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十六話 俺がまだ、ぼっちじゃなかった頃の話



 ここで少し、昔話をしようか。

 これまで何度も話には出ていたが、俺は中学時代、いわゆるキョロ充と呼ばれる奴だった。

 それも必要以上にリア充グループに取り入って、少しでも彼ら彼女らに気に入られようと日々奮闘していた。

 具体的に言うと、自虐的に振る舞ってウケを狙ったり、積極的にパシリをしたり、話を合わせられるようにみんなの好きなものを徹底的に調査して復習したり。

 本当は控え目であまり話し上手というわけでもないのに、常日頃からそんなことばかり考えて行動していた。

 陽キャグループに認められることこそが、学校生活において最も重要で価値のあるものだと思っていたから。



 スクールカーストの低い──クラスで目立たない地味な奴にだけはなりたくないと思っていたから。



 けど、結局それも長続きはしなかった。

 所詮は紛い物──俺みたいな地を這う蟻では、リア充のような大空を優雅に舞う鷹の後なんて追いつけるはずがなかったのだ。

 いや、理由はそれだけではないな。

 俺は知らなかったのだ。いや、知っていて気付かない振りをしていたのだ。

 それまで憧れていたリア充という存在が、実はそこまで綺麗なものではなかったという真実に。

 確かに見た目こそイケててだれよりも花形っぽく思えるが、彼らは仲間を思いやる心はあっても、その他を思いやる心は欠けていた。

 平気で仲間でもない人を嘲ってウケを狙うのは当たり前。陰口どころか本人を目の前にしてバカにするのなんて日常茶飯事。気に入らないことがあればすぐ表面に出て、自分たちリア充が一番偉いのだと驕っている奴らばかり。

 むろん、学校にいるすべてのリア充グループがそうとは限らないし、リア充だけに限った話ではないのだが、少なくとも俺のいたクラスは──今まで出会ってきたリア充たちは、そんな奴らばかりだった。



 そういった奴らと話を合わせて、特に嫌悪も抱いていない相手をバカにして笑い合うのは、なによりも苦痛だった。

 彼らと一緒にいるだけで心がどんどん黒ずんでいくようで、自分がとても汚いもののように思えて、吐き気すら催した。



 いや、わかっている。

 被害者面してはいるが、いくら嘘だったと言えど、俺だって親交もない相手をバカにして笑っていた一人だ。

 加害者の一人なのだ。

 どれだけ自己弁護したところで、それだけは決して変わらない。

 だが、自らの行為を悔いていたのもまた事実。度重なる他人をバカにする行為に、俺はやがて笑みを浮かべるだけでも精一杯な状態にまで追い詰められていた。

 それでも俺は、彼らとの付き合いをやめなかった。

 どれだけ罪悪感に押しつぶされそうになろうとも、リア充グループと共にいることが最も幸福な生き方だと信じて疑わなかったから……。

 その後、どうにか中学三年までは彼らとの交友関係を続けたのだが、それまでの無理が祟ってか、夏頃には肉体的にも精神的にも不調を来たし、しばらくの間、学校を休むことになった。



 正直、俺はかなり焦った。

 学校を休んでいる間に、俺の居場所がなくなっていたらどうしよう、と。



 他の地味グループみたいに、どうでもいい存在として扱われるようになってしまったらどうしよう、と。

 そう考えるようになったら居ても立ってもいられず、まだ体調も回復しきっていないのに、一度だけ学校に行った時があった。

 一応、学校を休んでいた間も彼らとケータイでやり取りをしていたのだが、どうしても不安で仕方がなくて、両親や姉貴の止める声を無視してまで彼らに会おうとしたのだ。

 結論から言うと、彼らは俺のことなんて毛ほども気にしていなかった。

 それどころか、本人がそばにいるとも知らずに、みんなで集まって俺の陰口を可笑しそうに言い合っていた。



「あいつってマジウザいよなー」「自分がオレらと同等とでも思ってんのかね?」「なんかやたら必死過ぎてウケるよねー」「いや、逆にキモイっしょ」「じゃあ望月じゃなくてキモ月だな」「いいねキモ月! ナイスネーミング!」



 へろへろになりながらどうにか教室の前まで来て、ふと中から聞こえてきた下劣な会話。

 それが自分に対する言葉の数々と気付いた時には、俺はがむしゃらに廊下を駆け抜けていた。



 眩暈で歪む視界の中で。

 頭痛と吐き気で体がふらつく中で。

 俺は当てどもなく、ひたすら走り続けた。



 なんてことはない。あいつらからしてみたら、俺なんてやたらと周りを飛び回るだけの、ウザいハエ程度でしかなかったのだ。

 そう考えたら、無性に可笑しくなった。

 走りながら、大口を開けて笑い出していた。

 俺が今まで目指していたものが、こんなにもくだらないものだったと気付いて、腹の底から笑いが込み上げてきたのだ。

 いや、一番くだらないのは自分か。

 主体性もなく、ただ他人の人気に便乗しようとして完全に空回りしていたのだから。

 そうして、いつまで走り続けていただろうか。さすがに体力も尽きて、もはや疲労からなのか元々の体調不良からなのかわからない嘔吐感に苛まれながらもようやく足を止めた頃には、どこかの公園に辿り着いていた。

 その頃にはもう、俺は一歩も動けない状態になっていた。

 というよりは、なにも考えられないようになっていた。

 なにも、考えたくなかった。



 その後、俺は青色吐息になりがらもどうにか夕方頃には帰宅できたのだが、家に着いた途端、開口一番に両親からこっぴどく怒られた。なんでも学校から俺が登校していないという連絡を受けたらしく、急遽仕事を早退してずっと家で待機していたのだとか。

 それからは烈火のごとく「あれだけ止めたのに余計体を壊してどうすんだ」とか「休むんだったらちゃんと連絡くらいはしろ」と叱られたのだが、顔色真っ青の俺を見て長々と説教する気も起きなかったのか、思っていたより短い時間で解放された俺は、すぐさまベッドで安静にするよう厳重に言い渡された。



 それからというもの、俺はずっと家に引きこもるようになってしまった。



 厳密には体調不良もあったので、自宅療養と言った方が正しい気もするが、ともあれ、外から出られないくらいの状態まで陥っていた。

 そんな状態にもなれば、両親も姉貴もわけを知りたがらないはずもないのだが、どうしても事情を語る気にはなれず、俺はしばらくの間沈黙を保っていた。

 というよりは、知られたくなかったのだ。

 学校の中での俺のことを。

 リア充グループにひたすら媚びへつらう、俺という矮小な存在を。

 しかしながら、両親も姉貴もなにも言わなかっただけで、学校でなにかあったというのだけは薄々感づいていたんじゃないかと思う。

 とはいえ、高校受験も控えている目でいつまでも黙っているわけにもいかず。

 夏も終え、秋もそろそろ深まろうという時期に、俺は唯一姉貴にだけは事情を話した。

 姉貴だったら、それほど重く受け取らず、軽く聞き流してくれそうだったから。

 けど俺の予想に反して、姉貴の感想は辛辣だった。



「ほんとバカね、あんたは」

 


 と。

 意を決して重い口を開いた俺に、姉貴は遠慮の欠片もない口調で斬り捨てるように宣った。

「他人の目ばっか気にして、それで自分を押し殺してまで嫌な役までやって。たとえそれであんたの言うリア充になれたとしても、そんなんで人生楽しめるはずないでしょ」

 ……でもさ。世の中リア充こそ勝ち組みたいな風潮があるじゃん。実際、俺の学校にいるリア充グループだって一番目立ってるっていうか、なんだか偉そうに見えるし。姉貴みたいな生まれながらのリア充にしてみれば、俺みたいな奴の気持ちなんてわからないかもしれないけどさ。

「中坊がなに生意気言ってんのよ。まあ私もまだ女子高生だけど。とりあえず私が言ってんのは、気の合わない奴と無理して一緒にいるだけ無駄ってことよ。私もあんたの言うリア充ってやつかもしんないけどさ、友達から紹介された人でも相性の悪い奴とは一切交流しないわよ? そもそも私、交友関係は広い方だけど、親友って呼べる子は一人だっていないし」

 ひ、一人も……?

「うん。一人も。だって家族以外の人間と四六時中一緒にいたくないもの。一人でいたい時もあるし、現に休日は一人で出歩く方が多いくらいだしね。なんでもかんでも他人の都合に合わせて行動すんのって面倒なのよ」

 でもそれだと、みんなから浮いたりしないか? そんな惨めな奴にはなりたくねぇよ。絶対ぼっちとかバカにされそうじゃん。

「好きにさせておけばいいじゃない、そんな奴ら。露骨に嫌がらせとかするようなら、二度と刃向かえないよう徹底的に追い詰める必要は出てくるけど。具体的には──」

 ……いや、それはいいから。ていうか聞いちゃいけない気がするから、話進めて?

「そ? ならいいけど。ともあれ、他人を平気でバカにするようなつまらない人間なんて無視しておけばいいのよ。だいいち、ぼっちをバカにする人間って、ようは自分一人だと寂しくてなにもできないって言ってるようなもんでしょ? どんだけ弱小なんだかって話よ。今のご時世一人で生活する老人も珍しくないのに、自分だけはそうならないって根拠もなく思っているのかしらね? だとしたら、ずいぶんとめでたい頭だわ」

 えらくズバズバ言うな、姉貴……。

「だって本当のことだもの。だから仮にぼっちになったとしても、なにも気にする必要なんてないわよ。あんたも、元々そんなに人付き合いが好きな方じゃなかったでしょ?」

 ……否定はしないけど、でも無理だよ。さんざん人のことをバカにしてきた俺に、今さら人生を楽しむ資格なんかねぇよ。

「あんたは変なとこ頑固ねえ。優しいっていうか真面目っていうか。それって、別に本心からじゃなかったんでしょ? だったらいいってわけでもないけど、どうしても気になるなら本人にそう伝えたら? 他の奴らみたく悪意があって口にしたわけじゃないし、誠心誠意謝れば、きっと伝わってくれるわよ」

 それで伝わなかったら? そもそも今さらぼっちになったら、確実に周りから標的にされるよ。そんなの、耐えられそうにない……。

「だったらいっそ、環境を変えちゃえば?」

 環境を……?

「うん。ちょうどあんた、もうじき受験でしょ? それなら近くの高校はやめて、知り合いのいない遠くの高校に行っちゃえば? これなら、今より多少マシにはなるんじゃない?」

 知り合いのいない高校、か……。

「そ。不安とか心配とかあるかもだけどさ、今の自分を変えるチャンスでもあるんだし、ちょっとだけ頑張ってみれば? 大丈夫大丈夫。友達はいたら楽しいもんだけど、いなかったところで人生楽しめないってわけじゃないんだからさ。無理して友達を作るくらいなら、ぼっちになって思いっきり楽しんじゃえ」

 ……楽しめる、かな?

 こんなどうしようもない俺でも、一人を楽しめるかな?

「当然でしょ」

 そこで姉貴はこつんと俺の胸を拳で小突いて。

 思わず見惚れるくらいに勇ましい笑顔を浮かべて、こう告げた。



「この私が言ってんのよ? この私の弟なのよ? それだけでなにも心配なんていらないでしょ」



 そう言われた瞬間。

 今まで暗く閉ざされていた視界が、一気に明るく開かれたような気がした。



 こうして俺は、中学時代に築いたすべての人間関係を断絶して、現在の鳴海高校へと進学し、自らぼっち道を歩むようになった。

 あとは知っての通りだ。姉貴の助言もあって、俺は自由気ままに今の生活を送れるようになった。

 あの時、姉貴のあの言葉がなかったら、きっと俺は今でもリア充グループに媚びを売って、スクールカーストばかり気にした窮屈な生き方を続けていたと思う。

 だから。

 まるでかつての俺のような生き方をする、これまでの小日向を見てきて。

 正直、辛いものがあった。

 決して、小日向といるのが嫌というわけではない──されど小日向といて心の底から楽しめたかと言えば、それはなかった。

 気前が良くて、明るくて、俺みたいな無愛想な相手にもよく笑いかけて。

 昔の俺みたいだと言うと少し誇張があるかもしれないが、それでも過去に置いてきた自分が再び目の前に現れたようで、どうしても気分が落ち着かなかった。

 何度も目を背きたくなった。

 素直に良い奴だとは思っている。だが一緒にいて楽しいと呼べるような時間はあまりなかった。

 それなのに共に行動したのは、ひとえに義務感からだった。

 紺野先生の目を欺くためだけに、小日向と行動を共にしていたようなものだったのだ。

 我ながら、なんとも薄情な奴だと思う。

 しかしそれよりもひどいのは、昨日の自分の行いだ。

 小日向には、俺の面倒事に付き合ってくれている恩返しみたいな言い方で色んな場所に連れ込んだが、あれも突き詰めれば代償行為に過ぎない。

 昔の俺のように無理に自分を作って苦労する小日向を見て、あえてぼっち体験をさせることで気晴らしをさせてあげたかっただけなのだ。

 疼く古傷を少しでも鎮めたくて、小日向を外に連れ出しただけに過ぎなかったのだ。

 そんな気持ちでいたから、小日向に「友達になりたい」と言われた時、かなり戸惑った。

 自分にそんな価値なんてないのに──そもそも友達という存在を求めていないのに、小日向のとても純粋でまっすぐな気持ちをぶつけられて、俺はどうしたらいいかわからなくなったのだ。

 小日向と友達になるか否か。

 はっきり言って、翌日を迎えた今この時でも、答えは決まっていない。

 それでも俺は、小日向のために動こうと思う。

 小日向の窮地に、手を差し伸べたいと思う。

たとえ友達でなくとも、どうにしかして助けたいと考えてしまうくらい、いつの間にか小日向という存在が俺の中で大きくなってしまったのだから。

 たとえその方法が、結果的に彼女を苦しめるものになったとしても。



 それで小日向を救えるのなら、俺は──


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