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元公爵令嬢の回顧 15

マーガレット視点、最終話です。

 祖国ファーニヴァル王国から逃げ出し、マーガレットの生家であるラウレンツ公爵家でシェフをしていたロブを頼りに半年をかけてこの街、メレディスにレイナルドとマーガレット……いや、メグが辿り着いたのが今から六年前だ。

 旅の途中でメグが看護師資格を取ったり、長旅でさすがに疲れが出たのか熱を出して寝込んだりしたので当初の予定よりも随分と長くかかってしまったが、それでも新婚の夫婦はお互いの手をしっかりと繋いで希望に目をキラキラさせながら新天地に足を踏み入れた。

 『実家はそこそこ大きな商家』とロブが言っていたのが謙遜だったとわかる、アドラム王国でも五本の指に入るだろう大商会であるウィッカム商会の後ろ盾を得て、夫婦はこの地で小さな診療所を開いた。そして同時に、診療所から歩ける距離にある屋敷も賃貸という形でウィッカム商会から格安で貸してもらったのだ。

 ロブの弟で、ウィッカム商会の新しい会頭であったオーガストに案内されて初めてこの屋敷を見に来た時、さすがにラウレンツ公爵邸には及ばないものの、それでも低位貴族の屋敷ほどはあるだろう大きな家にメグは最初、二人には大きすぎる、もっとずっと小さな家でいいと言ったのだけれど、レイナルドはこれでもすぐに狭く感じるようになるよと言って笑った。

 確かにその通りだった。

 夫婦が新たな生活を始めたその翌々年に長男であるアーノルドが生まれ、手伝いを頼んだ近所の主婦の力を借りながら慣れない子育てに悪戦苦闘していたメグの腹に二人目の新たな命が宿った頃、ファーニヴァルでの王宮侍医の職を辞して来たアランと、その従者という名目でもって移住してきたバート・メラーズとその妻のサラ、そしてメラーズ夫妻の双子の娘、モニカとマリナの五人が一気に増えたのだ。

 最初、サラの一家は別に家を探すと言ったのだが、メグがどうしてもサラと一緒に暮らしたいと言って譲らなかった。私は看護師の仕事があるからサラに家のことを手伝って欲しいのと頼まれれば、メグに甘いサラが勝てるわけがない。

 ずっとは無理かもしれないが、それでもこの先の数年ほどは一緒に暮らそうではないかと両家の間で話が決まった。その先どうするかは、その時に決めればいい。両家の子供たちが育つにつれ、事情は異なっていくだろうからと。

 かくして、アランを加えたエドモンズ家と、ウィッカム商会に職を得たバートと家事全般を取り仕切ることとなったサラのメラーズ一家の共同生活が始まった。

 これはあくまでも共同生活であって二つの家族の立場は対等であるというのは、メグがしつこいほど力説したところだ。家賃や家の維持にかかる費用はエドモンズ家がもつが、食費などの生活費は折半にする。家事や子育てはサラが主体となるが、もちろんメグも頑張るなど細かいルールも決めた。

 どうしても奥様、メグ様と呼ぶサラをその度に違うの、対等なの、私たちは友達なのよと言い続けて、ようやくサラがメグを躊躇いなく『メグ』と呼び捨てにできるようになった頃にレイナルドとメグの第二子、フローラが生まれた。


 大人五人と子供四人の賑やかな毎日。近所の気のいい主婦にも通いで手伝いを頼んで、そこにオーガストの紹介で看護師志望の少女、ニーナがレイナルドに弟子入りしてさらに賑やかになった。


 フローラの首がようやくしっかりとしてきた頃にレイナルドが、もう一度ちゃんとした結婚式を挙げようと言い出したことがあった。

 レイナルドとメグが結婚したのは、ファーニヴァルの王都を出て馬で二週間ほど旅をして辿り着いた小さな街の教会でだった。

 それは、旅の途中で勢いのまま挙げてしまった結婚式だった。

 元から愛し合っていた二人が一緒に旅を続けるうちにもっとずっと愛しい気持ちが深くなってしまって、だけどまだ結婚していないのだからと越えられなかった一線をもうどうしたって越えてしまいたくて、見つけた教会に思わず飛び込んでしまったのだ。

 突然訪れた訳のありそうな二人に神父は何も問わず、そっと花嫁のベールを貸してくれた。そして、すぐに二人の結婚式を執り行ってくれたのだ。

 そしてその日の夜、小さな宿屋の一室で二人は本当の夫婦になった。


 あれはあれで素敵な結婚式だったとメグは思っているのだけれど、メグにウエディングドレスを着せてあげられなかったことが今でもレイナルドの心残りであるらしい。

 それが今ならば、メグの好きなドレスを仕立てることができるし、なによりアランとメラーズ一家に祝福された結婚式が挙げられる。

 ニーナもいるし、妻と二人でレストランを経営しているロブだって祝ってくれるだろう。それに、子供たちだっている。モニカとマリナにフラワーガールをしてもらって、アーノルドはリングボーイをしたら可愛いだろう。

 そんなことを言うレイナルドにフローラを腕に抱いたメグは小首を傾げて、やっぱりしなくていいわとあっさり言った。

 どうしてと訊かれて、どうしてもと答える。結婚式は一生に一度の大切な思い出だから、それが二度も三度もあったらおかしいでしょうと言えば、今度はレイナルドが首を傾げていたけれど、

 それで二度目の結婚式の話はなくなった。本当に後悔しないのと訊かれて、後悔なんてするわけないじゃないとメグは笑った。


 本当に、後悔なんてするわけがないのだ。

 こんなに幸せな毎日のどこにも後悔なんてない。


 あれからまた時間が流れて、今またメグの腹に新しい命が宿った。

 嬉しくて嬉しくて、本当に踊りだしたいくらい嬉しい。心配性な主治医に絶対安静を言い渡されているから踊らないけれど、それくらい嬉しい。

 メグが二杯目のお茶を飲み終わる頃、部屋の隅の方に置いたゆりかごから可愛らしい泣き声が聞こえ始めた。どうやらクライヴ坊やが目を覚ましたらしい。


「おはよう、クライヴ。いい子でねんねしてましたねぇ」


 柔らかなぬくもりを抱き上げて、軽くゆすってあやす。触った感じではおむつは濡れていないようだから、そろそろミルクだろうか。生憎と今のメグからは母乳は出ないので、サラが帰って来るまで待ってもらうしかない。


「ママはもうすぐ帰って来ますからね」


 クライヴをあやしながらサンルームを出て、リビングの方へ移動している途中で玄関がにわかに賑やかになった。散歩に行っていたアランとアーノルドとフローラ、教会教室に行っていたモニカとマリナ、そしてみんなを迎えに行ったサラが一気に帰って来たのだ。それにどこかで一緒になったのか、看護師見習いのニーナの声も聞こえる。


「みんな、おかえりなさい」


 マーガレットが声をかけると、ただいま、ただいまといくつも返事が返って来る。どうやら雨が降り出す前に帰って来れたみたいで、乾いたままの傘をサラが片づけている。


「母様、ロブおじさんが母様にって」

「ありがとう、アーノルド。遅いと思ったら、ロブのお店に行っていたのね」


 アーノルドから受け取った紙袋は、ロブの店の物だ。またお菓子を作ってくれたらしい。


「クライヴ、起きちゃいました?」

「お腹すいたみたいよ」

「あらあら」


 サラにクライヴを渡すと、空いたメグの腕にすかさずフローラがじゃれついて来る。おかあたまと、舌ったらずに呼ばれたらたまらなく可愛い。


「メグ、ニーナに聞いたよ。おめでとう」


 にこにこと嬉しそうに笑うアランにありがとうございますと軽く頭をさげてからマーガレットは、子供みたいに唇を尖らせて見せた。


「アラン先生、レイ様を叱ってください。私の心配ばかりして、ちっとも嬉しそうじゃなかったんです」

「それもニーナに聞いたよ、本当に仕方のない奴だ」


 後できっちり叱ってやろうなどと言うアランの後ろから、ニーナがひょっこりと顔を出した。


「若先生、メグ先輩が帰ったあとでキャンベルさんたちに囲まれて怒られてましたよ」

「あら、そうなの?」

「はい、すっごく面白かったです」

「私も見たかったわ」

「ですよね!」


 キャンベルさんたちと言うのは、レイナルドの診療所の待合にいつもたむろしている近所の老人たちのことだ。元気な時には朝からやってきて喋っているが、具合が悪いと来ないのでレイナルドが家まで様子を見に行ったりする。具合が悪い時にこそ来るべき診療所としてはおかしなことになっているわけだが、王宮勤めだった頃ではありえなかった気安さが楽しいとレイナルドは言う。


「それで、若先生は?」


 診療所での診察は午前で終えて、レイナルドは午後から往診に行く。少し前まではメグも看護師としてついて行っていたが、最近は弟子入りして二年ですっかり頼もしくなったニーナに任せるようになっていた。

 そのニーナが帰って来たということは往診はもう終わったのだろうに、レイナルドの姿が見えないのだ。


「用事があるからって、途中で別れました」

「用事?」

「花瓶の用意をしておいた方がいいと思います」


 十六歳という実年齢より随分と幼い顔でニーナがいたずらっぽく目を細めるから、メグもつられて目を細めた。もう二度と帰ることのない祖国のあの王宮でマーガレットがレイナルドと薔薇を見たのは、今のニーナと同じ歳の事だったと思い出される。


「そうね、大きな花瓶を出しておいた方がいいかも」

「物置ですよね、出しておきます」

「お願い」


 サラがクライヴに母乳をあげるために自分たちの部屋に引っ込み、モニカとマリナがパタパタと夕食の準備を始める。アランがたくさん散歩して眠くなったアーノルドとフローラを連れて二階に上がり、ニーナは長い三つ編みを翻して花瓶、花瓶と言いながら動き出す。

 メグは、さっきまで使っていた茶器を片づけるためにサンルームに向かった。壁の一面が天井まで届く細長い大きなガラスが木枠にはまったものが何枚も並んで出来ている贅沢な造りのこの部屋からは、屋敷の大きさのわりに随分とこじんまりとした庭が見える。そしてその向こうに、高台に建つこの屋敷に続く緩やかな坂道が見下ろせた。

 その坂道を今、速足で上って来る人がいる。

 風になびく、ミルクティー色の髪。ここからでは見えないけれど、その瞳はきれいな若草色だ。

 レイナルドの手に大きな黄色い花束が抱えられているのを見て、メグはやはり目を細める。ファーニヴァルでは今の季節では薔薇なんて手に入らないだろうけれど、温室栽培が盛んなこのアドラム王国ならどの季節でも花屋に薔薇は置いてあるのだ。

 メグは、サンルームの外扉から庭に出た。そして、坂道に向かって手をあげる。


「あなた!」


 メグに気づいたレイナルドが駆け出した。花束を差し出して、最初に言うのは「さっきはごめん」だろうか、それとも「愛してる」だろうか。

 日が陰って来るとまだ肌寒いなと思いながらメグは、愛しい夫を出迎えるために歩きだした。


次は、父視点のお話です。

残酷な描写がありますので、苦手な方は飛ばしてしてください。

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