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十一話 ひとりラーメンはぼっちの入門編のようなもの



 中に入ってみると、お昼時というのもあってか、すでに結構な数の客で賑わっていた。

 と言っても個人経営のラーメン屋なので、元々店そのものが若干狭いというのもあるが、さりとてここまで客が埋まっていたらそこそこ繁盛している方だろう。

 それでも満席というほどでもなく、よく確認するとわずかながら空いている席もあった。おっ。ちょうど俺と小日向が座れる分の席もある。こいつはラッキーだ。

 さて、座れそうな席を見つけたところで、なにを注文するか決めておかないとな。

 そんなことを考えつつ、店内に漂うラーメンの濃厚な香りに空腹を誘われながら、俺は券売機のあるところへと向かう。

「ま、待って望月くん……っ」

 と、そこで不意に後ろから左腕の裾を掴まれた。小日向だ。

 見ると、小日向はだいぶ強張った表情をしていた。周りは男ばっかだし、けっこう年齢層も高めなので気後れしているのかもしれない。

「あ、悪い。大丈夫か?」

「う、うん。でもあたし、こういうところは初めてだから、なるべくそばから離れないでほしいかな……?」

「お、おう。気を付ける……」

 えらく可愛いことを言う小日向に、俺は内心動揺しつつ、ぎこちなく頷く。

 なまじ容姿は生粋の美少女なので、破壊力が半端なかった。俺みたいな捻くれぼっちともなると「まあ、相手はコミュ力お化けのスーパーリア充だし、深い意味なんて微塵もないんだろうな」と冷静に受け取ることができるが、これがそこらの男だったら「ぶひいいいいいい! 綺麗たんぶひいいいいいい!」と言った具合に気色の悪い雄たけびを上げていたことだろう。あくまでもこれは個人的な見解であり、批判等は一切受け付けておりませんのであしからず。

「ていうか、こういうところって普段来たりしないのか? 友達とかと一緒にさ」

「行かないよ~。だってお喋りできそうにないもん。一人で行くなんてもっと無理」

 お互い周りに聞かれないよう小声で会話しながら、俺は小日向を連れつつ先を行く。

 しかし、そうか。なんとなく予想は付いていたが、やっぱ小日向みたいなリア充はこういったラーメン屋には来ないか。

 よくテレビとかで一人カラオケとか一人焼肉をする若い女子が増えているという報道をよく目にするが、小日向みたいな女子高生とまでいくとその範疇には入らないのかもしれない。まあ、社会人ともなると周りの目なんて気にしなくもなるだろうし、そのへんの違いなんだろうな。

「ところで、望月くんはどこに行こうとしてるの? まずは店長さんかだれかに直接注文しに行かなくていいの?」

「ん? ああ、普通の定食屋とか大手チェーンの店ならそれでもいいんだろうけど、大抵のラーメン屋とかだとまず券を購入してからの方が多いんだよ」

「券?」

「そう。ほら、今見えている機械があるだろ?」

 言って、俺は前方の──入り口から五メートルほど離れたところにある自動販売機に似た機械を指差した。

「あれがラーメンの券売機。あそこでどのラーメンにするかを選んで、それから店員に購入した券を渡すんだ」

「へえ~。初めて見た~」

 でもこっちの方が手軽でいいかもね、と感嘆したように頷きを繰り返す小日向。

 まあ確かに手軽ではあるな。注文に悩んで店員を待たせる心配もいらないし。

 その代わり、この制度を知らずに一人で行ったら、めちゃくちゃ恥を掻くことになるけどな。

 昔行ったラーメン屋で「お客さん、ご注文は券売機の方で……」と店主に苦笑いで言われた時は、マジで消えてなくなりたいと思いましたですよ……。

「……それで、小日向はどのラーメンにするんだ?」

 蘇ってきた過去の古傷に胸を痛めつつ、俺は先に小日向を券売機の前に立たせてそう訊ねた。

「うーんと、どうしようかな……」

 券売機に表示されている様々なラーメンの種類名を眺めつつ、眉間を寄せて真剣に悩む小日向。

「なにか、この店のお薦めってあるのかな?」

「あー、実は俺もこの店に来るのは初めてなんだよなあ。でも、ネットの口コミだと味噌ラーメンが美味しいらしいぞ。ちなみに俺はそれにするつもり」

「そうなんだ。じゃあ、あたしも同じのにしようかなあ」

 そう言って、小日向はスカートのポケットから財布を取り出し、小銭を投入して味噌ラーメンのスイッチを押した。

 すぐにガシャンという音と共に発券された券を手に取って、

「わあ~。なんか切符みたいだね~」

 と小日向は瞳を輝かせて感想を漏らした。

「その券、失くすなよ。でないとせっかく金払ったのに無駄になるぞ」

 見惚れるようにキラキラした瞳で切符を眺める小日向にそう忠告しつつ、俺も同じものを選んで券を購入する。初めての体験だろうし、気持ちはわからんでもないけどな。

「失くさないよ~。だって電車と違ってすぐそこで渡せばいいんだから」

「それもそうか。じゃあさっそく渡しに行くか」

「うん♪」

 ご機嫌な様子で首肯する小日向を連れ立って、俺はカウンターにいる店主の元へと歩む。

 店主は三十代後半くらいのおじさんで、いかにもと言わんばかりに上下黒の服装だった。しかもこれまた頭に白のタオルを巻くというおまけ付きである。

 なんでラーメン屋の店主ってこうも似たような格好ばかりしたがるのかね? しかも宣伝写真に映る時なんて、必ずと言っていいほど腕を組んでいる場合が多いし。なにかそうした方がいい理由でもあるのだろうか。どうでもいいけれど。

「へい! らっしゃい! 若いカップルだねえ!」

 店主の前まで来たところで、唐突にそんな邪推めいたことを言われた。しかもいちいちボリュームでかいよ店主……。

「カップルじゃありませんよ。高校生というのは合ってますけど」

 と店主の問いに呆れ顔で返答しつつ、俺は後ろにいる小日向を前に来るよう手で促す。

「ほら、小日向。さっきの渡して」

「あ、うん。これ。お願いしますっ」

「自分も同じのをお願いします」

「へい! 味噌ラーメン二丁ね! 空いている席にてお待ちくださいやせ!」

 俺の分の券も渡し終えたあと、小日向と一緒にカウンターから離れた。

 そうしてふと横を見ると、小日向はかなり緊張していたようで、

「はあ~。なんかドキドキしちゃった~」

 と安堵の嘆息をついていた。

 まああんな体育会系のノリで対応されたら、大抵の女子はビビるよな。男の俺ですらちょっと引いたぐらいだし。しかもどのラーメン屋もこんな感じだから、入る時はけっこう勇気がいるんだよなあ。学校の職員室に入る時と少し似ているかも。

「それで、どこに座る? ちょうどあっちに二席分空いているけど」

「あー、それなんだがな……」

 カウンターから離れたところにある奥のテーブルを指差す小日向に、俺は躊躇いを覚えつつ、こう切り出した。



「小日向さんには、俺と離れた席で食べてもらう」



 俺の言葉に、小日向は一瞬面食らったように目を丸くして、

「えっ? えええええええええ!?」

 と、すぐに動揺の声を上げた。

「小日向さん、ここ店内だから……」

「あっ。ご、ごめん……」

 俺の苦言に、小日向はバツの悪そうな顔で周囲を見渡す。

 幸い、怒鳴り散らしてくるような客こそいなかったものの、皆一様にして何事かとこっちに視線を送っていた。すぐさま二人して「すみません……」と頭を下げる。

 そうして、客の興味が再びラーメンへと向かったところで、

「どういうこと望月くん!? 隣りで一緒に食べてくれないの!?」

 と、小日向が声を潜めつつも、明らかに狼狽した表情で俺に詰め寄ってきた。

「いやほら、今回はぼっち体験というのも兼ねてるから。やっぱここはぼっち飯を体験してもらわないと」

「そ、そうは言っても、いきなりでこれはハードル高過ぎじゃない!?」

「そうか? 学校の教室で一人黙々と飯を食うより断然マシだと思うぞ。周りは知らない人ばかりなんだし」

 俺も高校に上がって初めてぼっち飯を経験した時は、周りの視線が気になって仕方がなかったなあ。実際可哀想なものを見るような目をされたり、中にはクスクスと陰ながら嘲笑していた奴もいたもんだ。

 今となっては慣れっこというか、周りの目なんて気にならなくなったけどな。

「それはそうかもだけど、でも周りがおじさんばかりというのはちょっと……」

 と、最後の方だけ周りに聞こえないよう、俺の耳元でか細く囁く小日向。

 言われてもみると、確かに女子高生が中年の間でラーメンを食うというのはキツいものがあるかもしれないな。

 だが、ここは心を鬼にして続行させてもらおう。

 でなきゃ、せっかくこうしてラーメン屋に連れて来た意味がないし。

「これも経験だよ。俺もいるわけだし、本当に一人っきりでラーメンを食うよりはマシだろ?」

「う~ん……」

 いまいち覚悟が決まらないのか、小日向は渋った顔で唸る。

 しかし、やがて自分の中で踏ん切り付いたのか、

「……うん。望月くんとも約束したばかりだもんね。あたし、一人で食べてみるよ!」

 と小日向は胸の前で拳を作って、決意を固めた。

「よし。その意気だ。じゃあ俺は向こうの席に座るから、小日向さんもどこか適当な席に着いてくれ」

「うん。わかった」

 お互いそう会話を切り上げて、俺は店の奥側──小日向は今いるところからほど近い席へと向かった。

 先に小日向が席に着いたのをそれとなく確認しつつ、俺も空いている席に着く。

 俺と小日向の席はちょうど対面になる感じで、少し離れてこそいるものの、ここからでも彼女の様子を十分確認できた。

 ちなみにその小日向はと言うと、両脇にいるおっさんにビビッているようで、なるべく肩が触れないよう身を小さくしていた。

 これでおっさんたちに絡まれでもしたらすぐにでも駆け付けるつもりでいたが、どうやらその心配はないようで、むしろ小日向を気遣うように二人とも極力体を離してくれていた。そりゃあ、このおっさんだらけの空間に女子が入って来たら逆に気を遣うよな。俺が同じ立場だったらそうするし、むしろ体臭とか大丈夫だろうかと色々気になっていたところだ。無駄に心労を掛けてほんとすんません。

 そうして、ラーメンができるまでスマホをいじりながらしばし待つこと十数分ほど。

 先に味噌ラーメンが持ち込まれたのは、小日向の方だった。

 離れているせいもあって、俺のいるところからでは中身を確認することはできなかったが、よほど美味しそうに見えるのだろう──小日向は見るからに口許を弛緩させて、もくもくと上がる白い湯気をどんぶりの上から眺めていた。もうすっかりラーメンに目を奪われているようで、先ほどまでの緊張感もすっかりなくなっている。ま、結果オーライってやつだな。

 そしてしばらく匂いを堪能するように鼻をお近付けたあと、おもむろにどんぶりに備えてあったレンゲを手にしてスープを掬った。先にスープからいくとは、なかなか通な真似をするじゃないか小日向よ。

 前髪を手で押さえつつ、黙ってスープを飲む小日向の様子を、俺は静かに見守る。

 すると、どうやら大変お気に召したようで、それまでの固い表情が嘘のように満面の笑みを浮かべていた。

 それからは早いもので、スープを何度か堪能したあと、小日向は割り箸を手に取って、女子らしく少量ずつ麺を啜り始めた。

 その間も小日向は実に美味しそうにラーメンを食し、時に小休止を入れるように吐息を零しつつ、ラーメンを堪能していた。

 よかった。これでもしも気に入らない味とかだったら、その後がかなり気まずくなるところだった。こんなおっさん連中の場所に放り込んでおきながらクソ不味いラーメンを食べさせられたとなったら、普通に殺意湧くもんな。ネットの評判通りでマジ良かった……。



 そんな風に人知れず胸を撫で下ろしつつ、やがて来た俺の分の味噌ラーメンに、小日向から意識を離してそっちに集中した。


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