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新年明けて、今年のことが話し合われることになった。
報告を受けたメンバーと児玉は、呆れながら良光とみどりを見る。
「アルバム作るたびに、子供出来てたら際限ねーだろ」
ぼそっと呟く香月に、児玉も苦笑いを浮かべた。
「いや、でも……二年おきにコンスタントに作成してて、うらやましい限りではあるけども、またみどりさんはツアー参加できなくなるのか」
児玉の言う通り、みどりはここ数年育児もあって参加できずにいた。若干申し訳なく思いながらも、良光はそうなるなと肯定した。
「シングルのタイトル、Live free or dieでいいか」
「いいけど、もう少し早め早めにお願いね」
「降りてくるから仕方ないだろ」
みどりは、もはや諦めていた。香月に何を言っても無駄だと悟りの境地に達する。
今年も地方公演へは帯同できそうもない。みどりは、必要な音源を作って、音響スタッフに渡さねばならなかった。加えて、香月が思い付きで言い出す無理難題にも振り回されていた。
終わらないんじゃないのかと心配されたシングルづくりが無事に終わる。良光は、放心状態の半田に肩を揉んで労をねぎらっていた。
「いやー、今回も半田様様、大明神様のお陰でどうにかなりまして」
「ほんとに! 香月くんに、いい加減さ、土壇場で全部ひっくり返すのだけはやめてってお願いしてくれないかな」
無理だとわかってはいたが、良光は笑いながらわかりましたと請け負っていた。
「良光、これ今年のスケジュール。どうだ? 事務所は」
生田から年間スケジュールを受け取った良光は、それをめくっていく。
「順調だよ。ま、経理兼社長の俺と児玉とみどり以外は社員もいないしな」
「あ、何みどりさんも結局社員にしたんだ」
「そうしないと、保育園入れなかったんだよ」
所属アーティストや経営者にしてしまうと保育園に入りにくいと聞かされて、みどりを事務員として採用し、職業がある状況を作り出すことになったのだ。
「あー、大変だな。保育所問題。事務所の方は三人で大丈夫か?」
「そう。うちは個人事務所。社員は児玉とみどりしかいないんだぜ? なのに、最近やたらと音源が送られてきて、困ってる。児玉養うだけでも、胃がキリキリしてんのに……置けるわけないじゃんね?」
「お前らに憧れてバンド組んだやつだっているだろうしな。来年デビューするやつらも、大ファンだって取材で言いまくって、力業で香月くんとの対談ねじ込んで来てくらいなんだけど?」
「簡単なメロディが多いから、学生が始めるのにはちょうどいいんだろうな?」
他人事のような評し方に、生田はさらに踏み込む。
「後輩と交流持って、プロデュースする気とかはない?」
「ない。俺は三十まで無職だった人間だぞ。偉そうになんか言えた義理か? ファンならファンで、別にどうぞ。俺たち側から何かすることはないから。あ、ライブツアーの日程立案なら専門だから、その相談乗ってほしい奴がいたら、乗ってやるが」
三十を前にして何か形にしなければと焦っていた。それが形になれば諦められると思っていた良光にとって、それが職業にできるとは夢にさえ思っていないことだった。
現状、メンバーと児玉、家族さえ養えれば十分である。
デビューを果たす後進が、いくらファンだと秋波を送っても、タブラ・ロサはノーリアクション。生田にはそれが少しもったいなくもあった。
タブラ・ロサのデビューは、以後の後進バンドに多大な影響を与えていた。
良光の年齢や、他のメンバーの経歴、フロントマンの容姿。それらに影響されて、同じようなバンドを組もうとする人が増えていた。レコード会社も、一度目の成功に味をしめれば、二匹目のどじょうを探す。
それまで年齢ではねられていた人が、レコード会社の方針転換によって、デビューできるようになったのだ。ちょっとした技巧派バンドブームを引き起こしていた。
何より、アイドルバンドと言いながらメンバーの中に夫婦がいるのだ。しかも、一人はリーダーであり、一人はアレンジャーである。かなり衝撃的なことで、センセーショナルなことだった。
夫婦で作詞作曲したものが毎回、アルバムの中に一つ入ることでも知られている。二人の間で完結しとけばいいのにと思うほど可愛くて甘ったるい歌を人に歌わせて、演奏させたことは業界内外でも騒然となったほど。
異例尽くしを地で行きながら、自分たちの世界観を確立しているバンドに、憧れる人も多くいた。