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 カウンセリングとレッスンを受けながら、音源づくりにレコーディングスタジオへ行く。それだけで精一杯の重い体に、凌は日がなソファーの上で過ごしていた。

 実家に泊まり込んだ良光は、一切の表情を失くしてしまった凌に戸惑っていた。

 誰かに促されないと動きもしないのだ。彩香と良光に支えられて、かろうじて一日を生きのびているようなもの。

「凌くん、今日は誰か来る?」

「来ない」

 ソファーで固まっていた凌は、玄関から聞こえてきた子供の声に顔を上げた。

「ほら、文ちゃん」

「あ、めーちゃんは!」

 面会日ではあるが、今メリアと会わせるのはリスクが大きすぎる。それもあって、良光が子供だけを連れて来たのだ。

「今日は、良光が送ってきたの。はい、文ちゃん」

 久しぶりに息子を抱きかかえた凌は、泣き叫ばれたことに落ち込んでしまう。

「なんで? なんで……めーちゃんだけじゃなくて、文まで俺を拒むの? 何がいけなかった? わかんないよ。めーちゃんのために、一杯いろんなことやったし……子育てだってやったのに……なんで、めーちゃんがいなくなっちゃったのかな」

 子供を良光に渡した彩香が、縋ろうとする凌の肩を抑え込むようにソファーへ腰かける。

「凌くん? めーちゃんの笑顔はいつ見た?」

 訊かれて、凌は考える。良文が生まれる前から、メリアはよく泣きじゃくっていた。笑顔をいつ見たのか、もう思い出せなかった。そのことに気づいて、愕然とする。

「めーちゃんが困らないように色々してやったし、協力もしたのに……なのに、ずっと泣くんだ」

「めーちゃんの意思をちゃんと聞いてあげていた? 無理やり意見を押し付けなかった?」

「そんなことしてない!」

「答えは待ってあげたのかな? 答えはちゃんと聞いてあげたの?」

 聞いたと言い返そうとした、凌が固まる。振り返ってみれば、確かに自分はろくに答えも待たずに回答をしめ切っていた。

「俺、どうしたらいいの?」

「この状況はよくないのはわかるよね? まずは、凌君が立ち直ろう」

「そうしたら、めーちゃん戻ってくる?」

 何もわかっていない。それが、見返りなく何かをしてもらった経験がないせいだと気づいた彩香は、誰かが諭してやらねばならぬと悟った。

「凌くん、確かにね? おばさん、凌くんの成育環境は大変だったんだろうなって思うよ。でもね? 凌くんは父親なの。愛情やしてあげたことに対して見返りを求めちゃダメよ。与えて与えて与え続けるの。返してもらおうとは思わないのよ」

「甘やかせばいいってこと?」

「甘やかすことと愛することは違うわ。この子が将来困らないように育つことを願うのが愛することなの。愛は与えて与えて、見返りを求めることなく、与え続けるものなのよ。見返りを求めることは間違っているし、してはいけないことなのよ」

 誰からも愛されたことがない凌には、それが難しく聞こえた。

「例えばどうすればいいの?」

「香月くんは、凌くんのためにここまで来て、普段通りに接して何も言わずに帰るよね? じっと凌くんが戻るのを待ち続けている。相手を信頼して、支えようとしている。それも愛なんじゃないかな?」

「くじけそうでも無視しろってこと?」

 香月が何をしてくれたというのか。凌は、眉間へ皺を寄せ渋面を作る。

「手を貸して一緒に歩くのは支えになるかもしれないけど、無理やり引っ張って引きずることとは違う。凌くんは、歩調が合わずに追いつけていない相手のことを、無理やり引きずっているのよ。それは苦しいだけじゃないかな?」

「俺、めーちゃんを苦しめるつもりはないんです」

 これ以上は、はっきり言わねばならないか。彩香が覚悟を決める。

「凌くん、これだけははっきり言っておく。めーちゃんは、もう貴方の家族じゃないの」

「俺は、まだめーちゃんが好きなのに」

「相手にその気持ちがないのに、しつこく追い回すのはストーカーよ。それは、もうただの犯罪でしかない。そんな状況で、凌君を文ちゃんに会わせると思う? 怖いから、無理よ」

 はっきりと突き付けられた凌は、彩香の一言に打ちのめされていた。

「どうやったら、めーちゃんの気持ちが元に戻ってくれるかな」

「そういうのがよくないの。打算から愛情は生まれないの。本当にめーちゃんを思うなら、彼女のために別れてあげて」

「……嫌だ」

「苦しいっていうめーちゃんを縛り付けてまで一緒にいたいの? それは、もう愛情じゃなくて独占欲よ。間違ってる」

 はっきりとした彩香の宣告に、凌は何も言い返せなかった。



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