明るいダンス
これは即興小説トレーニングというサイトで、「明るいダンス」というお題をもとに30分で執筆したものを、加筆修正して完成させたものです。
「だから、ダンスというのは感情が強く影響するものなんだよ」
がやがやと賑わう食堂で、周囲の喧噪に負けないように沖田は言う。ダンス部に所属しているこの友人は、先ほど券売機で買ったケミカルな見た目の醤油ラーメンをものの五分で平らげ、優に十分は俺には関わりのないダンス論議を展開している。
「もちろんダンスの技術だって大切だぜ。アイソレとか、アップダウンとか。愛川はうちのダンス部の中でもずば抜けて技術はある。でも今回のショーケ練では上手く踊れてないんだ」
「感情が昂らないから?」
「おそらく」
沖田と同じくダンス部に所属している愛川は、一年生ながら我が校のダンス部の中でトップクラスの実力の持ち主らしい。常にクールでクラスにいる時はあまり目立たない、地味な奴だった。とてもダンスをしているような生徒には見えない。
「たしかに愛川は感情表現に乏しいかもしれないな。でも、今までは上手くやってたんだろ」
「そうなんだ。だがそれは、今までのショーケースが技術や構成重視のものだったからだ。今回みたいに演劇的要素の強いものじゃない」
「ショーケースっていうのは、発表会みたいなものだっけ?」
「まぁ、そんなもんだ」
俺は残り少なった山菜うどんをすすりながら聞く。
「あいつ無口だから、技術重視のダンスやシリアスな雰囲気のダンスなら抜群に上手いんだけど、今回は楽しい感じの雰囲気だからなぁ。ほら、学祭だから色んな人が見に来るだろう。だから楽しませる感じの方がいいだろうってことになってさ」
「たしかに、愛川が楽しそうにしているのを見たことがないな」
仏頂面の愛川が笑顔で笑っている姿を想像し、苦笑する。
「そうなんだよ。あいつ部活中もずっと無表情でさ、誰とも話さないで黙々と練習してんの。とっつきずらいっていうかさ」
「でも、ダンスしてるときは楽しいんじゃないの。顔に出ないだけとか」
俺は最後の一啜りを終え、箸を置きながら尋ねた。
「どうだかねぇ。正直、愛川っていつも何考えてるのか分かんねぇし」
沖田は俺が食べ終わったのを見ると、自分のお盆を手に取り席を立った。俺も自分の分のお盆を手に取り沖田に続いた。
「ダンス部の連中が愛川のこと避けてるからじゃないのか」
「別に避けてるわけじゃない」
沖田は首だけこっちを向き抗議の声を上げた。
「さっきも言っただろ。何考えてんのか分かんねぇし、とっつきずらいんだよ」
「とにかく、学祭までまだ時間はあるんだし、愛川と積極的に接してみればいいんじゃないか。ダンスっていう共通の趣味があるんだし話はしやすいだろ」
沖田は少し考えた後、決心したかのように顔を上げる。
「よし。学祭までの二週間、愛川となるべく話してみよう。他の部員も誘って部活終わりに飯食いに行ったりとかさ」
俺は特に深い考えがあった訳でもなく軽い調子で提案したのだが、思いの外沖田が乗り気なので戸惑ってしまう。
「だるがらみするなよ。お前、結構人の心に土足で踏み込むところあるから」
「なんだと」
沖田は不満げに声を上げる。
「絶対仲良くなってやる。仲良くなって、学祭当日は最高のショーケースを見せてやる」
そう高らかに言う沖田とともに、俺はお盆と食器を片付け食堂を後にする。
二週間後、学祭の日がやってきた。
俺は自分のクラスの出し物であるお化け屋敷の受付を担当していた。お化け屋敷の舞台である第二体育館の入り口前で入場者数を記録し、お化け屋敷の設定とルールが書いてあるチラシを配る。一年生の出し物にしてはそこそこ盛況だったため、俺はあまり休めずにいた。二時間程自分の仕事をこなしていると、次の受付担当のクラスメイトが到着した。遅れてすまん、という謝罪の言葉とは裏腹にのろのろと歩いてきたクラスメイトと持ち場を交代し、俺は少し考えてから第一体育館に向かった。第二体育館よりも数倍大きい第一体育館は、普段であれば体育の授業や全校集会などで使われている。しかし、学祭期間中は軽音部や吹奏楽部、合唱部などのステージ発表の場として使用されている。今の時間であれば、映画研究会作成の自作映画がクライマックスを向かえている頃合いだろう。俺はポケットから今朝配られたプログラムを取り出し目を通す。次の出番はダンス部だ。
「おう、来てくれたか」
第一体育館で座れる席を探していると、沖田が声をかけてきた。俺は声のした方を向くと、それが沖田であることを理解するのに数秒かかった。紅白の縞模様がついたワンピースのようなものに左右が黄色と青で分かれたベスト、つま先の部分が大きく丸まった赤いブーツに青のハットを被っている。
「似合ってるよ」
しばし考えた後に俺は正直な感想を述べた。
「褒められてるのか、それは」
「ああ、本当に似合ってるよ。春の遠足の時もそれを着てくれば良かったじゃないか」
「やっぱり褒めてないだろ」
沖田は大きな仕草でため息をついた。その芝居じみた動きがやけに様になっている。
「それ、ピエロ?」
「そうだ。サーカスがコンセプトなんだ。ネットで取り寄せたんだけど結構したんだぜ」
言いながら沖田は俺が差し出した割高のジュースを受け取り口に運ぶと、一気に飲み干した。なんだか待ち合わせ場所にされそうだなと思いながら、今朝から気になっていたことについて聞いてみる。
「それで、愛川は大丈夫なのか」
沖田はすぐには答えず、空になったジュースの容器を渡し俺に背を向けて答えた。
「ま、それは見てからのお楽しみってやつだな」
十四時を少し過ぎた頃、第一体育館の照明が消え、ダンス部のショーケースの始まりを告げる。
スポットライトがステージ上を照らし、派手な格好のサーカス団員のような人物が大げさなしぐさでお辞儀をする。大音量の陽気な音楽とともに幕が開き、大勢のサーカス団員達が息の合ったダンスを披露する。派手な衣装と小道具の多さも相まって、ダンスといより演劇やミュージカルのような印象を受ける。ピエロに扮した沖田が連続のバク転で登場し、観客から拍手が起こる。俺も思わず拍手をした。数人のピエロがアクロバットな動きを繰り出した後、サーカス団員達がステージ上に集合し踊り始める。寸分の狂いもないサーカス団員達の動きが観客を沸かしていく。サーカス団員達はみな一様に楽しそうな満面の笑みを浮かべ、観客にも自然と笑顔が溢れる。サーカス団員達がフォーメーションを変え、前列と後列が入れ替わった。後列と交代し美しくしなやかに踊る前列の中央、そこには、顔中を満面の笑みでほころばせながら楽しそうに踊る愛川の姿があった。
「上手くいったみたいだな」
ショーケースはフィナーレを迎え、観客から割れんばかりの拍手が起こる。席から立ちあがってブラボー、と声を上げる者もいる。ステージ上で観客に向かって揃ってお辞儀をしているサーカス団員達の中、今まで見たことのない程楽し気な愛川に視線を移す。サーカス団員達はいつの間にかダンス部員の顔へと戻っていた。愛川はステージの左端で大きくお辞儀をしている沖田へと近づき声をかけた。俺の位置からだと何を話しているかは分からないが、驚いたような表情の沖田と明るく楽しそうに笑う愛川の姿を見て、俺も思わず笑みをこぼした。