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スケジュールが詰まりきっていて忙しくとも、凌は息子を構いたくて仕方なかった。職場復帰したメリアの助けにもなりたかった。
「凌ちゃん。文ちゃんが具合悪い時はおばさんが保育園に迎えに行くって……時折、うちにも手伝いに来てくれるそうだから、心配しないで? 無理して帰ってこなくていいから」
まったく血縁関係もないのに、そこまでしくれる彩香に感謝にしながら、頼ってもいいのかと不安になる。凌はそのことを良光に相談していた。
「良光、おばさんが時々面倒見てくれてるけど仕事は大丈夫なのか?」
「おふくろ、仕事辞めんだよ。俺を見て、今さらとかないんだって夢を追いかけるそうだ。小さい頃、幼稚園の先生になりたかったらしくて……保育の専門学校なら通えそうだってんで、春から通うらしい」
六十を手前にして、第二の人生を考えたらしい。それで、自分のしたいことをすることにしたという。春から専門学校に通って、いつかは保育を手伝ってみるのが、彩香の夢である。良光はそれを応援することにしていた。
「お、香月! ちょうどいいところに来たな。こいつを、ちょっと外に連れ出してやってくれ」
「え! やだよ! 香月、俺は行かないからな!」
「あのな? 凌。元々、夫婦ってのは他人なんだよ。ちょっと一人になって、気持ちや感情に整理する時間ってのも大切なんだよ。おふくろも文ちゃん、預かるって言うからさ。な? 少しそっとしてやる時間を作ってやれ」
あまりにも凌が早急に事を進めるせいで、メリアが追いつけていない。良光は母親と妻からそう聞かされていた。家のことは任せろという母親から、凌を外に出して一人で考える時間を作ってあげてほしいと頼まれてもいた。
大規模公演を実施するに際して、奔走している様子の良光が、親戚として凌のことまで対応している。井戸と越智は、その様子を見てフォローに入った。
「あー、じゃぁ先生、おっちゃん。悪いけど、セットリスト組んでおいて。香月は、凌のこと頼む」
「わかった」
「生田と児玉がハゲるか胃に穴が開く前に、俺が太る!」
合間合間に食事を摂るほどの忙しさに良光は、ポンポンとお腹を叩いた。
「忘年会誘う。若手のミュージシャンとか俳優とかと定期的に飲み会……なんだ、この手」
「いや、香月も成長したなって嬉しくなって……誰かと飲み会するほど、社交的になったのか」
肩を揉んでくる良光に、香月は胡乱げな眼差しを向けた。
「あ、ぼくの友達。小さい頃の幼馴染なんだ」
「先生の友達か……それでも人との飲み会に行くようになって……凌も誘ってやってくれな」
肩をポンポン叩いてくる良光に、香月は頷いた。
忘年会に誘われることが増えた凌は、休みの日も外へ出てくれるようになった。彩香が良文を預かってくれることもあって、メリアは少し落ち着きを取り戻し、感情を整理するゆとりが生まれていた。
「スイちゃん、ごはんね」
心配そうに膝に手をのせてくる猫に、メリアはこれから凌と暮らしていくのだと覚悟を決めた。