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 誰しもが無謀だと思っていたドーム公演。その憧れのステージへ立てることに、メンバーの感慨もひとしおである。

 少し褪せた半紙を掲げる香月のどや顔。呆れながらも良光が負けを認めた。

――ドームでライブをする

「叶ってよかったな」

 良光の言葉に、香月は満面の笑み。

 客席を用意するため、大勢のスタッフが忙しなく動き回っている。ステージを見れば、大きな舞台セットを組む技術チームの姿。その後ろではモニターの用意が行われている。

 柏手を打つ。どう反響しているのかも定かではないほどの巨大な構造物に、さすがの良光も緊張して胃が痛くなってくる。

 普段通りのライブ。それを心掛けたとて、あまりにも大きすぎる会場と多すぎる観客に、誰もが平常心ではいられない。

 いつもは反応を返してくれる観客も、席が遠すぎてよくわからない。凌は一人ぼっちで歌っているような錯覚に、寂しさを覚えて井戸を捕まえた。

 大勢の人がいるが遠すぎてよく見えず。段々目がちかちかして酔いそうになっていた井戸は、捕まえてくる凌に邪魔をされながら手元を見て気を散らす。後ろに感じる気配に、少しだけ、ほんの少しだけ落ち着くことができた。

 ドラムセットはステージ上の中でも一段高いところにある。前列にいる三人の光景を眺めながらドラムを叩いていた越智が、左右に目をやる。横の二人が、自分越しに目線を交わすため、左右どちらを見ても目が合ってしまうのだ。相変わらず、相変わらずすぎる人たちに、何も変わらなさが越智を安心させてくれる。

 アイドルになりたかった夢を諦めたみどりは、こんな大きなステージに自分が立っていることがまだ信じられなかった。それが現実であることに、そのきっかけを与えてくれた夫を見て微笑む。

 珍しくニコニコ笑っている香月は、衣装も相まって妖精かのよう。そんな彼が、アルバムで新しく披露した楽器を持ち出してきた。

 チェーンソーはノコギリを高速回転させることで、物質を切る電動工具だ。それを応用して、電気信号をノコギリに流し、切る物体にも電気信号を流すことで、それが触れたり遮断されたりすることで音を奏でる。ミュージックビデオの時は、ただチェーンソーをぶん回しているだけに見えて、批判が殺到する要因にもなった。それなのに、懲りてない。

 本編終了後、走ってきたスタッフが少しの休憩時間に手際よく設営していく。

 グラスハープのようなものと水琴窟を合わせたようなもの。そんな説明を受けたが、みんなさっぱり理解できず。

 特殊素材でできた布がステージ上に置かれ、水が張られる。ぴょんぴょんと香月が飛び跳ねるたびに音が鳴り、それが空気で膨らんだ大きな球体上の会場へ響き、観客という障害によって音が屈曲することでリハーサルとはまた違ったメロディが作られている。

 よく、凌は世間から人並外れた美貌だとか、人外じみていると言われることがある。だが、凌から同族特有の顔の濃さしか感じたことがない良光には、世間からの評され方がピンとこず。そんな良光からしたら、よほど香月の存在の方が人外じみているとすら思っていた。くるっと振り返って微笑みを浮かべた姿は、水面に立っているのもあって、人間辞めたなとすら。

 楽しそうなメンバーたち。袖で見守ってくれているスタッフたち。歓声を届けてくれる観客たち。その充足感に満ちた顔は、ずっと準備に奔走していた良光から胃痛と緊張を取り除いてくれた。

 イヤモニを外した凌は、地鳴りのような歓声と拍手に感極まりそうになって、一礼する。自分がこれから生きていく上で、大切な何かをもらえた気がした。


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