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浮気はしていない。悪ふざけをしていただけだ。そう弁明されたメリアは、証拠写真も見せられた。
信じてはやりたいのだ。だが、男相手に浮気を疑われる夫に、やるせない気持ちを抱えていた。家の周りをうろつくマスコミにも、もはや限界だった。メリアは、息子を抱えて西崎の家へと避難した。
それからというもの、夫からは何度も何度も帰ってきてほしいとの懇願する電話。だが、メリアには、もうあの家に帰る気力は残されていない。
もう離婚しよう。そう凌に告げたメリアは、少しだけ気持ちが軽くなった気がした。息子と暮らしていくには、とにかく働くしかない。息子を保育園に預け、迎えの時間を気にしながらも毎日働き続けた。
「神代さん、お客さん」
「え? あ、凌くん」
自席で日報を書いていたメリアは、周りの目を気にして慌てて立ち上がった。
「ごめん、謝るから。あれは、本当にふざけていただけで! めーちゃんに対して一切やましいことなんかしてない!」
「ごめん、息子迎えに行かなきゃ」
逃げようとするメリアの手を掴んだ凌は、そのまま引っ張った。
「頼むから、家に戻ってきてくれ」
「その話し合いは弁護士と一緒に……」
人目もはばからずに土下座をする凌に、メリアは慌てて横に膝をついた。
「やめて! 皆見てる」
「お願いだから、家に戻ってきてくれ! 頼む! 至らない点があったなら、直す! お願いだから、帰ってきて」
「ほんと、やめて!」
周りの蔑むような眼に、メリアは一刻も早くここから逃げ出したくなる。
「何が悪かった? めーちゃん、他に好きな男でもいるの?」
「どうしてそうなるのよ!」
「俺は、こんなにめーちゃんを愛してるのに、全然わかってくれない! 浮気しててもいい! 戻ってきてほしい!」
話が飛躍している凌に、メリアは若干の恐怖を覚えた。西崎にスマートフォンを渡して、みどりへとかけるように頼む。
「落ち着いて話し合いができないなら、私は家に戻らない!」
「わかった。それも直すから。戻ってきてほしい」
「嫌なの! もううんざり! なんで、わかってくれないのよ!」
泣き出したメリアに、凌は背中を摩ろうとして突き飛ばされた。
連絡をもらって駆け付けた良光は、その惨状に絶句する。泣き叫ぶメリアと、謝り続ける凌に、周りは何事かと様子をうかがっている。
「凌! 何やってんだよ」
「ずっと帰って来るのを待っていたのに、二週間も帰ってこないんだ。会いたいって、帰ってきてほしいって電話しても、無視される……三人で暮らしたいんだ」
怯えているメリアを必死に庇う西崎の姿を見て、良光は慌てて凌を捕獲する。
「わかったから。すみません、お騒がせして。帰ろう」
「いやだ! 今日こそ連れて帰る! 一人でいたくない!」
「だからって、ここにきて、これだけ騒げば、めーちゃんが困るとは思わなかったのか!」
良光に怒鳴られて、凌はようやく周りの目に気づいた。
「今日、これから、めーちゃんに用事がないなら、文ちゃん迎えに行って、皆でご飯を食べよう? それで、めーちゃんは今泊っている家に帰るんだ」
「誰の家に泊まっているの? 男じゃないよね」
「わ、私の家です。すみません」
怯える西崎に、良光はもうひたすら謝るしかなかった。
「この状況で家に帰ったら、二人はまた喧嘩するだろ? それは文ちゃんがかわいそうだ」
泣きそうな顔をする凌に、良光は顎を掴んでこちらに目線を向けさせた。
「一回冷静になろう。な? めーちゃん、君の両親と弁護士、うちの母親と俺たち夫婦、あと発表のこともあるから事務所の児玉も同席の上で話し合おう」
食事をしたら連れて帰るという良光に、メリアは荷物を手に取った。
離れがたくて、凌は何度も何度も追いすがろうとする。無理やり引きはがした良光は、凌を家まで連れて帰ると、当面泊まり込むことにした。