異世界に来て初めて俺の“ウェイ”が役に立つかもって希望が持てた気がしたよ
今の状況はこうだ。
現在地は集落の集会場。
いつも通り、夕食は宴会みたいに大騒ぎだ。
俺、やっぱりこの集落が好きだな。
俺はここしばらく、自分の能力を価値のないものだと思い込んでいた。
だってそうだろ?
ただの翻訳能力なんて、言葉を覚えた時点で用済みになる。
今はゴザの魔法サポートって役割があるけど、それもいずれ必要なくなる。
ゴザはああ見えて努力家だから、そう遠くない未来の事だろう。
そうなったら俺の価値はゼロになるんじゃないかって思ったよ。
役立たずっぷりにヘコまなかったといえば噓になる。
だけど、ダリアさんのおかげで俺はちょっとだけ救われた。
今の俺にできることを考えて、それを精一杯する。
きっと、それでいいんだ。
俺の能力はただの翻訳能力ではない。
“ウェイ”という短い単語を発するだけでかなりの情報量を伝え、理解させることができるんだ。
多田に言わせれば“情報を直接脳に流し込まれる感じ”らしい。
これが何に使えるか、今の俺にできる最善とは……。
「このとーり!どうか見逃してくれませんかウェイ!!」
――俺が一人目を足止めするからゴザは岩石生成を発動待機してくれ
戦闘で直接役に立てないからこそ、誰よりも冷静に状況を分析して作戦を組み立てる。
「どうしてもダメウェイ?そこをなんとかウェイ!」
――2人目と3人目は“ショットガン”で仕留めるぞ
――最後の一人は多田が仕留めてくれ
初手で怯んだ隙を最大限活かす為に、最速で指揮を執る。
「ウェイ!」
――照準は2人目と3人目の中間、指向性をバッチリ絞れよ!
「ウェイ!」
――奴はナイフを隠し持ってるから距離を詰める前に叩き落とせ!
戦闘指揮とアドバイスでリスクを最小化し、成果を最大化する。
これが今の俺にできる精一杯だ。
あの一件以来、俺たちのコンビネーションは見違えるほど良くなった。
前線の多田を中距離から魔法で援護するという基本はバッチリ。
スタングレネードに合わせての制圧は対人でも対魔獣でも効果は絶大だ。
ヒゲマッチョお手製の遮光ゴーグルと耳栓はゴザのマストアイテムになっている。
「そうかい、そりゃもう立派な冒険者パーティだな!」
ガハハと笑うマッチョ村長の声は相変わらずデカい。
集落の集会所は今日もどんちゃん騒ぎだ。
ここでの夕食はいつもこうだから楽しくてたまらない。
「お姉ちゃん、もっと冒険のお話きかせて!」
集落に戻ってからというもの、アビ―は多田にベッタリだ。
ショタっ子だからってあまりひっつきすぎるなよ?
「ところでウェイ、例の件はどうなったんだ?」
「ああ、実は皆がそろってから話そうと思っててさ……ちょうど頃合いだな」
“例の件”とは、集落を種苗特化の農園にする計画の事だ。
村人全員で畑を作って種や苗を育て、全国に出荷して現金収入を得る。
将来的には経験を積んだ村人を営農指導者として各地へ派遣する予定だ。
地域貢献活動は各地とのコネクション作りに繋がり、ギルドからの手当収入にもなる。
要は、集落を農業で発展させ、生活を豊かにしようという話。
騒がしくしていた村人は達は皆、真剣に俺の話に耳を傾けてくれた。
「つまり……農場ってのをやりゃカネが入ってくんだろ?」
「そしたら町のおしゃれな服も買えるかねぇ」
「俺は都会のウマいもん食いてぇな!」
「指導員って、遠くの町を見たりできるってことだよね?」
皆の反応は予想していたよりもずっと良かった。
伝統的な狩猟採取の生活を変えてしまう提案に迷いが無かったわけではない。
でも、皆が集落をもっと発展させたいと思っているならこれでいいはずだ。
「で、アンちゃん、俺たちは何をしたらいいんだ?」
やることは色々あるが、まずは農地の開拓と水路の整備だ。
集落周辺は森になっているが土地は平坦で栄養も豊富だ。
近隣を流れる川の水量も充分なので水源に困ることはないだろう。
土木工事については獣人のフィジカルに期待したい。
もう一つは教育の強化。
営農指導のためには農業に関する知識や経験だけでなく、できれば帳簿や収支管理まで指導することで契約農家の生産性向上と収益UPを支援してもらいたい。
収穫量に応じて契約料をもらう契約だから、収穫量の最大化は重要な仕事だ。
「教育ついては、これまで通りゴザ先生が……と言いたいところだけど」
「みんなゴメンねーっ、私もずっといられるわけじゃないもんで」
そりゃ、一応冒険者だからな。
「というわけで、南方商会がこの人を派遣してくれた」
このエリアを担当する行商人であり、ルーキー指導にも定評のあるブチさんだ。
「どうも、テキトーによろしく」
行商人だから当然、読み書きはもちろん、算術、帳簿、収支管理も完璧。
しかも俺たちに冒険者のイロハを教えてくれた信頼と実績がある。
すでに村人たちとも顔見知りなので、これ以上の人材はいない。
「通常業務もしながらだけど、なるべくここにいることにするよ」
どうやらブチさんが担当する仕事量も融通されているらしい。
「指導者については俺が候補を絞ろう、だが開拓の方で問題があってな……」
マッチョ村長のくせに珍しく歯切れが悪い。
「この辺の森には炎狼が住みついてるんだよ」
そういえば、ギルドの掲示板にも討伐依頼が出ていた気がする。
「あれ、それって……」
「そうだ、アンちゃんが来た時にアビーを助けてくれたヤツだ」
これまで犠牲者こそ出ていないが、かなりの強敵には違いない。
俺が見たやつは狼のくせに軽自動車サイズで、炎を自在に操っていた。
依頼内容のランクは今の俺たちよりもやや上。
きっとダリアさんにはやめとけって言われるんだろうけど……。
「オタコ、ゴザ」
「いいよウェイくんっ!」
「うん、やろう」
今の俺たちならきっとできるはずだ。