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騒動が大きくなるにしたがって、中西サイドより親子が再会する機会を作りたいという申し出があった。
その連絡に、良光は凌と相談して了承することを決めた。
ただ、凌の精神状況を鑑みて第三者がいた方がいいことは明白であるため、良光も同席することを条件とした。
何を思ったのか、中西サイドは生放送される情報番組内での面会を希望してきた。
感動のシーンを撮って売名に使おうとするあさましさに、良光は申し出を突っぱねる気でいた。
だが、レコード会社がそれを許さず。新譜発売後とあって、プロモーション活動にもなると勝手に受諾してしまったのだ。
何より、視聴率が取れそうだと民放各社が放送に名乗りを上げてもいた。その中で、日日テレビが週末の夕方放送である報道番組まるごとを提供する約束をして枠レースに勝った。
どうにもならない状況に、良光はメンバーを含めての面会を希望し、中西側も夫の田沢が同席することを条件として了承した。
日日テレビアナウンサーの黒沢が司会進行役となり、二人が再会する番組ははじまった。
「驚いたな。妻に面差しが似ていて綺麗だ」
確かに中西と凌は、横に並ぶと親子だとわかるほどに面立ちが似ていた。
「ああ、凌……顔をよく見せて。大きくなったわね」
慈母のような微笑みを浮かべて手を伸ばしてくる中西の醜悪さに、凌はその手を払いのけた。
「その前に、俺の親父になんか言うことないんですか」
「皆誤解しているのよ。私は彼と愛し合っていたの。だから、貴方が生まれたんですもの」
「は? じゃぁ田沢さんとは愛し合ってなかったから、子供いないんですね」
「こればかりは神様からの授かりものね。子供はいないけど、私は倫示を愛しているの」
理解してもらえないことだろうと言いながら、中西が諭すように言う。
「その上っ面仮面脱げよ。気持ち悪い」
言葉を吐き捨てた越智は、怒りに満ちた顔をしていた。
普段、越智は温厚そのもので滅多に怒ることもない。そんな人が怒りで顔を歪めているのだ。あまりの恐ろしさに、メンバーも何事かと驚かされた。
「何よ、貴方。凌、お友達は考えなくちゃダメね?」
席を立った越智が、手にしていた封筒から紙の束を取り出して中西へと叩きつける。
それを拾い上げて、めくった中西の顔がみるみる間に真っ青になっていく。
「凌と香月の報道され方があまりにも変で、マネージャーや周りのスタッフからも苦情が来てたんで調べたんだ」
「ああ、あの奇怪な聞き込みか。俺も友人から苦情受けた」
さして興味もなく忘れていた香月が、それを聞いて思い出す。
「奇怪な聞き込み、って俺になんで言わんかった」
「忘れてた」
あっさりとしたいらえに、良光ががっくりと肩を落とす。
「で、どういうこと?」
「訪ねてきた記者から、いくらでも金出すから、メンバーの情報を教えろって。断ったら脅しみたいな電話をもらって怖かったと……あまりにも腹が立って、週刊誌訊ねて、こっちも父親が知っている人にイタリアンマフィアがいるって言ったら、色々と教えてくれて」
「い、いいのか。そんな消防署の方論理で」
間違っていないが、間違ってはいる。良光は、時々大胆なことをする越智にドキドキさせられっぱなしだった。
「知ってはいるんだから間違いないだろ? 苦情を受けた人たちから受けた苦情をつきつけたら……ある筋から頼まれたって、白状したよ。さすがに相手は名乗らなかったらしいが、一度だけ顔を合わせたことがあったらしくて」
編集部も想定外だったのだろう。ネタ元にしようとしていた良光の昔なじみの何人かはスタッフとしてツアーに帯同している。凌と香月が通っていた最初の高校で同級生だった人と、香月はいまだに会ってもいる。そんな風に今も繋がっているとは予想もしていなかったのだろう。
編集部は、電話したときの内容が録音されたものとイタリアンマフィアの名前ですっかり怖気づいたらしく――。
「その時、見た顔を似顔絵にしてくれたから、凌くんの母親を調べてくれた興信所に依頼してあったんだけど…もう必要もないな。これ、あの人だもんな?」。
その似顔絵は、今日中西が連れてきた付き人にそっくりだった。
「あんた編集部に資金提供したんだろ? いつから気づいていたんだ」
「そ、それは、最近テレビで見て」
ポケットに忍ばせていた折り畳みのナイフ。おもむろに取り出した凌は、その切っ先を中西へと向けた。
「いつから気づいてたんだよ」
「あ、あなたが高校生の頃にインタビューを受けていたのを見たの。す、すぐに気づいたわ」
凌が高校三年生の時に、テーマパークで受けたインタビューは芸能関係者だけではない、中西も見ていた。一目見て、自分の息子ではないかと疑った。それは、デビュー時の名前を見て確信へと変わる。
「ま、まさか、こんなに売れるとは思わなかったのよ。消えていけば、会うこともないだろうって」
自分にとって目障りな息子が、世間にそうと知られる前に消えてしまえばいいと願った。なのに、バンドは予想を裏切って売れ続けた。不祥事を起こしたことを好機とみて、懸念材料を消すために中西は燃料をくべていただけである。
「ゴミがどんなに着飾ってもゴミクズだな」
香月は、とんでもなく最低な人間に唾棄するような視線を向ける。
「私だけが悪いんじゃないわ。私は子供を産んだだけよ。引き取りを申し出たのは、そっちじゃないの」
開き直る中西に、凌の瞳が揺れた。
「何よ。私のこと手放しがたくて、息子のこと無視したのは貴方のお祖父さんじゃないの。貴方のお祖母さんだって、忙しくて息子の話をろくに聞きもしなかった。どうして、私だけが責められるのよ」
「結果に責任持てないやつがほざくな。あんたにはどうせなんも残らん。知らないんだろ、旦那のこと」
本当に自分が何をしでかしたのかわかっていない様子の中西が哀れになってくる。良光は田沢へと目をやった。
「どういうこと? あなた」
目を逸らす田沢に、中西は舌打ちした。この会を企画したのは田沢である。感動的な親子の再会を果たせば、今までの印象を払拭できるかもしれないと持ち掛けてきたのだ。
「お願いだから、親父に謝ってくれ」
「いーや! 何で謝るのよ。ほんと、色々なトラブル招く呪われた子ね。あんたが生まれたせいで、皆が不幸になったのよ。自分が死んで詫びたらどうよ。私の責任しないで頂戴」
「刺すぞ」
「どーせ、刺せないくせに。貴方のおじいさんも口ばっかりの人間でうんざりだったわ。何よ、その眼。刺せるもんなら刺してみなさいよ。殺す勇気もないくせに」
震えるナイフの切っ先に、中西が嫣然とほほ笑んで見せる。