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 思った以上に、予後が芳しくないらしい。もう二度と、起き上がることすら難しいだろうという診断に、誰もが言葉を失う。

 泣きそうな顔をして俯きながら歩いていた凌は、誰かとぶつかって転びそうになる。

「あ、坂本先生! 大変なんです! 神代さんがいなくて! 車いすもないので、誰かが連れ出したみたいなんです」

「え? え! あ、探そう!」

 慌てた様子の看護師に、その場にいた人も総出で院内中を探し回る。

 それでも見つからない良光に、坂本が警察へと通報した。

「消えたのは、大人なんですよね?」

「ええ、でも寝たきりの患者で動けるはずないんです。本人に告知がまだだったので、廊下で話しをしていたのが聴こえてショックを受けて、誰かに連れ出してもらったかもしれないですし」

「自殺する可能性があるってことですね?」

 頷く坂本に、警察官が本部に無線で連絡を入れる。

 徐々に集まりだした警察官に、みどりは泣きそうだった。彩香にはそっと抱きしめて肩を摩ることくらいしかできない。

「この馬鹿! 早くしろよ」

「おー、中川。どうした」

 警察官同士の日常的な会話が、少しばかり現実に引き戻してくれてホッとする。

「いや、警邏中に本部から連絡受けて駆け付ける途中で、こいつがトイレ行きたいとか言い出してさ」

 笑いそうになった警察官は、張り詰めた空気に口を引き結ぶ。

「連れ去られた被害者は?」

「それがタブラ・ロサの人で、全身まひなのを知って、誰かに連れ出してもらったらしくて」

 何故か不思議そうな顔をする中川に、答えた警察官も不思議そうな顔をする。

「どうかしたのか?」

「いや、不思議なこともあるもんだなって。こいつ、トイレでよったコンビニでタブラ・ロサの人見つけて、握手してもらおうとしててさ」

「は? え、誰と会ったんだ?」

「あの刺された人。なんか、記者っぽい人とアイス食べててさ」

 全員がその場で固まったことに、中川の方が慄いた。

「あれー? なんかあったのか? あ、小柴さん、ありがと。車いすって、動かすの難しいもんだね」

「いやいや、取材に来たついでだもの。にしてもなんかあったのかね?」

 コンビニの袋をがさがささせた良光が、不思議そうな顔をして施設の玄関を入ってくる。車いすを押していたのは、顔見知りでもある音楽雑誌の編集者だった。

「え、小柴さん? なんでここに」

「お見舞いがてら取材に来たら、そこで良光さんと会ってさ。なんかあったの?」

 なんかって……児玉は絶句したまま小柴を見つめるしかない。

「あれ、どりちゃん、どうしたの。アイス食べる? ねー、どうしたの? 顔見せて? 俺のこと嫌いになっちゃった? やだな、それは……ね? 可愛い顔見せてよ」

「……ていうか、あの人、あれ元々からじゃね?」

 ぽつりと呟く香月に、井戸が笑いながら良光を指さす。

「いやいや、まさか! 医者が、後遺症かどうかくらい……え、まさか、あれですか?」

「え、あれ、元からなんですか!」

「むしろ、いつもよりかはマシ」

 てっきり後遺症だと。実は、坂本はファンクラブにこそ入っていないが、ライブに何度か足を運んだことがあって、テレビに出ていれば欠かさず録画して後で見てもいるほどにはファンだったりする。そんな彼からしたら、タブラ・ロサのリーダっていうだけで、もう色んなイメージが出来上がってしまっていた。だからか、あれが平常運転であることに、ただただ驚くばかり。

 頭を叩かれた良光は、怒りで肩を震わせる母親を見上げる。

「何しやがんだくそババア!」

「皆、あんたが死ぬんじゃないかって探してたのよ! 警察まで呼んで」

「はぁ? なんで! 死にかけて助かったのに、バカじゃねぇのか!」

 あれもいつものこと。児玉の補足に、坂本は呆けたまま頷いていた。

「全身に麻痺が残ってるって聞いて、死ぬんじゃないかって」

「誰が? え? 俺? 知らなかった。悪い」

 気が抜けた彩香は、息子からコンビニの袋を奪い取って警察官に配りながら平謝り。恥ずかしさと申し訳なさで、穴を掘ってしまいたくなる。

「って、じゃなくて! え! 良光。動けるのか?」

「え? 何が?」

 何も言わない生田に、むかついた良光は履いていたサンダルを蹴るように飛ばしてぶつけた。

「ゴキブリ並みどころか、ゴキブリ以上の生命力だな。殺しても死なないんじゃないか」

 呆れる香月に、皆で苦笑しながら頷くしかない。



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