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一度、新しく所属するレコード会社と面談を兼ねた打ち合わせが行われることになった。
おしゃれな外観をした高層ビルはまだ真新しい。それを見上げながら、良光がみどりと呑気にも感想を言い合っている。
会議室に招き入れられ、出迎えられるなり頭を下げられたため、一行は驚いて後ずさった。
「今回は、多大なるご迷惑をおかけいたしまして申し訳ありませんでした」
「い、いや、そんな。さ、刺したのはあの人ですし」
「二十七年前に、事態を隠ぺいしたのはわが社です。そのせいで、今回このような事態をまねきまして……何とお詫びすればよいのか」
平身低頭謝られるとどうしていいのかわからない。良光は、あたふあたとしてしまう。
席に着いた後、これからどうするかの話し合いが始まる。良光は、受け取った名刺たちを左右にいる人たちへと回していた。
「ディレクターの小池と、マネジメント部門の園田です」
「お、ぴったりな名前っすね。よろしくお願いします」
髪の毛を明るい茶髪にした方が小池というらしかった。もう一人の園田も、いかにも業界人っぽい私服をまとった若い男性である。
「ケガ……重いんですか?」
「死にかけたんで、まぁ重いっちゃ重いんですかね? まだ足元が覚束ないんで、車いすですけど問題はないですよ」
予想していたよりも深刻そうな怪我に、流石のコンソノも心配が募る。
「で、ですね……ODEさんの方と協議しまして……」
園田が、生田の方を見ながら確認するように頷く。
「ODEさんの方で、これまでのベストアルバムを発売して、こちらはトリビュートアルバムを出します。その後、十二月十二日にアルバム、出せますか?」
思いもかけない提案に、良光は参加者の候補だというリストをもらった。
「あいつが言ったのマジでやるんですか……かまいませんけど」
契約書を受け取った良光が、目を通していく。事前に詰めたものと変更もなく、契約を交わすためにサインをした。
「で、なんですけど……年末にライブできますかね?」
それを目標とすれば、がんばれるかもしれない。良光は、小池の確認にも頷いた。
「今、どこのライブハウスでやろうかって話をしているんです」
「十二月三十日を抑えてあります」
「お、マジっすか? どこですか?」
まだ時間があるとはいえ、大きな場所を借りるにはなかなか難しい日程。良光はありがたい申し出だと、前のめりになる。
「東京ドームです。バイソン事務所の方で問題があって、キャンセルするというので、かっさらいました」
「あー、バイソン事務所も大変っすよね」
年末二日間をバイソン事務所が締めるのは毎年恒例である。だが、今年はやるはずだった候補生だけのイベントが、不祥事で頓挫しかけていた。そのことをみどりが毎日残念がっているため、良光は耳にタコができるほどには覚えている。
「で、あそこホールキャパ……あ? え? ん?」
どこと言ったのだろうか。会社の重役である坂井が言ったらしい発言を振り返る。良光は首を傾げた。
「五万から五万千人ですね」
「……えっと、すみません……どこでやるって言いました?」
「東京ドームですけど」
「あ、聞き間違えじゃなかったんですね。なら大丈夫です」
ほかのメンバーの顔を見た良光は、絶句して言葉が出てこないため、ただ首を横へ傾げるように振ってみせた。
「そのくらい派手に復活した方がいいかと思いまして。当社からできる最大限のお詫びです」
今、人気絶頂にいるバンドのリーダーである人を、再起不能にしかねなかったのだ。コンソノが支払う賠償金や背負う損害はいかほどになるか、考えただけでも恐ろしく。ならいっそ、赤字になろうともドームでやらせてしまった方が、いくらか回収できるだろうと目論んだ。何より、ネームバリューを上げておけば、おいおい回収できるかもしれないと打算も働いた。
「なるほど」
暫く固まっていた八人は、坂井の呼ぶ声に現実へ引き戻される。
「まじか」
とんでもないところでの復帰に、良光は傷より胃が痛かった。
「その前に、いくつかライブしてもいいでしょうか? 勘が鈍ってて」
「もちろんです」
「なら大丈夫です」
横からつついてくる凌と香月の手を払った良光は、大丈夫だと強く言い放つことで、自分を鼓舞する。