第39話:治癒師としての才覚。
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Side:ルウ・ブラン
あの会議から半月ほど経った現在。
ロースト率いる一部の村人と、セルベルは冒険者総合ギルドに加入して、さまざまな依頼をこなすようになり、徐々にではあるものの周囲からの名声を稼ぎつつあるのだとか。
アッルンガーレを筆頭とした農業も、灰をもらうことができ、無事に土の状態を改善している段階にあり、近いうちに農作物を植えられるかもしれないと言った様子である。
また、ウミドやアリ、他のおばさま方は慌ただしくなった教会内の清掃や食事の支度などにいっそう腕に磨きをかけて張り切っているようだ。
そして俺はというと、教会で治癒師として働く日々を送っていた。
治癒師とは言うものの、ほとんど怪我人が訪れることもないので祭司ハトホボと共に孤児たちに回復魔術を教えているのだが。
最初は散々だった。何せ、俺が回復魔術を教えようとすればクラーラとかいう12歳の、外見で言えばほぼ同い年のガキが「ルウ・ブラン、あなた、本当に回復魔術が使えるの? ふん」などと、みくびってきやがるのだ。
お前たちを治したのか他の誰でもないルウ・ブランだって言うのにな。
そのせいで他の子供も回復魔術は祭司のじっちゃんから教えてもらうと言い出して俺のやることは完全になくなっていた。
しかし、そんな俺にも好機が訪れた。
――ある日の昼間、農業に力を入れる村人のひとり――ボルトフのおっさんが足を引きずりながら教会に戻ってきたのだ。
その時間は灰の回収作業をしている時間で、まだ帰って来るには早い。
「…ボルトフさん、どうされました」
「あぁ、ブランさん。…恥ずかしながら、ガロウルスが暴れて牛車が転倒しちまって、足を挫いちまったんだ」
よくみると、ボルトフの左足首は腫れ上がっている。
「…えっと、ガロウルスは止めに行ったほうがいいのでしょうか…?」
「あ、いや、目の前を横断してきた人に驚いてしまっただけみたいでね。今はもうすっかりおとなしくなっているよ」
すると、話を聞きつけた祭司が教会の奥から子供たちを引き連れてやってきた。回復魔術を教えている最中だったのだろう。
「…ボルトフさま、災難でございましたね…。さあ、足をお出しください…」
そう言って祭司が回復魔術を行使しようと手を伸ばしかけたところを、俺は制する。
…子供達が見てる前で回復魔術を行使したら、俺が回復魔術を使える証明になるやん!
という思いのままの行動であった。
「…祭司さま、ちょっとルウさんに任せていただけませんか?」
俺がそういうと、祭司の近くにいる子供――主にクラーラが「あなた、本当にできるのかしら?」などと戯言を吐いているが、度肝を抜いてやろうと、俺もかえって躍起になるのだった。
「…それでは、ボルトフさん。失礼しますーー〈ヒール(低域回復魔術)〉」
俺がヒールを発動させると、光がボルトフの左足首を包み込みーー腫れが見るみる引いていくと、元通りの姿へと戻る。
ボルトフは目をパチクリさせる。
「もう痛くない…それに腫れも……元通りだ。ブランさん、ありがとう。祭司さまにもご心配をおかけしました。しかしもうこの通りーー元気に戻ります」
それだけ言い残し、ボルトフは足早に教会をとび出して行った。
「ルウ・ブランさま、まさか、それほどまでの回復の腕だとは……祭司である私の何倍…いえ、何十倍にも及ぶとは…」
半ば放心したような声で祭司ハトホボは驚愕していた。
そんなハトホボの姿を見たヤシヌーー5歳の男の子が興奮気味に声を上げる。
「…すごい。澱みなくとても迅速な〈ヒール〉だった」
それに続くように、同い年のリュバンも「ピカーって、ピカーって! すごい!」と言い、跳ね回っている。
「…えっと、照れますね」
俺が久々の称賛に照れていると、短くまとめた金髪がトレードマークの、俺と同い年程度の少女――クラーラも口を開く。
「…ふ、ふん。わたしだってそのうち、これくらいできるようになってやるんだから。…ちょっとコツ教えなさいよね」
そんなツンツンなクラーラの後ろからは6歳の女の子、ナンヌがこっそりと顔を覗かせている。
「…嘘つき、すごい」
ガッハッハ、聞こえる、聞こえるぞ!
ルウ・ブランに対する感嘆の声が!
俺の嫁の評価がぶち上がる、その音が!
「…ふふ。ルウさんのようになりたければ、努力をすることです。ぜひ、なんでも聞いてくださいね」
とまあ、俺はついにようやくやっと、孤児たちに認められたのであった。
…いや、まだ顔すら合わせてくれないやつが一人いたっけな。
次はあいつにもルウ・ブランの素晴らしさを説いてやるとするか。
――教会の端から物静かにこちらを見つめる、アベニウスを俺は決して見逃さなかった。
▶︎▷▶︎▷▶︎▷▶︎▷
俺は、アベニウスがとても優しい心の持ち主であると知っている。
前世の知識でいう、いわば黒人のような見た目をした12歳の彼。
他の子供たちとの交流を好まず、基本的には一人で過ごすか、村人の手伝いをかって出て、畑いじりに加担してるアベニウスだが、俺は見てしまったのだ。あいつが実はかなり人情深い人間であるとわかるその決定的瞬間を。
――それはある夜、なんとなく俺が教会の周囲の見回りをやっていた時のこと。
教会の裏手から、ヒソヒソとした若い男の声が聞こえた。
「…よーしよし。今日も飯を持ってきたんだ。たらふく食べてくれ」
こっそりと覗いてみれば、そこでは褐色肌の少年が、2匹の猫たちに、その日の夕飯に出た肉を分け与えているのが見えた。
…ん? あれ、まさか、アベニウスか!?
いっつもむすっとしてだんまりのあいつ…笑ってるところなんて初めて見たぞ…。
「…よしよしーーおや、こんなところに傷があるじゃないか…もしかしてまた、あの肉屋からおこぼれをもらおうとしたのかい? …全く懲りないな、おまえは」
アベニウスは猫の腹部に滲んだに血の跡を手のひらで覆うと、小さく呟いた。
「…今日だけだぞ〈ヒール〉。ほら、元通り」
は?え?
あいつ今、ヒール使ったよな?
え、まさか、祭司が子供たちにヒールを教えている端っこでおまえも練習してたのか…?
話を聞いただけでヒールが使えて、しかも祭司のヒールよりも回復量がデカそう。
回復魔術には生来の才能が必要だと、祭司はそう言っていたけど、もしかしてこいつ、回復魔術の点では群を抜いて才能あるんじゃねえか?
俺がそんなことを考えているうちに、アベニウスの手元からは肉がなくなり、猫たちは道端の隙間へと消えていく。
「…おやすみ、またおいでよ」
そう言い残してアベニウスも教会へと戻って行ったのだった。
いや、あの夜は流石に驚いたよ。
無口で声すらまともに聞いたことない奴が、笑顔で猫たちに語りかけてんだから。
あいつは回復魔術の天才だ。
子供たちの輪に入れば、即座に人気者に慣れること間違いなしなのに、なんで教会の手伝いにもなる治癒活動に参加しようとしないのかね…。
動物のみに発揮される優しさだったりするのか…?
うぉ!?
――急に思考に割って入る、高い音域の大きな声。
「…ねえ、聞いているの? ルウ・ブラン。耳はついているのでしょう?」
声のなる方を見てみると、腕を組んでこちらを睨みつけるクラーラの姿。
「やっとこっちを見たわね。回復魔術のアレコレを聞いているのはわたし。別のことを考えられてはこまるってものよ」
「…ありゃ、すいませんね。…アベニウスさんのことについて少々考え耽っておりました」
「あんな無愛想な色黒男、考えて何になるの? 面白いことの一つも言えないあの人はあまり好きじゃないわ」
おい、確かにあいつは無愛想だが、おまえほど一緒にいてイライラしないし、裏の顔とのギャップを加味したらおまえなんかよりもよっぽど面白いからな。
すると、クラーラの後ろで俺たちの会話を盗み聞きしていた存在がひょこりと顔を出す。
「…嘘つき、わたし面白いこと知ってる。アベニウス、こっそり犬、可愛がってるよ」
ナンヌ、おまえはいっつもクラーラの背後とってるよな…。
ところで、その話まじ? いや、猫にあんだけ優しくしている姿を見たら、そんな様子もうなずける…?
驚く俺に、ナンヌは続ける。
「…教会裏の道、まっすぐ行った古い納屋。夜中にこっそり、それも何度もその犬に会いに行ってるの」
全くもって知らなんだ。俺は一応毎晩教会周りの見回りはしているが、そのほとんどは見回りという名の街の観察だもんな。
「…ナンヌ、あなたはどうしてそんなことを知っていますの?」
「…んふっふ、ひとくさせてもらう」
ところでナンヌ、言いたいことがあるんだが。
「…ナンヌさん。そろそろルウさんを嘘つき呼ばわりするの、やめていただけないでしょうか…」
なんかよくわからんが、俺はナンヌに嘘つき呼ばわりされている。いや、まじでなんでだよ。
「…嘘つきは嘘つき。そう言えって自分から言った。だから嘘つきは嘘つきだよ」
そっぽをむいて断固として俺を嘘つき呼ばわりするナンヌ。
まあ、悪い意味で嘘つきって言ってる感じじゃないし、いい…か?
とりあえず、あのアベニウスが可愛がっている犬ってのが気になるから明日にでもちょっくら見に行ってみるか。
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・アイテム/【高嶺の笹】
〈説明〉
標高の高いところにはえる、笹。
丸めて吹けば笛となり、ピィーと甲高い音を鳴らす。
薬などの素材として使用される。
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ルウ「…これ、取れるところが少ないから高いんですよね。高嶺に生えていて、高値で取引され、吹けば高音が響く。はて、これは偶然……?」




