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音楽番組やトーク番組の多さに、凌が段々無口になっている。そのことを気にかけながら、良光は自分が喋るようにしていた。
今日も、苦手なトークメインの音楽番組。凌はすでにそっぽを向いている。
「本日のゲストは、タブラ・ロサの方々です」
司会の松戸に会釈した良光は、人当たりのいい笑みを浮かべる。
前列には、良光と凌、香月が。後列にはみどり、井戸、越智がいた。向かい合うような形で、司会の松戸と女性アシスタントでモデルの杏菜が座っている。
「こうして、横から見ると、やはり親戚同士似てらっしゃるもんなんですね?」
「神代って顔、濃いんですよ。背丈もあるし」
「そうなんですか? お怪我の方は? もう?」
杖を足元に横たえた良光が、笑顔で応じる。
「ええ、もうすっかり」
「こんなこと訊いていいのかは迷いますけど、怪我された時、ご家族の方心配されませんでしたか?」
「みどりさんは心配してくれましたけど。母親は付き添いの間中、横でゲラゲラ笑ってましたよ」
「どうして、また」
顔を曇らせる松戸に、良光が笑いながら横を手に払う。
「どこのワイドショー見ても、俺が人気ロックバンドのリーダーとか報道されて、あの口元だけの再現ブイとかまで作られてたのが、相当おかしかったらしくて。いまだにからかわれます」
思わず笑ってしまった松戸が、スタッフのカンペを見ながらブイ振りをする。
三分ほどにまとめられた紹介映像が流れ、
「全体的になんですけど……あの映像に文句言われたりは?」
松戸が当たり障りのない感想を訊く。
「しますね。不謹慎だって抗議の電話はかなり来ました。被害者に悪いと思わないのかって言われますけど、俺が被害者ですけど何かって言うと黙っちゃいますね」」
ある意味最強のカードに、良光は笑いながら混ぜっ返していた。
「ケガの度合いが相当重かったんですよね?」
「ええ、ある意味俺くらいでしょうね? 生きている間に、速報で死亡って出された人間。医者も、何で助かったのかよくわからないって。ま、殺人罪にならずによかったですよね」
「そういうのでも起訴されないんですか?」
一瞬固まった空気に、失言したと気づいたのか杏菜が口を押えた。
「ええ、まぁね。検察官に無茶苦茶電話しましたからね。さっさと釈放しろって。一時間に一回ペース?」
「うわ、迷惑」
「ねぇ? 最終的に、検察官にもういい加減にしてくださいって怒られました」
うわ、迷惑。二回同じことを呟いた松戸は、笑いながら他のメンバーを見やる。
「皆さんは、不安や心配になったりとかは? 特に先生は、刺されているわけじゃないですか?」
「きちんと怒ってくれる方がいれば安心だと思っていましたし、それよりも早く音を出したくてうずうずしていました」
「他の……香月さんは?」
「特に何も」
「越智さんも?」
頷く越智に、松戸は明後日の方向を見ている凌に話を振る。
「謹慎中、何をされていましたか?」
「おばさん……良光の母親に言われて、町内会の掃除とか……家の片付け、猫の世話……あと、良光の妹の旦那さんのワイン農園の手伝いとか……おじさん……良光の父親のお仕事のお手伝いとか」
「もう総出で構われている絵が浮かびますよね。今おいくつなんでしたっけ?」
指折り数えながらこてんと首を傾げる姿が可愛い。一瞬惑いかけた松戸は、これかと恐るべしと唸る。
「もうすぐ二十七です」
「そんなに若いんですっけ? 確か、高校生の頃から、良光さんと暮らしてて?」
「ええ、十七の時から。デビューした頃に家は出たんですけど……ちょくちょく何度か戻ってきてはいて、今もだよな?」
頷きながら、凌は若干拗ねたような顔。
「不動産屋さんから、報道陣のことで苦情が来ているし、犯罪者には貸せないからって追い出されちゃったらしくて。俺もしばらく実家に戻っていたので」
「被害者と加害者が同じ家なんて元も子もない!」
ですよね、と笑う良光に、松戸が顔をくしゃくしゃにさせて笑う。
「で、今はお二人と?」
「香月も。この人、あのバタバタで家賃四ヶ月も払い忘れていたとかで。電話も無視していたら、鍵換えられちゃって。不動産屋さんと交渉して荷物は回収できたんですけど、ブラックリストに入ったらしくてまだ部屋が借りられないんですよ」
「三人同じ屋根の下」
よほどおかしいのか、松戸が腹を抱えて笑ったまま。その様子に、香月が不満げな顔をする。
「そもそも、歌わせようと思った最初のきっかけはなんだったんですか? やはり美人だったから?」
笑って機能していない松戸に、杏菜が話を本筋に戻そうと試みている。
「上背もあって、神代の血筋のせいで目鼻立ちくっきりしているし、遠くから見ても目立つから看板にはちょうどいいいだろうって思って」
「か、看板。歌じゃなくて? 看板!」
腹を抱えて笑う松戸に、良光も笑いながら頷く。
「ド下手くそでしたしね。うちの母親が、カラオケ連れて行って、あれこれ言ってたらしいっすね」
「週一ペースで、二人で三時間くらいカラオケしてました」
「なるほど、では、その師匠譲りの歌声をお聞きください。どうぞ」
カメラに向かって手を差し伸べるポーズをする杏菜に、良光は足元から杖を取り出して立ち上がった。