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結婚披露宴を兼ねた収穫祭が、堀田の実家が所有するブドウ畑の一角で行われた。
できたばかりのワインと貯蔵してあるワインの試飲会と、ブドウ畑の見学会の要素も含まれている。
酒樽での提供に、凌が<妖怪酒樽すすり>の名に恥じぬ飲みっぷりを披露していく。当然、参列者の目もそちらへ向いてしまっていた。
「今から祝儀を追加しろ。明らかに、飲みすぎだ」
絶句したままの義弟は苦笑いを浮かべている。周りの目が気にもなって、良光は飲み続けている凌のグラスを取り上げた。
「い、いや。これだけ気持ちよく飲んでもらえれば、醸造家冥利に尽きるというか」
「めーちゃん、ワイン好きでしょ! 飲もうよ!」
「最近、あんまりお酒飲めなくて。大丈夫」
「よーしーみーつ! 飲もうよ!」
若干絡み酒になっている凌に、良光は周りを見ながら首を横に振った。
「みどり、こいつとホテルに……みどり?」
「気持ち悪い」
「……え、うわ、おふくろ! おふくろ! あ、めーちゃん。悪い、みどり看てくれないか」
芝生にひっくり返って駄々をこねる凌に、良光はみどりを徳山と母親へ託すことにした。
宿泊先のホテルまで運び込んだ良光は、眠りこける凌に若干ムカッとして頭を叩く。
しこたまワインを飲んで芝生に寝ころんだところまで覚えている。そこから記憶がない凌は、すすりなく声に体を起こした。
「んー? めーちゃん、どうした? おばさん、なんかあったの?」
声をかけられた徳山が、一層泣き出してしまう。
「みどりを持ち上げてくれようとして、貧血で倒れたんだ。幸い、どっちにもけがはなかったから」
「すみませんでした」
説明する良光に、再び罪悪感を揺すり起こされた徳山が泣きながら謝った。
「ほら、めーちゃん……凌くんに何か言わなきゃいけないことがあるんじゃないの?」
彩香に促されても、口を堅く引き結んで首を横に振るだけ。徳山は、そのまま押し黙ってしまった。
「おばさんの口から言おうか」
その一言に、徳山は恐怖で身をすくめた。アイドル的な人気を誇る若いシンガーと付き合って、へまをやらかしたら責められべきは年上の自分である。何より喜んでくれないかもしれない。憂懼する気持ちに心が軋む。
「めーちゃん、ちゃんと言わないと。凌くんも、困るのよ」
それでも口を開かない徳山に、凌は良光に視線をやる。
「みどりさんは、風邪?」
「んー? 二人目できたんだ。二歳差でちょうどいいし、お前のところの子どもと同級生になるな」
結構な力で母親に太ももを殴られた良光は、あざになりそうな痛みに飛び跳ねて悶える。
「このバカ!」
「馬鹿でもいいけど、グーで殴るか普通!」
「……子供ができたってこと?」
何も言わない徳山に、それが答えのようなもので。嬉しくなった凌は、泣いている徳山を抱え上げた。血相を変えて止めてきた女性陣に、慌ててベッドに降ろすと、一人で飛び跳ねていた。
「会社にどういうか結構な問題なんだけどなぁ……まぁいいか。何とかしてやるか」
家族が欲しいと願い続けていたのだ。何とかしてやるかと、良光は腹を決めた。