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年末年始、実家に集まるのが徳山家の恒例行事である。
父の貞雄は、隣の市にある城跡公園で働いており、母親の季久子は近くの家電量販店に勤めていた。今年二十六になる次女のここなは、二十三歳の時に伸吾と結婚し、三歳の息子彪雅とまだ一歳である娘の美心がいる。長男の隆雄は今年の秋に二十三歳となる社会人で、近くの工場で働いている。
隆雄は、コタツに入ろうとして無言で手を払う姉に場所を移動して座った。
「何、それ」
「知らん? タブラ・ロサのやつなんやけど。ほんまキレイやなー。そう思わん?」
衛星放送の番組を見ている姉に、隆雄は鼻で笑う。
「どうせ、ようけ化粧しとるからやろ。実物見たら、うわーなるで」
わざとらしく二の腕を掻き抱いて摩る隆雄に、ここなはミカンを投げた。
「ココ、あういう子が好きなん?」
「もう、伸ちゃんとは別やて」
「うえ、気持ち悪っ」
「うるさい。ねー、ママ、お姉ちゃん、今年も帰って来やへんの?」
お菓子を頬張りながら、バタバタとしている母親を見たココナが、また今年もいない姉のことを訊く。
東京の大学を卒業後、実家にほとんど帰ってくることのない姉に、二人は今年も帰ってこないんだろうと諦めていた。
珍しく出前のお寿司があることに隆雄は手を伸ばしかけて、母親に手を叩き落された。
「もう、二人とも聞いてなかったやろ! お姉ちゃんが彼氏連れて結婚のあいさつに来るんよ! そこ、どかして!」
コタツに潜って不貞腐れている貞雄に、ココナも隆雄もその顔の理由がようやく意味がわかった。
「どんな人なん?」
「年は、来月で二十三歳って言ってたわよ! 仕事が忙しくて、今日までずれ込んでしもうたらしいんやわ」
庭から聞こえてくる砂利を踏む音に、季久子は慌てて玄関へ飛んでいく。
何もない道をひた走っていると急に現れる大きな母屋。それを懐かしく見ていた凌は、呼び鈴を鳴らす前に玄関を開けられて慌てふためいた。
「あ、上がって上がって」
「あ、お邪魔いたします」
上がりかまちで一回ずっこけた凌に、メリアは緊張をほどくように背中を摩って落ち着かせる。
廊下をパタパタとスリッパが通る音が聞こえ、貞雄はゆっくり起き上がった。
「ただいま。二階の私の部屋泊れるわよね?」
「あら、客用の布団あったかしらね」
リビングの入り口に正座した凌は深々と頭をさげた。
「初めまして、あの娘さん、徳山めりあさんと……お付き合いさせていただいています神代凌と申します。ご挨拶が遅れて大変失礼いたしました」
何度も反復練習させられたことがあっているのか不安になりながら、凌はとりあえず頭を下げた。
「凌ちゃん、二階に布団敷けるって。荷物先に置いてきて」
「あ、うん。え、あ、あの泊ってもいいんですか?」
まさかの宿泊に、凌は心臓が飛び出そうなほど緊張した。
「いいわよ。妹一家も泊っているから、うるさいけど。ここら辺、ホテルもないでしょう」
「あ! めーちゃん、俺が運ぶから! 座ってて!」
動こうとするメリアを制して凌が立ち上がる。
荷物を置き終えた凌は、紙袋を携えて正座しなおした。
「これ、お土産です。お酒と、お菓子なんですが……お口に合うかどうか」
一番上等の高い日本酒と、可愛らしい缶に入った落雁や干菓子やおせんべいが入った和菓子店のお土産を持参した。それを恐る恐る差し出し、凌は緊張で乾く唇をかむ。
「何かいいたことがあって来たんやないのか」
「あ……本日は、めりあさんとの結婚をお許しいただきたく参りました。若輩者故、心配なさるかとは思いますが、めりあさんとともに幸せな家庭を築きたいと考えております」
無言で差し出されたコップを受け取った凌は、メリアを見やった。
「いける口か?」
「凌くん、妖怪酒樽すすりってあだ名つけられているのよ」
どんどん注がれていく酒に、凌はただただ飲み続けた。
「なんで、うちの娘と結婚しよう思うたんや」
「あの、その……順番が逆だとお怒りになられるかとは思いますが、子供ができたので」
手が止まった貞雄は、じっと凌を睨んだ。
「責任を取ると? 君の親御さんはなんて言うてるんや」
「身寄りが全くなくて……その」
「凌ちゃん、東京のいとこの家に引き取られて四年間暮らしてたんよ。家族はいないんだって」
注がれる酒を飲み続けている青年に、季久子が朗らかに笑う。
「まぁまぁ、ええやないの。こんな娘もろうてくれる言うんやから」
「本当は、もう少し早く挨拶に来るべきでしたが」
「そんなかしこまらんでええのよ。食べて食べて」
取り分けてくれるメリアの母親に、凌は出されるまま食べ続けていた。
「うちの伸ちゃんより、しっかりしてるやん。伸ちゃんなんて、ジャージで着て、娘さんくださいやったもんね。お腹に子どもがいるんでって」
そうそうと笑う伸吾に、凌も少し緊張が解れて微笑み返した。
「結婚式はするん?」
「三月ごろに。それまでには、なんとか仕事も終えて、小さな式をと思っています。その前に籍を入れたいのですが」
スーツを着て穏やかにほほ笑む好青年に、ジャージを着ていた伸吾は申し訳程度に服を伸ばしてから縮こまった。
「君は何の仕事しとるん?」
来た。父親からの質問に、凌は正直に言うべきか揺れた。
「凌ちゃんは、音楽関係の仕事をしてるのよ」
「どんな仕事なん?」
突っ込んでくる伸吾に、凌はどうしようと困惑した。
「あの、伸吾さん、申し訳ないのですが……テレビを消してくださいませんか」
「あー、ええよ、そんな堅苦しい敬語。一個しか違わへんもん」
気が散って仕方なかった凌は、自分と目が合うため消してもらおうと、リモコンを指さす。
手元にあったリモコンに手を伸ばした伸吾は、画面を見て気づく。
「わ、わー! あんた、タブラ・ロサやん! なんやの、これ、どっきりなん! え、カメラどこ!」
総出で、カメラを探し始めた家族に、凌は自分が変なことを言ってしまったのかと焦る。
「なー、お兄ちゃん、これ上げる。庭で見つけてん!」
大人の騒がしさなど気にしない子供が、凌にプレゼントを手渡した。
「あー、蛙か。冬眠中だろうに」
「掘ったらいたんやもん!」
立ち上がった凌は、玄関から外に出ると枯れ葉の横にしゃがんだ。土の中に蛙を置いた凌は枯れ葉をかけて、土をまぶす。これで再度冬眠できるかは定かではないものの、そのままにするよりはましかと、軽く地面をたたいた。
「埋めるん? 死んでへんのに」
「寝てるのに、起こしたからね」
縁側から飛び出してきた子に、凌は足が汚れぬよう膝に乗せた。
「なー、お兄ちゃんは蛇捕まえて割いたことある?」
「あるよ。その手で目触ったら腫れるから、洗おうか」
家に上がった凌は、メリアから洗面所の場所を聞く。
二人で仲良く手を洗う姿に、メリアは微笑ましく見ていた。
「凌ちゃん、よう蛙触れるね」
「ムカデだとか蜘蛛とか、なんだかよくわからない虫とかと同居してたからね。電電公社の電波がかろうじて入るけど、ラジオの電波も入らないど田舎でした」
あまりの田舎っぷりに、自分より上がいたとメリアは可笑しくなってしまう。
まだカメラを探している様子の家族に、凌は何故と不思議がっていた。
「ねー、お父さん。どっかに資料なかったかな? 凌ちゃんが焼き物の見たい言うんやけど。それやったら、目も鼻もあるん?」
「陶磁器に詳しいのか」
「二年ほど陶磁器の会社で営業と販売を……すみません、こんな不安定な仕事で」
謝るしかない凌は、メリアの家族に認めてもらえるかだけが不安だった。
どうなることかと不安だったメリアは、すっかり凌へと懐いた甥っ子と姪っ子の存在に助かっていた。
「お兄ちゃんは、ぼくと遊ぶんや」
無言で両手を広げ抱っこをせがむ美心に、ココナが呆れて半笑いを浮かべた。
「あの年でかっこいい男の子に目がないとは」
「そらそうやわ! あ、凌くん、お餅何個食べるん?」
「あ、お義母さん。えーっと、じゃぁ三つ」
まだ疑っている様子の人たちに、凌は軽く凹んでいた。
「凌ちゃん、凌ちゃんの生まれ育った町には行かなくてええの?」
「あそこ嫌いなんだ。思い出したくもない……おばさんところに会いに行こう? この子と同い年のイトコだ。楽しみだね、チビちゃん」
憎悪のにじむ顔に、メリアはそれ以上強くは言えず、頷くしかなかった。
両親のそろったごく一般的で普通の家庭。それに強く憧れていた凌は、そんな家庭で育ったメリアと結婚できることが嬉しく。この賑やかな家庭の一員に、自分もなれるのかと思っただけで気持ちが弾んだ。