスは深呼吸をした。


「――〈ヒール〉」


 その言葉と共に、彼の黒い手から柔らかな光が溢れ出る。

 柔らかな光は一枚の布のように、犬の身体を包み込む。すると、犬の傷はゆっくりと癒えはじめ、息遣いも落ち着きを取り戻す。


「くぅ〜ん…」


 犬の体表から光が消えた頃、傷は見事に塞がり、綺麗な体が姿を見せる。


「んもごもご…――成功した…!」


 俺の口ふうじを半ば強引に抜け出したクラーラが声を上げる。


「ぴかって、ぴかって、光った」


 クラーラに続くように子供たちは一斉に歓声をあげた。


 そんな称賛を受けるアベニウスは肩を落とし、ルウを見つめると、いきなり大きな声を張り上げた。


「――ルウ・ブランッ!」


 一同、肩がびくりと上がる。

 誰も聞いたことのないアベニウスの大声。

 まるで怒りを含んでいるかのようなそのニュアンスに皆圧倒されているのだ。


 …あ、えっと、これ、怒られるやつ?

 犬痛めつけて連れてきたとか、そんなふうに思われてたらやばい。これ以上信用が落ちたら、俺は多分こいつと一生仲良くなれない。


「…あ、いや…ルウさん、そんなつもりじゃーー」


「…ルウ・ブランさん。本当に、本当に…ありがとうございます…」


「…うぇ?」


 おりょ、なんか想像してたのと違う…?


「…今朝、男が納屋に入ってくのが見えて、俺、怖くてそこから逃げ出したんです。…でも、あなたはそこからこの子を助け出して来てくれた…」


 あ、え、見られてたのね。


「…皆にも感謝したい。ヒールをかけてくれたこと、すごく嬉しかった」


「…でも、結局治したのはアベニウス、あなたじゃない」


「…やろうとする気持ちが大事なんだ。…俺は正直、みんなのことをちゃんと信じていなかった。差別されるんじゃないか、奇異の目で見られるんじゃないかっ…て」


「…アベニウス、わたしたち、そんな風に考えたこと、一度もない」


「…ああ。わかったんだ。犬1匹のためにこんなに真剣になれる人たちが、そんなちっぽけなことを考えるような人間じゃないって」


 アベニウスは目に涙を浮かべて話す。


「…クラーラ。君が祭司さまやみんなに隠れてこっそりヒールの練習をしていたのを、俺は知っている。…だからこそ、努力が報われない姿を見ていられなかったんだ…。軽率な言動、どうか許してほしい」


 秘密がバラされたクラーラは顔を真っ赤にして「…ちがっ…んもう」などとあたふたしている。


「…サイテーよ、アベニウス。絶対に許さないんだから。…だからあんた、これから私たちにヒールを教えなさいよ!」


 そうだそうだ、と煽り立てる一同。


「…アベニウスさん。ルウさんも同じ気持ちです。どうかこれから、よろしくお願いいたしますね」


「クゥーン」


 その日の昼間、教会内でアベニウスがクラーラやヤシヌ、ナンヌらにヒールのコツを教える姿が目撃された。


 どうやら彼には物教えの才能もあるらしく、その日の午後にはクラーラが。翌日にはヤシヌが、と次々とヒールのコツを習得していった。


 こうしてアベニウスは、この教会に必要不可欠な存在となって行くのであった。


⬛︎ーーーーーーーーーーーーーー

・アイテム/【聖霊の涙】

〈説明〉

アルハント・セリアに落ちた聖霊の雫。

精霊は超自然の心である。

若者よ、老人よ、決して泣かせてはならぬのだ。

ーーーーーーーーーーーーーー⬛︎


ルウ「…素材として、非常によく使うので、ルウさん的にはたくさん泣いてもらって、いっぱい涙を落としてもらったほうが嬉しいですね」

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