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十一、まずは文通からお願いします


 寧子様

  

  貴女の陽を受けて輝く瞳はいま、何を映しているのでしょう。貴女の瞳に映るそれがうらやましく思えてなりません。


  なんて、こんなことを書いてはまた正気を疑われてしまいますね。本心に違いないことではありますが、まあ、文における枕詞だとでも思ってください。

  それにしても、改めて文をしたためるとなるとなにを書いていいか悩んでしまいますね。私の日々の暮らしに面白いことのひとつでもあればいいのですが、なにぶん男ばかりで手元のあれこれを細々弄ってああでもこうでもと悩んで一日が終わる職場にいるもので、女性が好む華やかなものとは無縁なのです。もしかしたら、貴女はそんな様子も興味深く聞いてくれるのかもしれませんが。

  寧子さんは最近何か面白く思う事はありましたか?貴女が興味深く思うことをひとつでも知りたいので教えて下さると嬉しく思います。

  とりあえず、今日はこの辺で。

                                

                             逆由良 崇人




 崇人様


  私の瞳には今日も変わり映えのないいつもの景色が映っています。でも、変わらずそこにあってくれることこそ幸せなのかも。


   こんにちは。お手紙ありがとうございます。頑張っているつもりですが先日言った通りへたくそなのでどうかご容赦ください。私は昨日も、今日も、たぶん明日もまた勉強して勉強してといった変わりのない日々を過ごしております。ですから私こそ崇人様が面白いと思ってくださるようなことのひとつでもあればいいのにと思っております。

  そういえば、母様が今後の参考になさいと新しい物語をくださりました。とても嬉しいです。それも今人気の茉莉式部の作なのです。読むのがとても楽しみです。

  と書いていて思ったのですけれど、物語の話など男性は面白くはないでしょうね。面白きこととはなかなか難しいものです。

  崇人様のお勤めはどんなものなのか、実は先日から気になっていたので教えてほしく思います。

 

                               寧子




 寧子様


  陽と月のように変わりなくそこにあってくれるのは確かに幸せでしょう。どんな関係であれ、私と貴女もそうであればいいと思います。


   お返事嬉しく頂戴いたしました。下手などとは感じませんでしたよ。そりゃあ、上手い人と比べればまだまだかもしれませんが、上手い人はとてつもなく上手くもはや神業のようなので比べるだけ阿呆というやつです。職場にひとり、大変に文が上手い奴がいるのです。見せてもらったことがあるのですが、それはもうすごかった……。

   物語は教養程度の知識しかありませんが、それでもよければどうかお話しください。

  茉莉式部の作は姉が好きでよく読んでいたのを覚えています。姉が言っていたことですが繊細な心の描写が良いのだとか。読み終えたら感想をお聞かせください。

   勤めについては、外に出せない話が多いのであまり細かくお話しできませんがそれでもよければ。兄君の武勇伝など、内緒にしてくださるならお教えしますよ。進言を聞かず災いが予見されている方角へ行こうとしていた大臣を簀巻きにしたことなど。

   お返事を楽しみにしております。 

 

                              崇人




 崇人様


  そうであればと言いますが、陽と月は互い違いに昇ります。顔を合わせてお話できない

のは寂しいです。


  兄様が偉いお方を簀巻きにしたお話、とても興味があります。先日お若いころの母様もまたどこぞのお偉方を簀巻きにした話を思い出しました。親子と言うものは似るものと聞きますが、本当なのですね。

  物語のこと、聞かせてほしいと言ってくださりとても嬉しく思います。そうなのです、心の動きをとても繊細に書かれる方で、先日お話した物語もとても素晴らしかったです。恋物語なのですけど、段々と惹かれ合う二人の様は胸が高鳴りましたし、一度別れを決意するもどうしても忘れられずにいる様など私も思わず涙が溢れそうになりました。最後に手を取り合ったところでは興奮のあまり大きな声をだしてしまって女房様に叱られてしまいました。……というのは隠しておけばよかったと今後悔しております忘れてください。

  つい長く書いてしまいましたが、崇人様はお姉様がいらっしゃるのですね。崇人様とはそれなりに長いお付き合いがあると言うのに初めて知りました。こう考えると知らない事がたくさんありますね。



                               寧子




 寧子様


  まるで激しい波に飲まれたかのように貴女の言葉に胸を掴まれた心地がしました。貴女が波であるなら飛び込むのもやぶさかではありません。


  まさか奥様も簀巻きにするご経験があったとは存じ上げませんでした。しばらく受け止めきれず唖然としてしまい家の者に心配されたほどです。

  物語のこと、たくさんお聞かせ下さり嬉しいです。読んでいて寧子さんがどんなに胸を高鳴らせたのか感じとれて思わず笑みが浮かびました。寧子さんの胸を掴んだ物語に興味があるので今度題名を教えてください。私も読んでみようと思います。

  陰陽寮では秋の収穫を祝う祭の準備がはじまりました。祝いの舞踊を踊る一人に選ばれたのでしばらくは練習の日々です。光栄なことではありますが、正直踊りはあまり得意ではないので今から緊張しています。寧子さんに応援していただければ頑張れると思うのですが、いかがでしょう?

  姉がいること、言っておりませんでしたか?確かに、私達はお互い知らない事だらけかもしれませんね。このやり取りでもっとお互いを知れたらと思います。

  お返事を楽しみにしております。

 

                                崇人




 崇人様

 

  並みよりも低きにあるであろう私に飛び込むだなんて貴方は本当に不思議な方。でもお待ちになって、今そんな事をしては風邪を引いてしまいますよそれは困ります。


  先日はお使い、お疲れ様でした。久しぶりに崇人様のお顔を見たというのに、久しぶりの気持ちがしなかったのはこうやって文をやり取りしているからでしょうね。それでも間近でお話ができてとても楽しい時間でした。さわりを見せていただいた舞もとてもお上手だと思いました!本番をこの目で見れないのが悔しく思えるくらいです。

  このところ、兄様もお忙しくてお屋敷にいらっしゃらないし、母様も風邪を引かれたようで具合が悪くほとんどの時間をお部屋にこもって過ごされているので心配で、話相手などもいないので気が滅入る事ばかりだったのですが、崇人様が来てくださったので少し気が晴れました。ありがとうございます。


                              寧子




 寧子様

  

  他にとって並みだとしても、私にとって貴女はこれ以上ない尊いもの。しかし風邪で貴女を垣間見れなくなっては困りますのでやめておきましょうか。


  奥様の具合はその後いかがでしょうか。奥様の事は勿論ですが、寧子さんの心配する気持ちを思うといてもたってもいられない気持ちになります。庭に咲いていた花を添えましたので少しでも奥様と寧子さんの心の安らぎになればと思います。寧子さんもどうかお体に気を付けて。

  少しでも気がまぎれればとなにか面白きことを綴りたいのですが、日々陰陽寮の通常業務と舞踊の練習に追われるばかりで驚くほどなにもありません。こうして寧子さんからの文を読み、その返事を書くことが唯一の楽しみとなってしまっております。次の満月は秋の祭です。それが終わればしばらくはゆるやかな時間が過ごせると思うので、そうしたらもっと面白みのある文を送れると思います。楽しみにしていてください。

  お返事はお待ちしていますが、お心に余裕がなければなくても全く構いません。どうかご自愛ください。


                              崇人




 崇人様


  風邪はこわいものです。一度ならず二度までも、私の大切なものを手の届かないところへ飛ばして行ってしまおうとするのだから。


   崇人様、なにかとお心遣いありがとうございます。

   母様の具合はあまりよくはないのですが、私はなんともなく元気です。でも、ごめんなさい、とても面白きことなどない日々で書くことが思いつかないのです。はやく元の日常に戻ってくれたらと願うばかりです。

   兄様から秋の祭が滞りなく済んだと聞きました。崇人様もお疲れ様です。やはり、崇人様が舞うお姿が見たかったなと思わずにいられません。

   ごめんなさい、今日はここまでで。


                              寧子




 寧子様


  風がすべてを吹き飛ばそうとも、私は貴女に寄り添い続けると誓います。私の身が風に攫われようと私の心はずっとそこにあるとどうか覚えていてください。


   貴女が健やかであられるようでよかったです。しかしながら、章家様からあまり食事をとられていないとお聞きしました。食事はとりすぎもいけませんがとらなすぎても体には毒です。美味と噂の菓子が手に入りましたので文と一緒に届けてもらいます。どうか少しでも召し上がってくださいね。

   章家様からお聞きになった通り、秋の祭は無事に終える事ができました。どうなるかと思われていた私の舞も、きっと拙かっただろうと思われますがまあなんとかなりました。寧子さんに応援していただいたおかげです。

   そうだ、時間が空いたのでようやく寧子さんに教えていただいた物語を読みました。恋物語などは初めて読みましたが、なかなか面白いものですね。心情の描写が細やかなのもあり随分のめり込んでしまって、つい友の恋路を応援するような心で読んでしまいました。常には学術書やとつくにの本ばかり読んでいますが、たまにはこういうのもいいですね。おすすめがありましたらまた教えてください。

   貴女の心が晴れる日が早くくることを祈っております。


                              崇人




 陽のきらめく夏頃からはじまった文のやり取りは、紅葉が葉を染める頃まで続いていた。

 男性からの文にいい感じに気を持たせずかわすための手習いといった大義名分があったはずだったが、寧子の横で指導している女房達がそんなことをさせるはずもなく二人の仲をただ深めるものになっていたのは実のところ寧子は気付いていない。

 いや、他からくる文の返しの時はあれこれと口を出すのに崇人への返事の時のみ「どうぞ

お心のままに」と放っておかれるのは不思議だなあと思ってはいた。

 楽しくやり取りをしていた二人であったが、夏の終わりごろに怜子が風邪をひいてからはやり取りにかかる期間は伸びていった。先週送った文の返事はまだ届いていない。


 崇人は寧子の様子を心配に思うも、使いで仕方なくといった前提なくして他の家のそれもそこの姫君に会うなどと不可能なことなのでただ家と職場を往復しながら月波良の家の方角を気にするしかできずにいる。

 たびたび自分を使いに出させていた上司の章家もここのところは家に戻り陰陽寮には近寄っていないので様子を聞く事すらできていなかった。






 「……はぁ」

 「どうした崇人、ここのところずっと思い悩んだような顔ばかりして」


 職場の自分の机で暦の写しを作りながら幾度目かになる溜息を吐くと、心配そうな呆れ

たような先輩の声が降ってくる。


 「月波良の女主人が風邪を召されていて、その養女ちゃんがそれを心配して体を壊しそうなのを心配してるんですよ。先輩からもなんとか言ってやってください。俺隣の席なんで毎日じめじめでほんっと大変なんですから」

 「ああ、章家様の母君か……。いやでもそれは心配だな、それなりの御歳だろうし」


 ふむとひとつ考えこむと、先輩は「よし」と一声上げた。


 「崇人、お前少し月波良のお屋敷に行ってこい。陰陽寮から奥様へのお見舞いだとか言えば入れてもらえるだろう。月読みの家は陰陽寮としても重要な家のひとつであるから不自然ではないしな」


 その言葉が終わるか終わらないかの時には私はもう駆け出していた。

 「見舞いの品を忘れるなよ」との声を背中に受けながら、何事かと目を丸くする人々の間

を縫い、月波良家へと向かうのだった。






文通回です。書くのとっても楽しかった!!!


お読みくださりありがとうございます。

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