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年末に行われるドーム公演のチケットを売るため、発売されたアルバムの販促のため、メディア露出が加速度的に増していく。その合間には練習や準備があって、全員が忙しくしていた。
十一月に入り、カンを取り戻すためのライブが行われた。事件後、初の公演だ。凌は大勢の観客を前にして歌うことの緊張で、心拍数が上がっていく。
一度ステージからはけた凌は、アンコールの声に着替えて戻ろうとした。物陰で、児玉にもたれかかっていた良光を見つけて、心臓が跳ねる。
「リーダーさん、椅子持ってきましたけど」
「良光、どっか痛むのか?」
腰を抑えながら椅子に座る良光の顔色に、凌の指先が凍える。
「風邪かな? みどりさんが吐いているのがうつっちゃって……あ、すみません。みどりさんに白湯。さっきも吐いてたから」
「できる?」
越智の心配そうな顔に、良光は笑顔でうなずくと、立ち上がって目をつぶり深呼吸。目を開いた時には背筋を伸ばして、迷いが消えたような顔をしていた。
無事に終わった。詰めていた息を吐きだした凌は、ステージ袖で慌ただしく走り回るスタッフの姿に嫌な予感が止まらない。児玉にもたれかかったまま身動きもしない良光の姿に、不安で胸が苦しくなってくる。
「誰か車回してください! 凌くん、こっちは大丈夫なので。何かあれば連絡します」
「ほんと、風邪だと思うから……疲れたろうから帰っていい。児玉、みどりさんも具合悪いみたいだから、お願い」
帰れと拒絶されれば帰るしかない。凌は後ろ髪をひかれる思いで帰宅した。
翌日、招集がかけられ、全員が病室へ集められた。点滴を受け、青白い顔をして横たわる姿はどう見ても大丈夫そうには見えない。
活動休止を強く進言する凌に、賛同したほかのメンバーまでもうなずく。児玉や生田は、どうしたらいいのか悩んでいた。
医者が止めたら、止めよう。そう決めた児玉と生田は、みどりが連れてきた田久保に目をやる。
「先生、良光の容態は? 後遺症ですか?」
「いえ、ストレスとつわりですね。いるんですよ、時折、奥さんのつわりが移っちゃう旦那さん。それで、胃炎を起こしたんでしょうね。まぁ、大ケガした後なのに働きすぎている面もありますが」
よかった。そう呟いた面々は、何の病気だと田久保の言葉に首をかしげる。
「あー……お元気そうで何よりです」
そう言いながら頭を下げてくる香月に、良光が後頭部を叩く。どういうこと? 驚きながらみどりへと、訴えかけるような視線を向けた。
「そういうことらしいのよ」
「……当面、アルバム作るのやめた方がいいんじゃないのか」
香月のぼやきに、苦笑していた越智もうなずく。
「確かに。アルバムづくりの総決算に子供までできてたんじゃ、アルバムをいくら売っても回収しきれないよね」
「そんなつもりはないんだが……みどりは、仕事しても大丈夫でしょうか?」
「ええ、無理しない範囲であれば」
「よかった。ドーム公演は彼女の夢でもあって――」
思いっきり肩を殴られた良光は、なんでと言いながらみどりを見る。
「じゃぁ、気を付けてよね」
「俺だけが悪いのかよ。そもそも、どりちゃんが可愛いのが――」
一応メンバー以外の人――主治医がいる。これ以上、同じ調子でなんか暴露されてはかなわないと、児玉が柏手を打つ。
「まぁ、これだけ元気そうなら問題ないね! 冷や冷やして損しちゃったよ」
児玉のボヤキに、緊張が緩んだのもあって一斉に笑ってしまう。明るい声へと包まれた病室に、良光はみどりと自分の体調不良の原因がわかったのもあって、和らいだ胃痛に笑い声をあげた。。