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数日休養した後、良光は復帰し、取材に合流した。
自分が苦手とするテレビの撮影。特に若いグループと一緒にさせられると、凌はどうしていいかわらず。
お笑いタレントの山田と女優の斎藤が司会を務める番組は、時間帯もあって若者の視聴率もいい。それだけにアイドルの出演も頻繁で、今日はオーディションを勝ち抜いて結成されたばかりの1Osの十人がいる。そのほかには、デビュー十五年目を迎えたバンド・リランの四人もいて、始まるのを待っていた。
スタジオに流れる空気が一瞬で変わった。スタジオに入ってきただけでわかる人たちに、若い子たちが息を呑み恍然としている様を山田は目の当たりにする。
若い子たちはすっかり場に飲まれたのか調子を崩していて、山田はリランの四人に救援信号を送る。
「いや、今日若い子たちと一緒と聞いて、どうなることかと心配したけど、タブラ・ロサも一緒と聞いてほっとしたよ」
「ですか? ああ、のいさんは俺と年近いですもんね?」
ベーシスト同士でもある人に、良光が気軽に応じる。
「でも、なんかちょっと若返りましたよね?」
「多分、血液全部入れ替えたからですかねぇ」
呑気な良光の答えに、山田は触れていいんだと気が楽になる。
「全部入れ替えたんですか? ほんと、助かってよかったですね」
「ええ、もう全部。たまたま血液縫合がうまい心臓外科の先生がいなかったら、どうなってたことか」
「死んでました?」
「ええ、たぶん。包丁抜いていたら、五分で絶命していたって。俺、運だけはいいんですよ」
あっけらかんとしている良光に、リランのリーダーであるサチイは絶句してしまう。
「相変わらず、ぶっ飛んでる。いや、なんか段々年を取ったり、家族ができたり、守るものが増えたりすれば……守りに入りたくなるものなんですけど……なんというか、我々もまだまだ頑張んなきゃダメですね」
音楽センスが、日本から逸脱しているだけではない。やることなすこと、日本の規格に収まりきっていないのだ。未成年時の素行が問題になったかと思えば、メンバー間で殺傷事件。そんなことがあっても、しれっと戻ってきて、挙句ドームでの公演をするという。業界内で、ちょっと飛んでるバンドと評されて、迂闊には手出しができない〈触らぬ神〉扱いすらされている。
見れば、その雰囲気に圧倒され若い子たちが委縮してしまっている。サチイにもその気持ちが少なからず理解できた。
「そういえば、1Osのリーダーの成迫くんと香月さん凌さんは同い年でいらっしゃるとか」
急に指名された成迫はびっくと肩をすくめ、視線を明後日の方向に向けながら首を縦に振る。
「凌さん香月さんから何か質問したいことはあります?」
「今でも共同生活していらっしゃるんですか?」
成迫は、凌からの質問に無言でうなずいてしまったことに、怯えてマイクを掴む。
「ええ、オーディションで選ばれたのもあって、お互いに知らないこともあるので。グループとしてやっていくためには、同じ場所で寝起きした方がグルーブ感も出やすいんじゃないかと」
「ああ、だからか」
その言葉に、井戸は自分がなぜ違和感を抱かなかったのかとすとんと腑に落ちる。
「何がだからなんでしょうか」
「あ、いえ。ぼくも、香月くんとは三年ほど同居していたので。彼が出す、どんな音にも何の違和感もなく接せられた理由がわかって、ちょっとすっきりしました」
山田に返答しながら、井戸は晴れ晴れとした笑みを見せていた。
井戸の納得した様子に、収録終わってからもぐるぐる考えていた凌がようやく答えに行き着く。
「ああ、そうか。俺も最近、香月と同居していたのと、八年の積み重ねもあって、ようやくかみ合うようになってきたのか」
香月がどんな演奏していようが、それでも歌えるようになってきていることに疑問を感じていた凌も納得する。
ここ最近、凌は以前にもまして格段に上達していた。そういうことだったのかと得心した良光は、もっと早く一緒に同居させておけばよかったのかと考えかけて、首を横に振る。
これでよかったのだ。色んな経験を経て、今がある。どんどん上達していく凌に、良光は児玉と生田に向かって、確認するようにうなずく。
「今までよく頑張ったな、凌」
え? 聞き返した凌は、穏やかな顔をする良光に不安を抱く。
「何? どうしたんだよ」
「生田と児玉と話し合ったんだが、来年以降――」
「やめねぇぞ! 俺は! 解散なんかしねぇからな!」
椅子を蹴り飛ばすほどの勢いで立ち上がった香月に、いとおしくなってきた良光がその頭を抱きしめて撫でまわす。
「そうかそうか。そんなに俺のこと好きか。愛してるぞ、キスしてやるか」
「ば、やめろっての! なんなんだよ! 酔っぱらった凌と同じことしやがって!」
その言い方にちょっとイラっとした凌にまで引っ付かれて、香月が叫んでいる。
「来年以降、テレビに出る数は絞っていこうと思っているんだよ。徐々にだけど……いいかな? もっともっと売れたいって言うなら、俺は頑張るつもりだけど? みんなはどうだ」
楽屋にあったおやつをパリパリかじっていた越智と井戸が顔を上げて、首をひねる。
「別にどうでもいいよ。うちはイネちゃんと共働きだし」
「うちも実穂が働いているし、問題ないよ」
「じゃぁ、いいね? とりあえず七人が食べていけるだけ稼げれば。凌には、かなりの負担だっただろ? こういう仕事」
首がもげるほどの勢いで、凌がうなずく。そんなに性格が明るくもない上に、話が上手い訳でもないのに、バラエティーノリを求められる音楽番組に苦痛を感じていた。とりあえず一生懸命話してみれば、何に笑われたかわからない笑い声が巻き起こる。そんなつもりで言ったんじゃないことに驚かれる。精一杯言ったつもりの冗談は、真に受けられて流される。そんなのばっかりで、泣きたくなるほどテレビ取材が嫌いになっていた凌は、ようやく解放されることに張り詰めていた緊張の糸がほどけていく。