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 気晴らしに実家へ来ないかという彩香に、メリアは子供を抱えて行くことにした。東京に戻ってから、初めての遠出である。

「めーちゃん、みどりちゃん、ジャスミンティーでいいかしら」

「おばあちゃん、やっちゃんもやる」

「あら、えらい。じゃぁ、やっちゃんにはこのフォークを持って行ってもらおうかしら」

 真剣な顔をしてフォークを持ってくる利靖に、みどりはフォークを受け取って目一杯褒めた。

「年末に武道館もあるし、十月にはアリーナ公演もあるから準備で忙しいのよね。凌くんは、それ以外にも忙しいみたいだし」

「そうなんですか」

 暗い顔をして俯くメリアに、彩香はそっとケーキを差し出した。

「めーちゃんのお母さんは、来られそうもない?」

「仕事があるので」

 正社員として働く母親に、東京へ来てもらうことは難しく。だからといって、メリアが実家にいつまでもいるわけにもいかず。

「うちも、来年、上の娘に子供が生まれるのよ。それで今、仕事辞める予定でセーブしているから、体空いてるし……嫌じゃなかったら、呼んで? 行くから」

 その有難い申し出にも、メリアはただ困惑した。

「凌くんは、どうなの? 協力するように言ったんだけど」

 暗い顔しているメリアに、みどりはもっと言うべきだったのかと後悔する。

「私の夕食まで作ってくれます。育児も積極的で……私が、追いつけていないだけです」

「初めての子育てなら、皆最初は不慣れなものよ」

 励ましてくれる彩香に、メリアは首を横に振った。こぼれてくる涙を拭い、唇を噛みしめる。

「家でこの子といるときに、テレビを何気なくつけていると凌くんのことをニュースに取り上げていたり……本屋に出かければ、凌くんが表紙に出ている雑誌がいくつも……街を歩けば、凌くんのポスター。気が狂いそうです」

 会社側が力を入れているのか、最近凌のメディア露出は過剰なくらいに多い。メンバーでさえ、あっちこっちで見つけては顏が引きつっているほどだ。もっと身近にいる人間は、よりキツイかとみどりは慮る。

「テレビ画面に出てくる人が家に帰ってくる現実に、理解が追い付かないんです」

 言わんとしていることを察したみどりは、メリアの背中をさすった。

「あんまりよく思われていないのもわかるんです。凌ちゃんの、足引っ張らないようにしなきゃいけないっていうのも」

 溢れ出てくる思いをすべてぶちまけたメリアは、そのまま泣き崩れた。

 メリアの気持ちを置いてけぼりにしたまま、凌は先へ先へとせっかちに走って行ってしまっているのかもしれない。歩調が全く合っていないようだった。そのことに気づいてしまったみどりと彩香は顔を見合わせて、憂う。

「凌くん、ずっと一人ぼっちだったから、家族ができて舞い上がっちゃってるのね。もう少しすれば落ち着くと思うわよ」

 結婚して家族ができたのがとにかく嬉しすぎて、周りが見えてないのは、彩香も薄々気づいてはいた。

「元々、凌くんって、うちのみっちゃんが無理やり入れたのよ。だから、多分、ミュージシャンをしている感覚はあっても、芸能人って感覚はまるでないと思うの。だから、そんなに気負わないであげて?」

 背中を摩るみどりの手に、メリアは涙をぬぐいながら頷いた。

「わかるんですけど……凌ちゃんのやさしさに窒息しそうです」

「……家族に向けたかった愛情全部、めーちゃんに向けてるからね。そりゃ、そうなるわ」

 ずっとずっと家族を欲しがっていたのだ。若干パタニティハイになってもいるのだろうと、彩香は心配していた。

「贅沢なことだとはわかっているんですけど」

 ネット上の反応を見てしまえば、自分が悩んでいることすら分不相応に思えてくる。そのせいで、メリアは親しい友人にも相談できずにいた。

「おばさんが手助けするから、心配しないでって凌くんに言う? 私がおうち伺うのは嫌?」

「家、今ひっちゃかめっちゃかで」

「ひっちゃかめっちゃかはまだ序の口。子供が独立して物が無くなって綺麗に見えているだけなのよ。昔は、夫に竜巻の通り道って言われて……何度喧嘩したか。でも、大丈夫よ。死にゃーしない」

 母親が来られない以上、メリアが頼れる相手は彩香しかいない。躊躇いがちにうなずくしかなかった。



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