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 今日は学校に行かなくていいらしい。凌は、どこに行くのか不安で彩香を伺い見た。

「三時に予約取れたから、おばさんと電車に乗って少しお出かけしようか」

「……はい」

 どこに連れていかれるのか。聞くに聞けない凌は、小さく頷くしかない。

 家の最寄りの駅から電車で四駅。そこは、良光と凌が働くビジネスホテルがあるターミナル駅だった。

 通いなれた駅の改札を通り抜け、凌はどこかに向かって歩く彩香を見やった。

「メンタルクリニック? 俺なんか、おかしいんですか」

 バイト先のホテルとは反対側。改札から歩いて五分ほどのところにあったメンタルクリニックが目的地のようだった。

「夜、眠りが浅いようだったから。放っておくと、学校行けなくなっちゃうでしょ?」

 あの家に迷惑をかけているのか。自分がまともじゃないのか。どこか狂っているように見えるのか。凌は、猜疑心にさいなまれながら問診票を書き連ねた。

「保健証は?」

 渋々保険証を差し出した凌は、ふてくされながら順番を待つ。

「どうぞ」

 呼びに来た看護師を凌が無視する。彩香は、腕を引っ張って立ち上がらせると、診察室に連れ込んだ。

「はい、今日はどうされましたか?」

「別にどうもしない」

 機嫌が悪そうな少年に、医者は笑顔で頷く。後ろに立つ女性に目を向けた。

「お母さんに連れてこられちゃったか。息子さん、何か心配なことありましたか?」

「あ、いえ、私は……あれ? 凌くん、どういう関係なの?」

「イトコの奥さん」

 生い立ちの情報も一切なかったが、それ以上に続柄も聞いていなかったことに気づく。彩香は、初めて知った続柄に、少しばかり驚いてしまう。

「親御さんは、今日」

「今、うちで預かってて……どうも、夜眠れないみたいで」

「そうですか。環境の変化かな? 親御さんと何かあったかな?」

 そっぽを向く凌は、医者を睨んで背を向けてしまう。彩香は、後ろから回転する椅子を回して前へ向き直させる。

「別に……俺がいつ寝ようが、誰かに迷惑かける訳じゃないだろ」

「朝も、起こしても起きられないことがあって……夜中、眠れずに起きている様子なので……睡眠サイクルが今まで滅茶苦茶だったようで……少し心配なものですから」

 朝七時半までに起きなければ、高校には間に合わなくなる。それなのに、凌は起きようともしないのだ。布団を引っぺがしても、また寝てしまうのは、夜眠らないせいではないのかと彩香は考えていた。

「そうですね……弱い薬を補助的に使って、睡眠サイクルを戻すっていう方法もありますけど」

「高校にちゃんと通ってほしいっていうのもあるんですけど……うーん」

 彩香の意向を受けて引き出しから薬を取り出す医者に、凌はそれを見て首を横に振る。

「それ、全然効かない。寝られたことない」

「飲んだことあるの? こういう病院かかったことあるの?」

 医者からの質問に、凌は黙って首を横に振った。

「父親が、暴れた時と夜興奮して徘徊する時のために医者が処方してくれるから、いっぱいあったし飲んでた」

「の、飲んじゃダメだよ」

 きょとんとした顔する凌に、医者は彩香の方に矛先を変えた。

「これより、もう少し強い薬を出しておきますので、保護者の方で管理して眠る前に飲ませてください」

「わかりました」

 睡眠導入剤ではなく弱い睡眠薬を処方してもらえることになった。彩香は、次の予約を確認し、スケジュール帳に書き留める。

「夜、ちゃんと眠れるようになるといいね?」

「別に……おばさんには迷惑かけてない」

「ちょっと早いけど……良光、今日早番だったから夕飯食べて帰ろうか?」

 連絡を入れた彩香は、息子からの返信に待ち合わせ場所を返す。

 薬局で処方された薬に、凌はまだ釈然としなかった。

「良光、そこまで来てるって……ああ、あれだね」

 背が高いせいで、相変わらず見つけやすい息子に、彩香は駆け寄る。

「おふくろ、凌、どっか具合悪いのか?」

「夜中に寝酒してるのよ。それでも眠れない様子だったから、薬もらったの」

 薬局の袋を心配そうに見つめる息子に説明し、彩香は周囲を見渡す。

「凌くん、何食べたい?」

「焼肉」

「お前には聞いてない」

 焼肉焼肉とうるさい良光に、彩香はそれでいいかと凌に訊ねた。

 肉を焼く間、やたらと騒がしい親子は、トングでつばぜり合いを繰り広げていた。

「はい? こっからここまで私の陣地ですぅ!」

「息子に食べさせてやろうって言う美徳はないのか! くそババア!」

「ない! うっさい!」

 ギャーギャー言い合う二人に思わず笑ってしまう。凌は、その焼けた肉を箸でつまむ。

「あ! おい! そこは俺の陣地だぞ!」

「譲ってあげるっていう美徳はないの?」

「あんたに言われたくねぇ! お前の陣地ここな! 俺が育てる肉食うなよ!」

 トングで網に線を引いた良光が、新しい肉を焼き始めた。


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