異世界でこわいおじさんに襲われたけど、殺さないようにするのって難しいね
今の状況はこうだ。
現在位置は町の裏路地。
隣にはゴザちゃん、正面では4人の男の人が行く手を塞いでいる。
後ろは袋小路だ。
いわゆる乙女のピンチでやつだよね?
困ったなぁ……
ゴザちゃんと市場でお腹を満たした後、私たちは裏路地にある雑貨屋に行った。
市場のおばちゃんからお勧めの安い店があると聞いたからだ。
裏路地は治安があまりよくないから避けていたけど、そこは表通りからすぐ近くだから大丈夫。
薄暗く不気味な店構えとは逆に、内装はシックな雰囲気でとても居心地がよかった。
並んでいるのは櫛やブローチ、石と貝殻のネックレスなど。
自然石の美しさを活かした丁寧な手作りのアクセサリーだ。
奥の方でのんびりしている店主はアライグマの獣人かな?
優しそうなおばあちゃんって感じだ。
ケモ度が高めなので、アライグマがロッキングチェアに乗ってるみたいですごくかわいい。
「このブローチ、お姉さまに似合うとおもうよっ!」
「じゃあ……ゴザちゃんにはこっちかな?」
「えー、私こんなかわいいの無理だよーっ」
「そんなことないよ、すっごく似合ってる」
こんな女の子らしい会話は、元の世界でも経験しなかった。
趣味はマンガやアニメで交友関係は広く浅く、放課後と休日は部活の日々。
だから友達とショッピングという経験がほとんどない。
一人っ子の私にはうまく言えないけど、妹のように可愛くてお姉ちゃんみたいに頼りになる。
ゴザちゃんはこの世界で出会えた最高の友達だ。
「じゃあ、コレお揃いで買っちゃおっか」
「やったーっ!お姉さまと一緒だ」
綺麗な石のついた小ぶりなブローチを手に取るとおばあさんが口を開いた。
「お嬢さん方、実はそのブローチは4つでひとつでね、
もしよかったら残りも一緒に持っていってくれないかい?」
「でも、予算がちょっと……」
「お代は二つ分でかまわないよ」
「それは嬉しいけど、いいの?」
「私がそうあるべきと感じたのよ」
おばあさんが言うには、このブローチは仲間と一緒に持つために作られたものらしい。
このブローチは共生を象徴し、仲間と共に持つことで加護を得られるのだという。
「でもおばあちゃん、私たち3人パーティだよっ?」
「今はそうかもしれんね、でももう1人の姿が私には見えとるんよ」
もう一人の姿……いったいどんな人が仲間になるんだろう?
気になるけど、女の子だといいな。
「でもさあ、お姉さま」
「うん、そうだね」
「「植井君とお揃いはちょっとヤだねー」」
今日はこの世界に来て一番笑った気がする。
おばあちゃんにお礼を言ってお店を出ると、表通りには行かず逆方向へと向かった。
「お姉さま、ギルドに戻るならこっちの方が近道だよっ!」
地元民が言うなら大丈夫だよね?
大丈夫じゃなかった。
うーん、見るからに目つきの悪いおじさんが3人。
その後ろにいるのは……ギルドにいた酔っ払いのおじさんだね。
逃げようとした道がよくなかった、袋小路だ。
「ようデカいネーチャン、ちょっと遊ぼうぜ?」
絶対に嫌です。
2度も恥をかかせてしまったからねぇ……。
しかし、とても困った。
戦槌は持っているので蹴散らすのは簡単なんだけど、私はまだ力の加減ができない。
もし私が戦槌を振り回せばこの裏路地はミートソースになってしまう。
戦槌を使わなければ手加減できるけど、相手が武器を持っているとなると……
怪我をしない範囲で同時に相手にできるのは2人が限界だと思う。
ゴザちゃんは……
“ウェイ”なしだとまだ魔法が安定しない。
戦力として数えるのは難しいだろう。
「お姉さま、獣人は身体強化が得意なの知ってるよね?」
そうか、相手は4人だが腐っても冒険者だ。
全員が身体強化を使えると考えた方がいい。
同時にそれは、ゴザちゃんも近接戦で戦力として数えられるということでもある。
魔法使いとして後衛を譲らなかったゴザちゃんが前に出るというこの状況。
おそらく、相手の心配をする余裕はない。
この世界での常識を知らない私には、相手の手の内も全く見えない。
かすり傷すら致命傷になると思って全力でやるべきだ。
手加減なんて甘い考えを捨てて、相手を殺す覚悟で全力でやらなければ……。
自分にそんな事ができる?いや、するんだ。
「この姿、可愛くないから嫌なんだけどなぁ……」
ゴザちゃんはそうボヤくと小さく息を吸い、鋭い目つきで小さく唱える。
「身体強化」
短い呪文詠唱を済ませると、その体が骨格から変化していくのが見て取れた。
普段はヒトとほとんど変わらないのに、徐々に肌が毛で包まれて顔つきも獣のようになっていく。
「おいおい、チビガキが獣化した所で何の役に立つってんだ?」
「さーね、女の子2人に4人がかりのチキンよりはマシじゃない?
あ、ごめんねっ!今のはチキンに失礼だったかなーって」
「クソガキが!ボコして売り飛ばしたらぁ!!」
――来る。
先頭の1人をゴザちゃんが引き付けている内に後ろの2人を一気に仕留めるのが最良か?
最後尾の4人目は警戒しつつ出たとこ勝負だ。
――と、戦槌を握る手に力を込めたその瞬間、路地に声が響いた。
「ウェーーイ!か弱い女子相手に何をしてやがるこの野郎!」
このウェイは、言うまでもなく植井君だ。
援軍はすっごく嬉しいけど……ダメだ、戦力にならない!
「ゴザちゃーん、魔法使いが前衛とか頭大丈夫~?」
「ウェイくん!ちゃんと状況見て言ってほしいんだけどーっ!」
「いーや、ちゃーんと状況は分かってるから下がってろって!」
逆光の中、高台から飛び降りる姿はまさにヒーローの姿だった。
低い姿勢で素早く私たちの前に身を乗り出した彼は――
「颯爽登場!ジェットスライディング土下座ー!!」
ものすごい勢いで土下座をした。
「このとーり!どうか見逃してくれませんかウェイ!!」
「んなわきゃねーだろ?玩具が一つ増えただけだ」
「どうしてもダメウェイ?そこをなんとかウェイ!」
「くどいなおニーチャンよぉ!」
それなら仕方ない、とつぶやくと植井君の体が大きく跳ねた。
「土下座四拾八手、その参拾伍!玉砕き噴進砲!!」
うずくまった土下座の形から全身のバネで飛び出す姿はまさに人間ロケット。
飛び出す強烈な頭突きは一直線に先頭の男の人の……その、アソコに……
先頭の人は声なき声を上げて悲痛な顔で崩れ落ちる。
「岩石生成おっけー!ウェイくんいつでもいけるよ!」
「ウェイ!」
「熱量収束指向性絞ってぇ……『ウェイ!』ショットガン!」
タンッという乾いた音と同時に放たれた10個の石粒は収束された爆発によって急激に加速し、2人目と3人目に弾丸として襲い掛かる。
これがなかなかの威力で…もしかしたら何本か骨が折れてるかもしれない。
「ウェイ!」
その合図と同時に私は4人目に向かって大きく踏み込んだ。
戦槌を投げつけてナイフを叩き落とし、一気に懐に入る。
袖をつかんで引き寄せ、頬に掌底を入れながら襟を掴んで巻き込み地面に叩きつける。
あとは無防備な腹部へ渾身の力で拳を叩き込んでトドメだ。
「ヤァ゛ーーーッ!!」
驚かないでほしいんだけど、今のは私の叫び声だ。
というか、掛け声みたいな……。
よく剣道部が竹刀を振るときに声を上げてるよね?
あと、ハンマー投げの選手とか。
アレってギャグとかじゃなくて、声を上げることで普段よりパワーが出るの。
よく知らないけどスポーツ医学?的にも証明されてるらしいよ。
4人のおじさんを遅れて到着した自警団に引き渡し、私たちは簡単な事情聴取だけで解放された。
私たち3人はかすりの傷一つもなく完全勝利。
おじさんたちも打撲以外の外傷は無いようだった。
「あの時のコンボが役に立ったねーっ!」
“あの時”というのは、ゴザちゃんの魔法練習の時だ。
“岩石生成”で作った弾丸を“発破”で加速して威力を上げる。
爆発の指向性?が絞れてなくて威力は高くないけど、非殺傷武器としては充分。
と、植井君が言っていた。
あの土下座は岩石生成の時間を稼ぐためでもあったんだね。
戦力にならないとか思ったけど、この完全勝利は間違いなく植井君のおかげだ。
「あ、そうだウェイくんコレあげるーっ」
「何だコレ、アクセサリーか?別にいらねーけど」
「そんな事言わないで、お揃いで買ったんだよ?」
「それを先に言って……うん、いいセンスだありがとうオタコ」
「ウェイくん、私とお姉さまで態度変え過ぎじゃない?」
お揃いで持ってると共生の加護……だっけ?
よくわからないけど、今日はチームとして一歩前に進んだって感じがするな。