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ODEは、新会社設立の報告を受けて、一つの決断を下した。凌だけいればいいと思っていたが、意外とうまくまとまっている様子に、そのままの形態で残すことにしたのだ。何より、世間の反応も、同情的なものが増えてきたことも大きかった。父親を介護する中で、非行を止める大人が一切いない状況下であった特殊な成育環境が考慮された結果でもある。
その報告を携えて、新事務所を訪ねた生田は、良光に飛びついた。
「喜べ! ウチとの契約続行だ!」
「ほんとに!」
「ただし、もう一回話し合いを兼ねた面談を行う」
「もちろん。大丈夫か? 凌」
大喜びで抱っこした生田をグルグル回していた良光が、凌に訊く。
うつろな顔をして歌詞を書きなぐっていた凌は、生気の失せた眼差しでぼんやりと虚空を見つめている。
あまりにもひどい状況に、どうにもならないと、良光は児玉と生田と話し合っていた。
再度、話し合いが行われることになって、ODEの会議室へと集う。
「当社の条件は三点。それを守っていただければ、契約は続けます」
指を三本立てる下平に、良光が「おっしゃってください」と覚悟を決めた。
「一点目。香月さんに禁煙外来に通っていただき、今後一切タバコは止めること」
「……え、やだ」
「音楽とタバコ、どっち辞める? 考えていいけど」
良光に促された香月は、渋々かなり嫌々タバコと呟く。
「二点目、凌さんにもう一度初歩からボイトレしていただきます」
「……はい」
「三点目、凌さんには酒量を調節するためにカウンセリングに通っていただきます」
「……はい」
思った以上に、様子がひどい。視線が合っていない凌の表情は虚ろ。この状況では、確かにどうにもならないかもしれない。
「わかりました。それで承諾します。早速の頼みで申し訳ないのですが、越智くんが織田さんと結婚したいと言い出していて、独立したばかりの事務所ではイネスさんの方の事務所とは話し合いが難しいので、お願いできませんか」
一人ニコニコ笑う越智に、生田は苦笑いで上司の下平を見やった。
「わかりました」
「復帰公演を、どっかでやろうかって話をしていて、その会場押さえは後で報告します」
「あぁ、それはこちら側で押さえました。ここでいいですよね?」
そんなことまでしてくれるのか。良光は、意気揚々と下平から資料を受け取った。
「……えーっと、ぼくの目がおかしくなきゃ、これアリーナじゃないですか?」
「えぇ、大々的に復活した方がいいかと思って」
三万人は入る場所を、この日抑えたという。下平から日程を聞かされた良光は、大丈夫だろうかと頭を抱える。
「あー、えー、はい。じゃぁ、ですね、その前にファンクラブ設立の記念イベントとしてライブを一本やらせてください」
「そうですね。その方向で詰めます」
いきなりは流石に無理かと、下平はそのようにと生田へ諮った。