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 メリアとメリアの両親、良光とみどりに彩香が出席し、それから弁護士立ち合いのもと話し合いが行われた。児玉は、その様子を少し離れたところで見守っていた。

 少しやつれた様子の凌は疲れ切った顔。少し心配そうな顔をした弁護士の東が、司会進行役であるため話を進めていく。

「凌さんは、どうしたいんですか」

「帰ってきてほしい」

「めりあさんは」

「離婚したいです」

 明確な意思表示に、凌は椅子を蹴り上げて立ち上がった。

「なんで! 俺、めーちゃん困らせた? 何が悪かった? 全部直すから!」

「座れ。どうして、めーちゃんはそう思うの?」

 腕を引っ張った良光は、腕を捕まえたまま訊く。

「もう一緒に暮らすのが耐えられないんです。私がいたらないんです。凌くんが先へ進んでいくのに、気持ちが全然追いつかなくて、もう嫌なんです」

 直すと繰り返す凌に、別れてほしいというメリア。良光はどうしたものかと考え込む。

「めーちゃん、凌くんとはもう暮らせない? ダメそうなのかな? 私も、良光にイラっとしたり、キレることはあるよ? でも仲直りはする。それはできそうもない?」

「私に、もう凌くんへの気持ちがないんです。お願いです、別れてください」

 みどりの説得にも、メリアは気持ちが揺らがなかった。

「この場合、良文はどうなりますか?」

 季久子の質問に、凌は一人になる恐怖で真っ青になる。

「嫌だ! 別れたくない!」

「お願い! もうこれ以上凌くんを傷つけたくない! お願いだから別れて!」

 嫌だと言いながら泣き崩れた凌に、初めてそんな光景を見た良光は慌てて立ち上がると背中を摩った。

「悪い。児玉、凌を連れて部屋に行ってくれ」

「嫌だ! 離れたくない!」

 嫌だと泣き叫ぶ凌を、児玉が無理やり引きずっていく。良光は、思った以上の状況にうめいた。

「凌には言わないから、何をどうしてそこまで思いつめたかを聞かせて? 一度夫婦になった以上簡単に別れればいいとは言えない」

 母親に背中を摩られたメリアは、顔を覆って泣き崩れていた。

「これからずっと凌ちゃんが、浮気するかもしれないって疑っていくことに耐えられないんです」

「あいつは、めーちゃんのこと大好きだよ? まぁ……その、若干重いだろうけど」

 若干どころか結構重いだろう。良光はフォローを入れながら、苦笑した。

 首を横にふったメリアは、悔しさと虚しさに拳を握りしめる。

「今回のことで嫌ってほど思い知らされました。凌ちゃんって、男相手でも浮気に見えるほどの美人なんですね」

 普通、男同士でホテルへ入ったとて、不倫や浮気を書かれることもなくネタ記事になるだけだろう。

 だが夫の場合、不倫という記事になるのだと知ったメリアは、それほどの存在なのだと突き付けられた気がした。

「それに、この間、買い物へ行くときに横を通りすぎたら、偶然マスコミの人の声が聞こえてしまって……凌ちゃんが、良文を連れていたので、良文の顔だけは知っていて覚えていたらしくて……」

「抗議しておく」

 良光の怒りに、メリアは酷薄な笑みを浮かべる。

「なんて抗議するんですか? あんなブスが嫁なわけないだろうって……あんな美人が選ぶんだから、もっと綺麗な人じゃないのかって……私がブスだって抗議します? 不釣り合いじゃないって? そんな悲しい抗議ありますか」

 好きだと言ってくれる凌を信じれば大丈夫だと思っていたかった。でも散々言われ続けた言葉を、記者にまで言われて、心が折られた。メリアは、あれほどの美貌を持った人が、何故自分なんかを選んだかのわからなくなってしまっていた。

「いまだに、なんであんなに綺麗な人が私なんか好きになって、愛情を向けてくれているのかもわからないんです」

「綺麗な人って……あれ、単に神代の血で顔がくどいだけだが」

 メリアの視線の鋭さに、良光は口をつぐむ。

「良光さんにはわからないですよ。私、良文が生まれた時に、五体満足で無事に生まれてきてくれたことよりも、自分に似てなくて安堵した最低な母親なんです。奥二重の腫れぼったい目だったら? 頬骨が少し出っ張っていたら? すごくすごく不安だったんです。だから、凌ちゃんに似てて、すごくホッとして」

 自分にだけは似てほしくない。そう願ったメリアは、今のところ父親に似ている息子に祈る思いでいた。

「こんな最低な気持ちで、これから子供は産めないし……何より、そんな不安な中で産みたくもないんです。でも、もし凌ちゃんに似た子ばかりだったら、きっと私は疎外感を感じると思うんです」

 一緒に暮らしていけると信じていたかった。だが、最近では息子の顔を見ると夢にまでうなされるのだ。メリアは、徐々に追い詰められていた。

「それは、あいつも一緒だよ。知ってるだろ? あいつが複雑な家庭で育ってるって。あいつ、母親に似てるって言われた顔が大嫌いで、コンプレックスすら抱いている。めーちゃんのこと、本当に大好きで……きっと、君に似ていてほしいと――」

 泣き崩れたメリアは、どんどんあふれ出て来る黒い感情に歯噛みする。

「わかってます! だから別れてほしいんです。きっと、これ以上、一緒にいたら、凌ちゃんをもっと傷つける。私も、これ以上苦しい中で生活したくないんです。わがままだと詰られたっていい! 別れさせてください」

 土下座し背中を丸めて謝るメリアは、震えていた。それを見てしまえば、もう誰も仲直りしろとは言えなかった。

「だから急ぎすぎるなって言ったんだよ。めーちゃん、お前が早く走りすぎて、息切れを起こしてるんだ。直すとか直さないとかじゃないんだ」

 部屋に戻してもらえた凌は、良光の冷たい言い方に崩れ落ちていた。

「これ以上、一緒にいるのは苦しい。お願いだから、別れてほしいです」

 放心状態で椅子に座る凌を見やった良光は、弁護士に話を進めるよう頼む。

 離婚した後、マンションは引き払うこと。親権はメリアが持ち、凌が月々養育費を払うこと。慰謝料はメリアにも非があるため、支払われないこと。

 その話し合いで決着がつき、凌は促されるまま離婚届に判を押した。



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