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三話 小日向綺麗との接触



 全然ダメでしたあああああああああああああああああああああ!

 なんの良い案も思い浮かびませんでしたああああああああああ!



 ……いやいやいや。嘘だろおい。二週間も猶予があったのに、友達を作るどころか、クラスメートに話しかけることすらなく約束の日が来てしまったぞ。結局この二週間、なんにもしてこなかったし。どんだけ低能なの俺……。

 やばいよやばいよ。もうなんだかんだで帰りのHRだよ。約束の時間は四時前だから、まだ三十分近く余裕があるが、しかしそんなもん、あってないようなもんだ。

 わずか三十分足らずで、今さら友達が作れるはずもないのだから。

 どうする? この際思い切ってバックレてみるか? あとで「つい約束の日だったことを忘れてしまって~」とでも言って誤魔化せば──

 ……無理だな。仮にこのまま何事もなく帰れたとしても、あとになって直接先生から親に連絡が行きそうだし。この手は使えそうにない。

「はーい。連絡は以上ですよ~。他に連絡のある人はいますか~?」

 とか考えている内に、紺野先生が連絡事項を終えて、締めに入ろうとしていた。

 気のせいだろうか。なんかさっきから紺野先生が教壇の方からちらちらと俺の様子を窺っているように見えるのは。

 あれかな。もしかして「期待しているわよ?」っていう意味なのかな? それとも「お前逃げんなよ?」って意味なのかな? どっちにしてもすごい重圧だわー……。

「だれも連絡はなさそうね~。それでは日直の人、号令~」

 「起立」という日直の号令に、クラスメートが一斉に席から立ち上がる。

 そして「礼」と言い終わったと同時に、それまで静かだった教室の中が一気に騒がしくなった。

 雑談を交わしながら三々五々に散っていくクラスメートを横目で眺めながら、俺は席に座り直して「はあ~」と溜め息を吐いた。

 HRは終わってしまったが、約束の時間までには多少なりとも余裕がある。前と同じ生徒相談室で落ち合うことになっているので、五分前には着いた方がいいと思うが、さりとて今すぐ向かう時間でもない。

 だからそれまでは、自分の教室で待つとするか。俺のクラスは、授業が終わったらさっさと教室から出ていく奴らばかりだし、独りで考え事をするにはうってつけだ。

 ……まあ、たった三十分で良い案なんて浮かびはしないだろうけど、悪あがきくらいはしておこうか。



 高かった太陽もすっかり傾き、窓辺から真っ赤な夕焼けが覗けるまでになった頃。

 案の定、なにも案が思い浮かばなかった俺は、ついにやって来てしまった約束の時間に、頭を抱えながら盛大な嘆息をついた。

 あ~、行きたくね~。紺野先生に会いたくね~。一人も友達ができませんでしたなんて報告したくね~。叶うなら数週間前にタイムリープして~。

 なんつーか、あれだな。この感じ、なんとなく夏休み最後の日に宿題の山を残していた時の感覚と似てるわー。もっとも俺は計画的にちょこちょこと済ませるタイプなので、そういうのはもっぱら姉貴ばかりだったが。そんで家族を巻き込んで宿題の手伝いをさせられるまでが通例。

「いっそ、今すぐ世界滅んでくれねえかな~」

 だれもいない教室でそんな物騒なことを呟く俺。

 やれやれ。遅刻するわけにもいかないし、そろそろ行くとしますか。もうすぐこの教室も見回りの先生が各教室の鍵を閉めに来る頃合いだし。

 はあ~と何度目になるかわからない溜め息を吐きつつ、俺は机の上に置いてあった通学鞄を手に取って、のそりと自分の席から離れる。

 めちゃくちゃ憂鬱なのもあって、なんだか鉛でも引きずっているかのように足取りが重い。まるでバトル漫画の修行でもしているかのような気分だ。いや、そんな良いもんでもないな……。

 あーあ。これがもし本当に漫画とかだったら、だれかが都合良く俺のピンチに駆け付けてくれたりするんだろうになあ。できればその時は、とびきり可愛い女の子を所望したいものだ。特に異次元からやってきた謎の清楚系美少女だとなお良し。

 ま、そんな夢みたいな出来事が、現実に起きるわけが──

 と。

 教室の戸に手を掛けた、その時だった。



「きゃ!?」

「うおあっ!?」



 突然教室に入ろうとしてきた人物と衝突し、思わず仰け反る俺。

 幸い、それほど強い衝撃ではなかったし、こっちは倒れることなく踏みとどまれたので怪我もなにもなかったが、向こうはそうもいかなかったようで、廊下に尻餅を付いた状態で痛そうに顔をしかめていた。

 ていうか、こいつ──

「……小日向?」

 よく見たらそれは、クラスメートで俺がもっとも苦手とする人種……リア充グループの中でも頂点に君臨する小日向綺麗だった。

 なんでここに小日向が? 確かこいつ、双葉や喜界島たちと一緒にさっさと教室から出ていった記憶があるのだが……。

「いった~。思いっきりお尻打っちゃったよ~。って、ああごめんごめん! 急にぶつかっちゃって!」

 と、少しして俺の存在に気付いた小日向が、尻をさすりながらゆっくり立ち上がった。

「大丈夫? 怪我とかしてない?」

「あー、いや、こっちは大丈夫。そういうそっちは?」

「あ、うん。ちょっとまだお尻が痛むけど、特に怪我はないよ」

 にこっと微笑を浮かべる小日向。

 意外だ。てっきり俺みたいなスクールカースト最下位な人間とは、こんな風に笑顔で会話をしないものだとばかり思っていた。

 俺が考えているより、それほど悪い印象は持たれていないのだろうか?

「確か君は…………。うん、えーっと………………だ、だれだっけ?」

 印象以前に、顔すら覚えてもらえていなかった。

 まあ、うん。影薄いしね。無理もないよね……。

「あー、同じクラスの、望月っす……」

「あ、そうそう! 今思い出したよ~。いつも窓際にいる子だよね?」

 無言で頷く俺。一応、存在だけは知ってくれていたようだ。

「ほんとにごめんね望月くん。まさかこんな時間まで教室にだれかがいるなんて思ってもみなかったから、つい勢いよく入り込んじゃったよ~」

 などと、心底反省したように手を合わせる小日向に、

「あー、まあお互い大した怪我もなかったわけだし、別に気にしなくていいよ」

 と俺は内心動揺しつつ、平静を装ってそう応えた。

 なんだこいつ。なんだか俺が思っていたより良い奴っぽいぞ?

 これが陽キャ同士なら小日向の反応もまだ納得できるのだが、まさか俺みたいな底辺とぶつかっておきながら怒りもしないなんて、かなりの驚愕だった。いやほら、陽キャって好意を抱いている奴には明るく接するけど、そうでない相手にはストレートに悪感情を示す面倒くさい奴らが結構多いし……。

「よかった~。怒られたらどうしようかと思っていたよ。今度からちゃんと確認してから教室に入るようにするよ」

「あー、うん。良い心がけだと思うよ」

「ふふっ」

 ……あれ? なんか突然笑い始めたぞ?

 よくわからんが、変なことでも言ってしまったのだろうか?

「あ、ごめんね? さっきから望月くん、口癖みたいに『あー』ってよく言うものだから、つい可笑しくなっちゃって」

「あー……」

 確かに俺、さっきから「あー」ばかり言っているな。無意識に言っていたから、指摘されるまで全然気が付かなかった。なんなら今もつい言ってしまったくらいだし。

 たぶん、緊張しているせいなんだろうな。こうやってクラスメートと一対一で話すのなんてかなり久しぶりだし。

 それになにより、小日向みたいなスクールカーストトップとこうして言葉を交わす日が来ようとは思ってもみなかったから、正直頭の中が真っ白な状態になってしまっている俺なのだった。

 ……まいったな。割と良い奴っぽいから無視して帰るのも気が引けるし、だからと言って、一体なにを話せばいいのかもわからない。

 リア充たちって、いつもどんな話をしていたっけ? リア充が喜びそうな話題なんて、俺にはないぞ……。

「そういえば、望月くんはここでなにしてたの? もうこんなに遅いのに」

 などと対応に困っている間に、小日向の方から何気ない調子でそう問いかけてきた。これはありがたい!

「いや、ちょっとした用事があって。そういう小日向……さんは? なんか急いでいたみたいだけど」

「あたしは教室に忘れ物があったのを思い出して、慌てて取りに来たんだけど……って、そうそう鞄! ぶつかった拍子にどっかに行っちゃったんだった!」

 と、焦った様子で鞄を探し始める小日向。

「あ、鞄なら小日向さんのすぐ後ろに……」

 そう指を差そうとして、俺はピタッと動作を止めた。

 床に落ちた衝撃で鞄から飛び出た教科書や小物類──その中に、なぜかアニメの表紙絵っぽい本が数冊混じっていた。

 んん? 書店の紙袋が半分掛かっているせいで全部は見れないが、あれは今期アニメでかなり話題になっている魔法少女ものの──



「ミラクルくるみ……?」

「──っ!?」



 俺の言葉に、小日向が弾かれたように背後を振り向いて、思わず目を瞠るほどの早さで床に散らばった鞄の中身を片付け始めた。

 そうして、あらかた鞄の中身を回収し終えたあと、

「……み、見た?」

 と小日向は俺に背中を向けたまま、視線だけこっちに寄越してそう訊ねてきた。

「えっと……見たってなにが?」

「だから……その……変な物って言うか…………」

 うーん。これって、絶対さっきのアニメ雑誌のことを言っているよな?

 まさかリア充であるはずの小日向がアニメに興味があったなんて思わなかったから、俺としても驚きが隠せないのだが、この反応を見るに、深く触れない方がよさそうだ。

 ここは適当にはぐらかして、さっさと退散してしまおう。

「……いや? なにも見てないけど?」

「嘘だっ! だってさっき『ミラクルくるみ』って言ってたもん!」

 ばっと振り向き様に声を荒げる小日向。よほど知られたくない秘密だったのか、顔だけでなく耳まで真っ赤っかだ。

 ていうか、せっかくこっちが気を遣ってなにも見ていないことにしてやったのに、小日向の方から蒸し返してこようとは。これじゃあ、触れないわけにはいかなくなってしまった……。

「じゃあ、やっぱりあれってアニメの……?」

「……うん。毎月購入していアニメ情報誌なんだ。特に今日発売される『魔法少女ミラクルくるみ』特集だけは、学校が終わったらすぐに買おうって思っていて……。でもまさかこれのせいでオタバレしちゃうだなんて~っ!」

 ああ、今まで隠れオタクだったのか。しかも『ミラクルくるみ』が好きとか、これは相当なオタクだな。あれって、いわゆる萌え系アニメってやつだし。

 しかし、小日向が隠れオタクだったとはねえ。学校一の美少女とか言われるくらいの超リア充だし、外で遊びまくっている印象しかないから、てっきりアニメや漫画になんて絶対興味がないものとばかり思っていた。そういった話題をしていた記憶もないし。

 まあ小日向の取り巻きを見るに、オタクだなんてカミングアウトできるような感じでもないしなあ。特に双葉なんてオタクを毛嫌いしている節があるくらいだから、小日向の趣味を知ったら、即効で絶交されそうだ。人間関係ってほんと面倒くさい。

「もう終わりだ……。あたしの人生終わった……」

 いや、なにもそこまで悲観に暮れなくても。それとも小日向は、俺が人の弱みを吹聴するような奴とでも思っているのだろうか。甚だ心外なのだが。

「うふふ……終わりだ……もう終わり……これからあたしはみんなから仲間外れにされて、生き地獄みたいな人生を歩むんだ……」

「……なんか悲劇のヒロインみたいな感傷に浸っているところ悪いけど、別に俺、小日向さんのオタク趣味をバラす気なんて毛頭ないんだけど?」

「ほ、ほんと!?」

 空虚な笑みから一転、息を吹き返したようにばっとすごい勢いで俺に迫ってきた小日向に、

「あ、ああ。そもそも、そういった話をする相手も学校にいないし……」

 と後ずさりつつ、俺はそう返答する。

 ていうか近い近い! 近過ぎて小日向の瞳に俺の引きつった顔まで映っているし。しかも香水とは違う甘い匂いが鼻腔をくすぐるせいで、胸のドキドキが止まらない!

 くそっ。こんなビッチそうな女に興味なんてなかったはずなのに、ちょっと近寄られただけでこんなにも狼狽してしまうなんて。俺、一生の不覚!

「よかったあ。もう絶対だれかに言いふらされると思っていたよ~。ほんとに冷や冷やした~」

 そう言って、嘆息と共に胸を大きく撫で下ろす小日向。実際巨乳なので、胸もぶるんぶるんだ。

 くっ。つい豊満な胸を凝視してしまう、俺の中のオスが憎いぜ……。

 おっと。あんまりじろじろ見ていたら気付かれてしまうな。ここいらで視線を逸らしておかねば。

「ありがとう望月くん! 望月くんのおかげで無事いつも通りの生活を送れそうだよ~」

「ああいや、お礼を言われるようなことはなにもしてないし……」

 弾けるような笑みを浮かべる小日向に、俺は頬を掻きつつ先を続ける。

「それに、そんな簡単に俺のことを信用していいのか? クラスメートとは言っても、今日までほとんど会話したこともない間柄なのに」

「う~ん。それはそうなんだけど、少なくとも嘘を言っているようには見えないし。あたし、人の嘘がなんとなく見分けられるんだ~」

 へえ。そんな嘘発見器みたいな人間が現実にいるのか。警察だと重宝されそうな人材だな。色々ストレスも溜まりそうだが。

「だから、あたしは望月くんを信じるよ。あたしがオタクだって言いふらしたりしないって」

「そ、そうか……」

 おおう。こいつ、よくそんなこっぱずかしいセリフと面と向かって言えるな。なんか聞いてるこっちが恥ずかしくなってきた。

「でも、あたしだけって言うのもなんだか悪いよね……。あ、そうだ!」

 と小日向はさも良案を思い付いたと言わんばかりに両手を叩いて、元気よくこう訊ねた。

「代わりと言ったらなんだけど、あたしのできることならなんでもするっていうのはどうかな? ほらあたしって、けっこう手先が器用な方だし」

 いや、知らんがな。どこ情報だよそれ。

「どうかな? なにか手伝えることってある? なにも今すぐでなくてもいいんだよ?」

「手伝えることか……」

 正直、特にないな。唐突だし、これと言ってなにも思い付かない。

 別に断ってもいいんだが、小日向としてもよく知らない人間に貸しを作ったままなのは据わりも悪いだろうし、ここはなんでもいいから望み通りにしてあげた方が、後腐れもなくていいかもしれない。

 とは言え、なにを頼んだものか。相手はただのクラスメートでしかない関係だし、これといって困ったこともない──

「……あっ」

 いや、あんじゃん困ったこと! 現在進行形でもっともして欲しいことが!

「じゃ、じゃあさ……」

 途中で生唾を嚥下しつつ、顔が緊張で火照るのを感じながら、俺は一気呵成にこう告げた。



「今だけでいいから、俺と友達になってくれないか!?」



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