第18話:アルハント・アリ。
誤字報告ありがとうございます( *¯ ꒳¯*)
便利な機能なんですね…!
side:ルウ・ブラン
浮かぶような感覚。
〈夢架け羽枕〉を使用後、ルウは意識を失い、気がつけば自分が浮かんでいるような感覚に見舞われていた。
目を開けると、薄明かりに照らされた世界が見えてくる。崩壊した家々、静かに揺れる木々。
「えっと…ここは、ソテー村ですかね?」
どこか見慣れた風景。しかし、どこな不気味な雰囲気が漂っている。
「…とりあえず、夢の中に入ることはできたみたいですね」
おっしゃあああ!
転移アイテムで夢の中に入る斬新な手法で大丈夫か?って思ったけど、案外なんとかなるもんやな。
とりあえず、アリを探すか。大抵、夢の中のストーリーはその夢の夢主と出会うことで進行する。
俺は周囲を観察しながら歩く。まるで初めて訪れた時のソテー村を彷彿とさせる崩壊した村。
「…そういえば、アリさんって顔はよく知っていますけど、どんな性格の人なんでしょうかね」
そんなことを考えながら村の外れに差し掛かった時、遠く、森の方から悲鳴が聞こえてきた。
「…多分、この先にアリさんがいるんでしょうね」
ルウはその方向に目を向け、駆け出した。
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side;アリ
村が襲われたあの日、世界は壊れた。
魔物から逃れるために避難した洞窟で意識を失った私は、誰もいない壊れたソテー村の中央に立ち尽くしていた。
泣きながら村の情景を目に焼き付けた。
そして、戻ってこなかったホークのことと、私を庇って死んだ母、テイラーのことを思っては涙を流す。
しかし、そんな悲しみという感情も恐怖の前では隠れてしまう。
そのことに気がついたのは、暗所で目を光らせるゴブリン達と遭遇してからだ。
倒壊した民家の裏手、そこにはアリの知るゴブリンとは、色合いの違う醜悪な魔物の姿があった。
ーー赤茶色でボコボコの肌をした、小柄でがっしりとした体つき。
小さくて尖った耳、大きな曲がった鼻。光沢のない小さな瞳。総合的な評価は、野生的で凶暴で獰猛。
腰布一枚を装備した、いかにもなゴブリンである。
アリはその場から脱兎のごとく逃げ出した。幸いゴブリン達に気づかれることはなかったものの、逃げた先がこの夢の中で最悪の場所であったことを知った時、アリは深く後悔した。
森を包む暗闇の中、アリの足音が冷たい地面に響く。もはやどこに逃げたら良いのかわからない。足も痛い。そんな時だった。
突如、何かがアリの前に立ちはだかったのだ。その姿は民家ほどの大きさがあり、暗闇の中、異様に歪んで見えた。
「…え」
思わずその場に立ち尽くして、息を呑む。
アリの目の前には、まるで悪夢そのものが形を成したかのような、バケモノがいた。
見上げるほどの巨躯。頭以外を覆う黒く錆びついた鎧には無数の刻印が刻まれ、濃厚な瘴気が絶えず漏れる。
顔面はまるで溶けたかのように崩壊した顔で、眼窩の中では赤い光が糸を引く。口元は裂け、大きく開いた口からは抜け落ち、不揃いの歯が顔をのぞかせる。
そんな、ある種騎士のような外見のバケモノは背中に巨大な血肉のついた剣を背負っており、その剣がどれだけの命を潰してきたのかを容易に想像させた。
凍えるような赤い眼光が、アリを貫く。
「ひっ……!」
アリは声を出すことも、息を吸うことすらもできずにその場にへたり込んだ。
「…ぉぉ……オオ…」
鎧の金属が擦れ軋む音と共に、バケモノの喉から低く不気味な唸り声が響く。まるで地獄の底から這い上がってきたような、怨嗟に塗れ多重に聞こえる、そんな声。
バケモノは声を発しながら、アリを求めるように一歩一歩近づいてくる。近づくにつれ、地面が冷たくなっていくような感覚に見舞われる。まるで、視認できる死神の鎌が間近に迫っているような、そんな感覚。
アリは必死に足を動かすも、もつれて立ち上がることは叶わない。
迫る足音、吐息、金属音が次第に大きくなり、それに伴ってアリの心臓も激しく脈打つ。
「…ひぃ……ひぃ………」
そんな時、まるで走馬灯のように、ホークがゴブリンを引き連れて森へと消えていく場面が思い出された。
(…あぁ、ホークもこんな感じだったんだ)
そう思った時、アリの足がついに動いた。
「…動く…。に、逃げなきゃ…」
アリは必死に自分に言い聞かせた。足はすでに限界を迎えていたが、それでもここで死ぬわけにはいかない。そしてついに、アリは走り出した。
バケモノの手が背後から伸びてきているような気がして、アリは後ろを振り返らずにひたすらに走る。
「…アァオォ……」
という音と共に、どすどすという足音、ズルズルという何かを引きずる音が聞こえる。そしてそれは、確実にアリを追ってきていた。
木々を縫うように走り、バケモノが通れないであろう細い隙間を抜けていく。
倒木を乗り越え、隙間を抜け、バケモノを撒くために走り続けると、次第に声も足音も小さくなってきた。
「…はぁっ…はぁっ……一旦、休もう…」
当然、アリの身体に残された体力も消耗されていく。アリは完全に声が聞こえなくなったところで、倒木の影に隠れて座り込む。
ここは一体どこで、なぜあんなにも恐ろしい魔物がいるのだろうか。
アリは一つの考えを導き出していた。
「夢の中よね…ここ」
人の一切いない村に、極大の化け物。そんなものが現実世界にいるはずがない。
それに、アリは現世で眠ることによってこの世界にきた。ならば、ここは夢の中であるはずなのだ。
夢ならば、いつか覚めるはずである。
アリは倒木の影から身を乗り出して、あたりの様子を窺う。
どうやらあのバケモノも、他の魔物も近くにいないようで、安堵の息が漏れる。
「…ふぅ」
途端に安心感からか、腹が「キュゥ」と小さくなった。
「お腹すいた。何か食べられそうなものはあるかな…」
もし、この夢の中の森がソテー村の周囲に広がる森と同一のものであれば、木の実が取れるはずである。
「ーーあ」
キョロキョロと辺りを見渡した先に、アリは運良く〈プリカ〉と呼ばれる赤い実を見つけた。
木の下まで歩き、プリカに手を伸ばす。
「んしょっと…」
真っ赤に熟れたプリカを掴もうとするも、ギリギリ手が届かない。そこで、アリは少し助走をつけ、反動をつけてジャンプする。
アリの指先がプリカに届き、赤い果実は枝からもげ落ちる。落ちた先にはアリの手があり、無事キャッチすることができた。
「と、とれたぁ」
そんなこんなでプリカに齧り付きながら、今後どうすれば良いかを考える。
とりあえず、見たことのないゴブリンと、バケモノが潜むこの場所において、外にいるというのは自殺行為である。
ならば、いつしか助けが来ることを願ってどこかに安全な居を構えたほうがいい。
「…となると、河辺の洞窟かな」
本来であればホークや母と共に逃げ込むはずだった洞穴。そこならば石を積んで壁を作ればある程度の安全性は確保できるはずだ。
こうして、アリの悪夢は幕を開けたのだった。
洞窟に辿り着き、何事もなく石を積み終え、腰を下ろせる場所ができた。
それから何日が経とうと、夜は明けず、助けが来る気配もない。
食べ物を探しに森に入れば、幸いあのバケモノに遭遇することはなかったが、ゴブリンに追われることはあった。
気がつけばアリの精神は追い詰められ、限界寸前といった様子。
その夜、アリは洞穴で寝転びながら、空に浮かぶ星の数を数えていた。
「…ずっと、変わらない」
ソテー村の夜空に浮かぶ、美しい星空はアリがこの世界にきた時から何ら変わりはない。
一生、このままでも良いとすら思えるこの感情は、諦めなのだろうか。
そんな時、洞窟の外から物音が聞こえる。
土を踏み躙るような、そんな音が複数。
「…ゲギャ、ゴッゲガガッキィ」
「グッグッゲケゲゲ」
それがゴブリンの鳴き声と足音だと悟った時ーー洞窟の入り口に、月明かりに照らされたゴブリンの影が差し込んだ。
「…ゴッゲゲゲ……」
まるで「見つけたぞ、小娘」と言っているかのような、低く唸るような声が洞窟内に反響する。
「…嘘、でしょ……」
アリの心臓は、大きく鼓動する。冷や汗が止まらず、指先は小刻みに震える。
森で遭遇したゴブリン達は、密かにアリの痕跡を辿ってこの洞穴を突き止めたのだ。
外からは複数のゴブリンの声がする。囲まれているのだろう。
「…どうしたら、いいの。こんな…」
この洞窟には出入り口は一つしかない。
後退はできないのだ。
もし、この洞窟に隠れていなければ。
もし、もっと痕跡を残さずに行動できていたら。
もし、こんな夢を見なければ。
こんな絶望を感じることもなかっただろう。
そんな、もし、がアリの中でいくつものつぶやきとなって、消える。
もう遅いのだ。後悔するにも時間がない。
アリは覚悟を決めた。
後悔する時間が欲しい、生きたいのだと。
拳大の石。
アリの足元に落ちていたその石をアリは無造作に広いあげた。その顔に、もはや迷いはない。生への渇望のみが彼女を突き動かす。
アリは、ゴブリンに向けて石を投げつけた。全力の投擲は確かなスピードを保ちつつ、奇跡的にゴブリンの頭部に命中する。
「ーーギャゲァ」
ゴブリンは頭部を押さえながらたたらを踏み、バランスを崩して背中から後ろへと倒れる。
洞窟の入り口にできた、小さな空間。その一瞬の隙をついてアリは洞窟を飛び出した。
「ーーはぁ、はぁ」
後ろから聞こえる怒りを含んだ叫び声を背に、全速力で震える足を動かす。逃げるならーー森の中が視界が悪いため撒きやすいだろうか?
アリはホークと同様、森へと逃げる手段をとった。
歯を食いしばり、汗で張り付く前髪を無視して、破裂しそうなほど脈を打つ心臓を感じながら、一心不乱に走り続ける。
「ーーやば」
後ろを振り返ると、ゴブリン達がものすごい形相で追いかけてくる姿が見え、その距離はどんどん縮まっているのがわかる。
「…はぁ、はぁ…だれか……助けて…」
そんなアリの切望も風の音と、ゴブリンの鳴き声にかき消され、だれにも届かない。それでも走り続けるしかなかった。枝が顔や腕に当たり、痛みが走るたび、まだ生きている、死にたくないという気持ちが強くなる。
足が重くなり、息も上がり切った。もはや走れていることが奇跡と言っても過言ではない。ゴブリン達は手を伸ばせば届く程度の場所まで来ているのだろう。
「…はぁ……助けて、助けて! …はぁ…助けてよ…」
肺に残った最後の空気を全て使って、助けを求める。
アリにはこの言葉がだれに届くでもなく、最後の言葉になるのだろうと察していた。
肺が痙攣して、ついに全身から全ての力が抜ける。
アリはある程度の速度を保ったまま崩れ落ちた。
全身が地面を跳ねるように転がる。
(…あぁ。もうだめなんだな)
眼前にはゴブリン達が迫っている。
アリは全てを諦めて目を閉ざす。
そして、瞼が落ち視界から光がきえる寸前、クリーム色の光の束を幻視した。
「…アリさん、助けに来ましたよ」
ぼやける視界の中、その小さな背格好の大きな光は、一閃で全てのゴブリンを薙ぎ払った。
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・アイテム/【天使のはね】
〈説明〉
純白の翼を持つ天使、その羽の一本。
強い聖属性を帯びており、暗所でも光り輝くのが特徴である。
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ルウ「……天使と聞けば、良いイメージがあるかも知れませんけども、アルハントリスクにおける天使は完全に人類の敵ですからね。昔、現世で魔人と共に暴れ回った結果、夢の中に閉じ込められたんだとか。…いや、夢渡りのルウさん達からしたら、飛んだ暴れ馬がやってきて、たまったもんじゃありませんよ……」




