120
退院後、二か月は実家暮らしである。ツアーの中休みを利用して、凌が徳山家を訪ねてくる予定になっていた。
「おばちゃん、赤ちゃん見せて」
「どうぞ。良文っていうのよ」
イトコとなる息子を見せたメリアは、自分の妹にも見せていた。
「うわー、お姉ちゃんの子とは思えんほど可愛ええね」
「ホンマやわ。男の子は母親に似る言うけど、お父さん似やね。よかったわ」
顔を見に来た親戚にも散々言われたのだ。母親と妹にまで言われて、メリアは涙が零れ落ちた。
「え、ど、どうしたん。お姉ちゃん」
「なんでもない」
涙をぬぐっていたメリアは、車が砂利を踏む音に布団をかぶった。
「めりあ、凌くん来たわよ」
「めーちゃん、好きなメロン買ってきたよ。食べる?」
「いらない!」
大きな声での拒絶に、季久子が雰囲気を和らげようと笑顔を作る。
「ごめんね、ちょっとナーバスになってて」
「いえ、大丈夫です。わー、文ちゃん。抱っこしていい?」
可愛いと連呼する凌に、メリアは嗚咽を漏らすほど泣きじゃくっていた。
「どうしたの、ほんとに」
「うわ、あのこっちも泣き出した。お義母さん、どうしたらいいですか」
娘の精神状態が心配だった季久子には、わからないことを質問して覚えようとする義理の息子が頼もしく映った。
「おじちゃん、虫取り行かへん?」
「あー、でも……めーちゃんが」
「孫と遊んでくれる? 文ちゃんは、私が見てるわよ」
虫が好きな彪雅の相手も、嫌な顔一つせずしてくれる義理の息子を、季久子は好ましく思っていた。
「凌ちゃん! 何やってるの!」
後ろから聞こえてきた怒鳴り声に、凌はセミから手を放す。
「やめてよ! 日焼けしたら、私が怒られるんだから!」
「いや、たいして焼けないし、そんなことでめーちゃんが怒られることは……」
泣き崩れるメリアに、凌は慌てて縁側から居間に上がるとひたすら謝った。
かなりナーバスになっているらしいのか、突然泣き崩れることがあった。励まして宥めることしかできない自分に、凌は己の無力さが歯がゆい。
どうしてやればいいのか。悩んだ凌は、良光に電話でアドバイスを聞く。産後ウツに近い状態なら、励ますなと言われて、余計自分のできることが見えなくなる。できることを率先してするしかないらしいことに、項垂れていた。
「ごめんね、めーちゃん。仕事が立て込んでて」
「ううん、ごめんね」
帰っていく凌を見送りながら、ほっとしている自分に気づいたメリアは心が折れそうだった。