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一、「えっ!なんで私が貴族の養女に!?」

※平安時代"風"ファンタジーです。いいとこ取りしてます。頑張るねこちゃんをよろしくお願いします!

寒かった。


お腹が、空いていた。



きっと、このまま死んでしまうのだと思った。




こわかった。





うれしかった。




 それが、私に残る最初の記憶だ。




 (かあさま……)



 ぼんやりと覚えているのは飢えと死の恐怖と少しの希望と冷たい土の感触。冷たい冬の風が肌を刺すけれど、もう少しも動くことができなかったので手で肌を擦ることもできず、お腹は小さな悲鳴を立てる事すらとうに忘れ、ただただ、寒く、気持ちが悪かった。


私は、母といわゆる貧民街の隅に家を借り二人で暮らしていた。母は毎日裁縫の内職や市場の手伝いなんかで忙しそうにしていたが、苦しい生活の中でも母はいつも笑顔だった。「生きてさえいればなんとかなるものよ」というのは母の口癖だ。私はそんな母のことが大好きだった。いつもお腹は空いていたし纏う衣はぼろばかりだったけれど母と一緒ならそれなりに幸せで、それでよかった。

それなのに、母は風邪をこじらせてあっという間に死んでしまった。現実を受け止められないまま母の亡骸は貧民街の大人たちによってどこかへ埋葬され、私は家を追い出された。

親を亡くした子が行き場を失い死んでいくなどこの街ではあまりにもよくあることで、そんなよくあることに憐れみ手を差し伸べられるような余裕など誰にもなかった。


(どうしてわたしをおいていってしまったの、かあさま……)


もう枯れて久しいと思っていた涙が、これが最後だというように一粒頬を流れていく。


私には母だけだった。ずっと母とふたりきりで生きてきて頼れる親戚などもなく、父のことは知らない。

ごくたまに貧民街では見る事がないようなきらきらとした衣を纏った男がいくばくかの食べ物やお金を持って母を訪ねてきていたが、母は彼のことを「親切な方」としか言わなかった。名前も母との関係もどこに住んでいるのかも、決して教えてくれることはなかった。

母を亡くし家を追い出されてすぐ彼の顔がよぎったが、なにひとつ彼の手掛かりを持っていなかった私には頼る事などとてもできなかった。


頼る大人のいないまだ五つにも満たない子供が一人で生きていく術を持つわけもない。これ以上ない程頼りない身の私は、母を想いながら冷たい土の上でただじっと死の訪れを待つしかできなかった。

 本能的な恐怖感はあったけれど、それでも私はこれ以上お腹が空くことなく、優しい母のもとに行けるのならばこんな嬉しいことはないと、そう思っていた。



 (かあさま、  も、かあさまのところに……)



そうして私は、もうほとんど見えていない目を閉じたのだった。







 それから、季節が三度ほど巡って。


 「おなか、すいたなあ……」


 くう、と切なげな音を出すお腹を擦りながら、私は大きな楠に登りぼんやりと遠くに見える都を眺めていた。

あの時死の淵にいた薄汚れた幼女は、奇跡なのかなんなのか通りすがりの尼僧に拾われ、都から離れた山中の尼寺にて今もこうして元気に、そしてあの頃よりましだけれどだいたいお腹を空かせながら生き延びている。


「今日のばんごはん、なんだろ……」


なんだろう、と考えてもきっとどうせいつも通り雑穀の粥と野菜の煮物か漬物だろう。歴史ばかり重ねた山寺に十分な食料もお金もあるはずなく、まして俗世から離れ清貧を掲げる場所だ。お腹いっぱい美味しいものを食べる、など夢のまた夢である。

しかし、飢えで死にかけた身としては一日一、二食は確実に食べられる今の環境は素晴らしいものだと思ってもいた。お腹いっぱい美味しいものを食べてみたくはあるけれど。





 「猫!猫はどこにいますか!?」

 「はあい、ここに」


 空腹から逃れるように空を飛ぶ鳥や、遠くの山々を眺めていると、不意にしわがれた声が私を呼んだ。


 「まあ、またそんなところに!」

 「なんでしょうか?繕い物ですか?薪集めですか?」


 叱られの気配を察知して話を逸らしつつ、するするとそれまでいた木の上から降りる。ぴょんと地面に降り立てば世話役の尼僧が呆れ顔をしていた。


 「高い所が好きできままで、おまえは本当に猫のようですね。……ではなく、お客様ですよ。その頬の泥を落として早くいらっしゃい」


 つんと私の頬を指すと、尼僧は足早に元来た道を戻って行く。


 はて、こんな山奥の小さな尼寺(しかも身寄りのない子供ばかりいる)にお客様…?どんな物好きか、はたまた都合のいい働き手探しか……。ううん、後者の可能性がありすぎる……。いやだなあ、噂で聞く限りそういう目的で貰われていった子はご飯もろくにもらえずこき使われるらしいから、なんとか回避したいな……。まあ私達に拒否権なんてないのだけれど。

でも種をまく春でも、草を刈る夏でも、収穫の秋でもなく今は冬の走りだ。こんな時期に食い扶持を増やすのはおかしいな……?


 うんうん考えながらきしむ廊下を抜けて広間へ行くと、寺の子供たちや尼僧たちがずらりとみんな揃っていた。

子供たちは皆なにかに怯えたような神妙な顔をしているし、反面尼僧たちは緊張の中にも嬉しさを滲ませている。しかし、そんな不可思議なちぐはぐさよりも、私は上座に座る“お客様”に目を奪われていた。



 きれいな、ひとだった



 手入れの道具ひとつなく、そうする理由もないここではでんぐり返っても見ないような黒く長いつややかな髪。その真黒く染めた絹のような髪を涼やかな氷重ねの衣に流した女性が、ひやりとするような切れ長の目を伏せて座っていた。よく見れば目元や口元に皺を刻んでいたが、それすらも美しい。

 まるで、冬の女神のようなその人から、私は目を逸らすことができなかった。


 (なんて、美しいお方……)


 呆然と立ち尽くす私を、横から出てきた手がぐいと引いて座らせる。


 「猫!なに突っ立ってるの!お客様に失礼よ!」


 手を引いて小声で私を叱責したのはよく見知った少女で。

 比較的年長の彼女は私とは違ってしっかり者で、子供たちのお目付け役のような立場だ。


 「ね、ね、あのお方は?」

 「静かになさいな。……養女を探しに来られたんですって。こんな山奥の寺に、おかしなことよね。それに見たでしょうあのお姿……まるで雪女だわ。きっと取って食われてしまうのよ」


 好奇心に目を輝かせる私に、彼女は眉をひそめながら小さな声でそう教えてくれる。その声は怯えに少し震えていた。



 養女……。あんな高貴そうな方ならもっといい子を選び放題だろうに、こんな山寺にやってくるだなんて不思議なこと。本当に雪女なのかしら。だとしてもあんなうつくしいお方に食べられるならそれはそれでしあわせかも。




 「……奥様、うちにおります子はこれで全てでございます」


 私が座ったことを確認して、この寺で一番えらい大婆様がお客様に向き直ってそう言った。お客様はそれを聞くとひとつゆっくりと瞬きをして、私達を見る。

先程お目付け役の少女が言ったように、みんなはどうやらお客様に恐れを抱いているようだった。みんなこぞって目を逸らしたり、俯いたりしている。その中で、私だけはやっぱりその姿から目を離せない。だってそうでしょう?もうあんなうつくしいお方を見る事なんてできないんだから。多少失礼だろうと、本当に雪女だとしても、見なければ損だもの。

いつ終わるともしれない人生、悔いのないように生きないとね。


一度死の淵に立った影響か生来の気質か、私はどうにも思い切りがいいというか怖いもの知らず(尼僧や寺の子供たち談)だった。



 そのとき、ばちりと目が合った。



 こちらを射抜くような涼やかな目が、じっと、私を見ていた。


 その、美しかったことといったら。


 興奮なのかなんなのか、頬にかっと熱が集まるのを感じた……ところで、「くぅ」と気の抜けた音がしんと静まった広間にまぬけに響く。

はたしてなんの音が理解した途端、私の顔はさっきとは比べ物にならないくらい熱くなった。私のお腹にとって美しいとかそうじゃないとかは問題ではないようだ。


 「ふ」


 お客様がたおやかな動作でもって袖で顔を覆う。


 どうか彼女のお耳に入りませんようにと祈ったが、祈りむなしくどうやらばっちりと聞かれてしまったようだ。傍らに控えている世話役の尼僧が渋い顔で頭を抱えている。


 (わ、笑われた!笑われてしまった!あんなすてきなお方に!もおお私のお腹ってば……!)


悔やんでも悔やみきれず、いっそ穴を掘って埋まってしまいたい気持ちでいっぱいの私に、ひどく愉快そうな声が降ってきた。


 「決めました。あの子を貰い受けようと思うのですが、いかがでしょう」

 「え?お、奥様、本当によろしいのでしょうか?」

 「ええ、あの子がいいのです」


 慌てたような尼僧の声を遮って、お客様はきっぱりとそう言った。


 私を、やわらかく見つめたまま



 「…………え?」



そうして私は、かのうつくしい冬の女神さまにもらわれていくこととなったのだ。

 


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