異世界で料理する作品は結構あるけどじっくり解体するのはちょっと珍しかったりしません?
今の状況はこうだ。
目の前にはカツ、ステーキ、鍋等々、肉料理のフルコース。
今夜も集落の皆が集まっての大宴会だ。
野生的な肉も下ごしらえと料理法次第で絶品料理に!
でも、ここまでが結構大変だったのよね……。
畑荒らしの犯人はランドボアと呼ばれるイノシシだった。
“爆裂魔法”に怯んだランドボアの眉間に渾身の戦鎚を叩き込んだのはいいけど……
力加減が上手くいかなくて“きたねえ花火”になってしまった。
そのショッキングな光景を見て目の前が真っ暗になり、気がついたら木陰に寝かされていた。
正直に言って、実はかなり悔しい。
異世界に来てこの世界を知り、武器を手にした時に覚悟は決まったと思っていた。
お風呂やトイレの問題も乗り越え、最難関だった虫も克服できた。
冒険者として討伐依頼が決まった時には、生き物の命を奪う覚悟を決めたはずだった。
もちろん、もしかしたら自分や仲間が怪我をするかもしれないという事も。
でもさ、いきなりミンチはハードル高くない?
戦鎚から伝わてきた骨と肉を砕く感触がまだ手に残ってるよ……。
だからといって、ここで立ち止まっていてはいけない。
まだ寝ていろと止める植井君の気持ちは嬉しいけどやるべきことがある。
深呼吸をして、気合を入れ直す。
「植井君、ナイフ貸してくれないかな」
「……ウェイ?」
血の跡を辿って歩くと、村長さんたちが川でランドボアを洗っていた。
「よぅお嬢ちゃん、もういいのか?」
「ありがとうございます、それより……」
「肉だろ?こいつは上物だぜ」
村長さんが言うには、繁殖期のオスや大型個体はあまり美味しくないらしい。
既に血抜きを済ませており、これから解体を始めるようだ。
私が“やるべきこと”とはまさにそれだ。
この世界で生き抜くために、何でもできなければいけない。
「そういうことなら……アビー、嬢ちゃんに教えてやんな」
「はーい!まかせてとーちゃん!」
こうして、私は初めて動物の解体をすることになった。
時折植井君に訳してもらいながら、一つひとつ手順をこなしていく。
解体の手順は以下の通りだ。
・血抜き
・洗浄
・ワタ抜き
・冷却
・皮剥ぎ
・脱骨(切り分け)
血抜きと洗浄は既に村長がやってくれているので、次はワタ抜きだ。
内臓を傷つけないように慎重に腹を裂き、筋を切りながら内臓を全て取り出す。
特に注意するのは腸、膀胱、胆嚢だ。
未消化物や糞尿で汚染された部位は食べられなくなってしまう。
胆嚢の中身はとんでもなく苦いけど、干せば胃薬になるらしい。
肛門は周りの皮膚ごと大きめに切り取って腸と一緒に捨てる。
「ランドボアはあくまが憑いてるからなかみはすてちゃうの!」
ちょっと惜しい気もするけど、食に関しては現地人に倣おう。
私にとっては未知の食材だから毒とかあったら嫌だし。
「肺、心臓、肝臓はヨソの奴らは普通に食うけどな!」
うーん村長、ナイスフォロー。
前言撤回、よそ者なので美味しくいただきます。
その後、空っぽのお腹に岩を入れて川に沈めて一晩おく。
「近くに清流がなけりゃ省略してもいいが、やるとやらんでは肉が変わるぞ」
「とーちゃんはだまってて!ぼくが教えるから!」
そして翌朝。
「ちゃんと冷やすと皮が剥ぎやすくなるの!」
アビーくんは元気だが、私の寝覚めは最悪だった。
赤黒いドロドロに追いかけられる悪夢を見た理由は明白だ。
ここからはアビーくんと一緒に皮を剥いでいく。
ナイフを皮の内側にこすりつけるように走らせ、徐々に剥がしていく作業は案外面白い。
皮下脂肪が肉側に残るようにした方が、毛皮を再利用する際に楽らしい。
「毛がお肉にあたらないように気をつけてね」
確かに、野生動物の毛ってあまり衛生的ではなさそうだもんね。
ナイフとトンカチで頭を外し、肋骨を開くといよいよ肉と言った感じになってきた。
正直、腹にナイフを突き立てて内臓を目にした時はしんどかった。
「もうお肉食べれない……」
なんて泣きそうになったけど、目の前にある肉はとても美味しそうに見える。
関節と筋を断ちながら部位ごとに切り分ける作業はなかなかの力仕事だ。
あれ……私って怪力能力あるはずだよね?
なんだかこれって矛盾してる気がする……けど今はいいか。
本格的に“お肉”になってからは、私の領分。
新鮮なうちに食べる分と保存用で分けて調理を開始する。
冷蔵庫が無いこの世界において、安価かつ最強の保存料は塩だ。
肉の塩漬けはハムやベーコンが有名で、塩に香辛料を混ぜることでより美味しくなる。
燻製をすれば保存性が上がって香りもつくので一石二鳥だよね。
携行性と保存期間を優先するなら定番はやっぱり干し肉。
生肉をそのまま干すと雑菌が繁殖することもあるので塩漬けを干すのがいい。
今回は、薄くスライスした肉を茹でてアクを抜き、そこから塩漬けして干す。
手間はかかるけど、出先で美味しい肉を食べたいなら手間を惜しんではいけない。
塩味の利いた干し肉はスープに入れると味付けの手間も省ける。
今日の宴会料理は、元の世界とこちらの料理の融合だ。
村長の奥さん(リィラさん)が郷土料理を教えてくれた。
ナッツペーストをベースにした山菜ぼたん鍋
アク抜きしたスライス肉のミルフィーユカツ
ガンテツさん直伝のハーブステーキ
酒と生姜で煮込んで甘く仕上げた煮物
ワイルドなスパイス串焼き
ここでは肉といえば大ネズミなので、村人の皆にとってもすごいご馳走だ。
「お姉様が作る物は何でも美味しいね!」
「ウェイ……あ、うまーい」
この世界には、まだ私の知らない食材がたくさんある。
私の知らない調理法や美味しい物がたくさんある。
それを食べ尽くすのを目標に生きていくのも、きっと楽しいよね。