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アルバムは無事に発売され、再スタートは順調な滑り出しを見せた。
久しぶりにハブミュージックにも出られることになっていた。オープニングトークを聞きながら、新しくアシスタントになった波野という女子アナの紹介を聞く。
「それでは、最初に今週アルバム売上一位にもなりましたアクラシアより、スコールをお聴きください」
その紹介で初めて、一位を取ったことに気づいた。声が出そうになった良光は、慌てて口をつぐむ。
雨が降り注ぐ中、歌いあげた凌はぐちゃぐちゃになった足元の泥をすくって香月や井戸に投げつけた。
止めようとした良光が、三人に泥を投げられた腹いせに投げ返し、四人で泥の投げ合いとなる。
スタッフにたしなめられてセットから出された四人は、いったん着替えるために楽屋へ戻ることにした。
楽器の関係で、後ろにいたドラムの越智とキーボードのみどりが、戻ってくるまで席へいることになってしまった。
「タブラ・ロサはいつから男女デュオになったの」
「そうですね。謹慎処分を受けて、じゃぁおっちゃんと二人でってことで」
「これからは、酒場をうたった慕情あふれる演歌を歌うのでよろしくお願いします」
ノリのいい反応に、毛呂も大きな声を上げて笑う。
「bad daysは、タブラ・ロサの話を聞いてどう思ったの?」
「いや、消えるんじゃないかと思って心配はしましたけど」
「何事もなかったように戻ってきてびっくりしました」
ちょろっとした謝罪文を出して、しれっとシングルとアルバムを出してしまう。一切何の弁明もせずに、活動を再開させたことは、ある特定層からは天晴れと笑いと喝采が起きたほど。
「皆は、もう酒は」
「仕事がないので、ずっと飲んでますね。相変わらず凌くんは妖怪酒樽すすりですし……飲み放題で飲みすぎて、何軒かはもう二度とこないでくれって出入り禁止にもなったりしてます」
合間合間のトークを続けながら、越智は毛呂に話を振られては返していた。
「すみません。泥落とすのに手間取りました」
肩より長い髪の毛に絡まった泥は想像以上に落ちにくかった。苦労して泥を落とした凌は、濡れ髪をタオルで抑えていた。
「スタッフさん、泥を投げることまでは想像していなかったみたいで」
「そりゃ、三十半ばのおっさんが投げて遊ぶとは思わないだろ」
「誰が投げたんだっけね」
余計なことをいう香月に、良光は無言で睨む。
「相変わらずお酒飲むんだって?」
「皆さんに色々ご心配とご迷惑をおかけしたことは反省していますけど、酒に罪はないから」
「酒に罪はないけど、飲む二人に罪はあるだろうが」
良光からたしなめられて、凌は香月を見る。
「……だって、香月」
「耳に泥入ってて聞こえねぇ」
タオルで耳をふさぐ香月に、凌は笑いながら自分も耳をふさいだ。
泥がくっついた髪の毛をタオルで拭いつつ、最後のエンディングトークまで凌はタオルを頭にかぶって参加していた。
「あれ、今思い出したんだけどさ。君、中西伊都美に似てるって言われない?」
「え? 誰にですか」
「中西伊都美」
自分を指さしながら首を傾げた凌は、毛呂の言葉に良光へ視線を向けた。
「今まで化粧濃くて気づかなかったけど、すっぴんだと相当似てるよね。伊都美ちゃんに」
「良光のバカ! ふざけんな!」
両手を合わせた良光は、まさかの言葉に苦笑いしか出てこない。