異世界でも男の人ってそういうことばっかりで本当にヤだなーって思うの
今の状況はこうだ。
現在地はギルド併設の酒場。
植井君と酔っ払いのおじさんが大喧嘩している。
「撤回しろこの野郎!仲間をバカするやつは許さねぇ!」
「ケツの青いガキが調子にのんな!!」
誰か……このケンカを止めてくれないかなぁ……
ネコの館での商談が終わった後、私は一人である店に向かっていた。
植井君には先にギルドに行ってもらい、ゴザちゃんと合流していてもらう。
「ウェイ、俺も一緒に行こうか?」
今回ばかりは単独行動でお願いします。
向かった先は女性用の服飾店、それも下着専門のお店だ。
この世界に来る前から少し気にはなっていたけど、その……
最近すこし胸がキツいのだ。
着けていたものと部活用の2枚でやりくりしてきたけど、もう何枚かは欲しい。
この世界には色々な体格の獣人がいるから、私に合うものもきっとあるはずだ。
最初に驚いたのは、商品が私たちの知る女性用下着にかなり近い事だった。
布を巻くだけの“乳バンド”ではなく、ストラップとカップが付いており縫製や素材も良い。
もちろん価格も相応だけど、さすがは王都に本店を持つ最新のお店だ。
そして何よりも驚いたのが、その種類の多さだった。
ブラジャーの種類が元世界の比ではないのだ。
基本的にはトップとアンダーでサイズを選ぶけど、異世界はそれだけじゃない。
カップの数自体が異なるのだ。
胸の数はそれぞれで、2~6つの人が多いみたい。
集落や町を歩く女性の胸には10近くある人もいたっけ。
店内に展示されている最多は29個!?
奇数っていう場合もあるのね。
そういえば、昔飼っていた犬はおっぱいが6つあったなぁ。
他には……
全ハーピィが絶賛する大胸筋矯正サポーター?
ブラと見た目は変わらないみたいだけど……なんだろう?
異世界ってよくわからない物が売ってるのも面白いよね。
私はこの世界でもかなり体格が大きい方なので不安だったけど、良いものがあった。
牛の獣人は体格の大きい女性も多く、その最小カップがピッタリだった。
カップが4つ付いているのは……後で切り取るしかないね。
セミオーダーもできるみたいなので、しっかり時間が取れる時にまた来よう。
極秘ミッションを済ませた後は、ギルドの酒場へ向かう。
ここには他では見られないメニューが多いので、是非ともレシピを知りたい。
受付のダリアさんにシェフを紹介してもらえないか頼んでみようかな。
しかし、何を差し置いてもまずは食事だ。
今日はどのメニューを食べようかと考えながら酒場に入ると……
なにやら騒がしい。
誰かが小競り合いをしているようだ。
「んだぁ?ショボ魔法使いにヒョロガキ……いつぞやのネーチャンもいんのか」
以前、ゴザちゃんに絡んでいて私が腕相撲で倒した冒険者だ。
植井君は“かませのモブゴリラ”とか呼んでたっけ。
「ネーチャン、まぁだザコとつるんでんのかぁ?」
「ウェーイその節はどーも、邪魔する気はないからゆっくり酒を飲んでてくれよ」
「テメェらの顔を見てっと酒がマズくなんだよ」
「なら壁でも見ながらお酒を飲んでればーっ?」
ゴザちゃん、お願いだからあまり刺激しないでほしいな。
さっきからお腹の虫が鳴ってるのよ……。
「んだとぉ?ザコ魔法使いは黙ってろこの貧乳がぁ!」
「誰が貧乳だコラァ!私は育ちざかりなんだよっ!これからなの!」
「オメェ18つってたよなぁ?もう望みなんざねーよ貧乳貧乳ザコ貧乳!」
「ウェイウェイウェイおっさん冷静になれよ、乳に貴賤はねぇよ?」
「ガキにはわかんねーだろうなぁ、乳はデカくて多けりゃそれが正義よ!」
だんだん人が集まってきたよ……恥ずかしいからやめてほしいなぁ。
本当は関わりたくないけど私が間に入るしかないか……。
「まあまあ、ここは私が一杯奢りますから穏便に……」
「デカ女は黙ってろこの僅乳が!」
「お姉さまに何てこと言うのこの酔っ払いーっ!」
せんにゅう……?聞いたことのない罵倒だ。
「お姉さまはシングルでも素敵だよ!気にしちゃダメだよっ!」
「デカくてもシングルじゃあな!かわいそうになぁ!」
なるほど、そういうことか。
どうやら“大きくて数が多い”のがセクシーという価値観らしい。
「なんだァ?……てめぇ」
植井君……キレた!!
「撤回しろこの野郎!仲間(の乳)をバカするやつは許さねぇ!」
「ケツの青いガキが調子にのんな!!乳は質と数が全てだゴルァ!」
「おっぱいに位置の上下はあっても!!地位の上下はねぇだろうが!!!!!」
植井君、魂の一喝。
ギルド全体どころか町中に響いたかもしれない。
おっぱいに大小や形の差はあれど、数が違おうとも、それで価値が変わることなんてない。
全てのおっぱいは等しく全てが貴いものであり、慈しむべきものだ。
個人の好みがあったとしても、それが他のおっぱいを貶める理由にはならない。
おっぱいとは愛の象徴であり、正義であり、平和そのものである
おっぱいを理由に人が争うことなど決してあってはならないのだ。
そんな、気色の悪いポエムが脳内に流れ込んできた。
この内容は酔っ払いの冒険者だけでなく、このギルドにいる全員――
あるいは町中の全ての人の脳に無理やり流し込まれているのかもしれない。
「おっぱいは……おっぱいはなぁ!希望なんだよぉぉおお!」
あれ、植井君マジ泣きしてない?
こ、こわぁ……。
「二次性徴前の希望に満ちたちいさなおっぱいも素敵だけど!
もはや膨らむことのない焦り!落胆!哀愁!が詰まったちっぱいも最高だろうが!」
「やめてウェイくんさすがにもうはずかしいからーっ!」
「いいんだゴザ、胸を張れ!お前には……お前のおっぱいにはその価値がある!」
植井君の目が血走っている……あれはもう冷静ではなさそうだ。
ゴザちゃんをフォローしようとすればするほど辱めているのに気付いてない。
「そしてオタコのおっぱいもだ!数が何だっていうんだ!!
よく見てみろ!自分の胸の大きさを気にして猫背気味になってるいじらしさ!
体型を隠そうとする服装でもごまかしきれないその存在感!」
「あの……植井君?もういいからやめよ?」
「何言ってんだよオタコ、あの分からず屋をわからせたいんだ!
ヒト族の中で一際目を引くサイズ感に加えて形の良さと弾力!
触ったことも直接見たこともないが俺には全てわかるっ!
おっぱいとは世界が生み出した至高の芸術品なんだーー!!!」
「「もういいから黙ってっ!!」」
ゴザちゃんと私の拳が深々と突き刺さった植井君はゴフリと肺の奥で音を立て、壁まで吹っ飛んでぐしゃりと崩れ落ちた。
公衆の面前で女の子の胸の事を褒めるのもデリカシー無いと思うな。
「仮におっぱいが無かったとしても……女性の素晴らしさは…変わらないん……だ……ぜ」
気絶する間際にまた何か気持ち悪い事を言ってた……この人もうヤダ。
しかしこの言葉にギルド中の人たちが次々に叫びをあげる。
「うおおおぉぉ!ウェイの野郎よく言った!全てのおっぱいは素晴らしい!」
「おっぱいは正義!おっぱいは愛!おっぱいは平和!」
「今日はおっぱい記念日だ!ここにおっぱいの像を建てよう!」
「私も明日からは胸を張って歩けるわ!ありがとうウェイ!」
「最高の気分だぜ!今日は皆に奢らせてくれ!」
なにこの人たち……植井君にアテられてるの?
それとも獣人ってみんなこうなの?
「ギルドで騒ぎは困るんですが……まったくリュータさんは面白い人ですね」
「ダリアさん、すみませんウチのバカが……」
ダリアさんって植井君の事を“リュータさん”って呼ぶんだ……仲いいのかな?
「“仮に無かったとしても”……か、私も勇気をもらえました」
あれ?ダリアさん少し頬が赤くない?気のせいかな?
この流れで好感度が上がる要素って何も無かったと思うんだけど……。
ダリアさんは美人だし、スレンダーで女性の私が見てもスタイルは良い。
胸も無いようには見えないけど……。
うっすら光沢を放つダリアさんの羽根を見て、ふと女性用下着専門店を思い出した。
『全ハーピィが絶賛する大胸筋矯正サポーター』
そうだ、赤ちゃんにお乳をあげるのは哺乳類特有のものだ。
鳥類や爬虫類の獣人に乳首が無くても何の不思議もない。
つまり、おっぱいが無いのだ。
あの胸のふくらみはおそらく、空を飛ぶために必要な大胸筋。
種族を超えた自由な恋愛が行われるこの町で、鳥の獣人が“無乳”であることをコンプレックスに感じていたとしても、何の不思議もない。
だって、女の子なんだもの。
ダリアさんは救われたんだ、植井君の最期の言葉で……。
「女性の胸への愛を力説し、貴賤なしと説いておきながら
その口で、“無くても魅力的だ”と言い切る清々しいまでの矛盾……
私、彼はこの町一番の冒険者になれる器なんじゃないかって思うんです」
どうやらダリアさんも正気ではなさそうだ。
あの人、ただの変態ですよ?困ったなぁ……。
あ、ゴザちゃんも私と同じ顔をしてる。
よかった、私以外にもマトモな思考ができる人がいて。
なんだかギルド内がお祭り騒ぎみたいになってきたので、ゴザちゃんを連れて撤収。
もう空腹でお腹と背中がくっついちゃいそうだよ。
「ウェイくん放っといていいの?」
知りません、あんな人。