俺の妹は天才になりたいらしい
「何やってんだ、香奈子」
「見てわかるでしょ。逆立ちしながら、足でやかんを持とうとしているの」
「わかるけどわかんねーよ」
言葉通りの行動をしている愚妹に、俺は溜め息をつく。香奈子はそんな俺に、ひっくり返ったままぎゃんぎゃん喚き散らした。
「聞いてよお兄ちゃん。今日、クラスの男子に名前をさんざん馬鹿にされたの。『大場香奈子はお馬鹿な子』って」
「『大場』っていう苗字でそんな名前つけた両親が悪いな」
「ムカついたからその男子たちの股間を思いっきり蹴り上げてやったわ。全員、蹲ってしばらく動かなかった」
「ごめん、やっぱ父さんと母さんは悪くない。悪いのはこの妹の頭だけだ」
そんな俺をよそに香奈子は、自慢のロングヘア―を床に垂らしたまま話し続ける。……頭に血が上らないのだろうか?
「だけど、私わかったの。馬鹿だ、って言われるぐらいなら頭が良くなればいいって。天才になって、アイツらを見返してやるんだから」
「……それがなんで逆立ちに繋がる?」
「馬鹿と天才は紙一重って言うでしょう? だから私もこうやって、凡人が思いつかないようなことをやっているの」
「今のお前を見たら十人が十人、『馬鹿がいる』と思うぞ」
そこでようやく、妹が「なんですって!?」と言いながら逆立ちから体を起こす。
「っ天才は周囲に理解されないものよ……だから私も人と違うことをすれば、天才になれるはず……」
「んなワケねーだろ、っていうかやっぱり立ち眩みしてんじゃねーか」
「日本の教育制度は、個性を潰す傾向にあるわ……」
「まず、俺のツッコミを潰さないでくれるか」
ふらふらする妹は、俺に支えられながらそれでも持論を展開し続ける。
「エジソンもアインシュタインも、学校では落ちこぼれだった……だから私にも、学校では見つけられない凄い才能が隠されていると思うの」
「まぁ、学校だけが全てじゃないってのはわかるけどな」
「私も秘められた才能を開花させれば、天才美少女として周囲に崇め称えられるはずだわ……」
「そういうのを『早計』っていうんだぞ」
やいのやいの言っていれば、台所についたのでとりあえず俺は妹を座らせる。それから、何か飲み物を探そうとすれば――
「お兄ちゃん、アイスコーヒー作って。前に開けたインスタントコーヒーが約47杯分残ってるはずだから。お湯と水の比率は3:5ぐらいよ。よろしくね」
細かく注文してくる妹に、俺は呟く。
「やっぱコイツ、天才かもな」