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東京に来てから初めての都会の繁華街。井戸と待ち合わせて、ライブハウスに行くことになったものの、凌は緊張していた。
人混みを通り抜ける間、人が自然と避けていく。ぶつかって舌打ちされることがあった井戸は、横にいる高校生を見上げてしまう。
「先生、俺、ライブハウス初めてで……絡まれたするんかな」
「いや、君は絶対ない」
はじめて年齢確認をされなかった井戸は、横にいる凌を見てしまう。店員は自分を見た後、明らかに迷っていた。だが、凌を見て納得したようにうなずいたのだ。
「良光、いつもここでライブしてんだって」
「あぁ、そうなんだ? 結構演奏うまいんだな。驚いた」
「うまいの?」
うまいと頷く井戸に、凌はその演奏にじっと耳を傾けた。
ライブが終わった後、良光は酒に飲まれるような荒い飲み方をしていた。それに付き合っていた凌が、帰っていくメンバーを指さした。
「あの人たち、帰るけどいいのか?」
「ああ、これ解散ライブになっちまったからねぇ。二十五だから、遊んでらんねぇんだと!」
勝手に辞めてくれればいいものを。良光は、ついさっきまでバンド仲間だった人たちから説諭を受けたのだ。もう、酒を飲みながら笑うしかない。
「もうすぐ二十八だから、現実を見ろ? うるせーな! 知るかよ! んなこと! 音楽不況くそっくらえ! 上等じゃねぇか! この野郎!」
散々毒づくだけ毒づいて、良光はそのまま寝てしまう。
仕方なく背中に負ぶった凌は、荷物を井戸に持ってもらっていた。
「大丈夫?」
「駅まで、おばさんが迎えに来てくれるって」
物理的には、持ちあがるから何ら問題はない。ただ、大の男を背負って電車に乗るのだ。凌は、心に結構なダメージを食らっていた。
乗換える駅で、ベンチに降ろして肩を揺すったものの、起きず。結局、最寄り駅まで背負うことになってしまった。
疲れた様子で、駅の階段を降りていく凌に、井戸は改札まで付き合うことにした。
「ごめんねぇ、凌くん。このバカ息子! 起きなさい!」
高校生の背中で酔いつぶれて眠るアラサーの息子に、彩香は心底呆れた。
「起きないんですよ、それが……先生に荷物持ってもらったので、お願いします」
「ああ、先生……ご迷惑をおかけしました」
良光と凌の交通系電子マネーをタッチしてくれている井戸に、彩香は深々と頭を下げる。
固い床に後頭部をぶつけた衝撃で目が覚める。良光は、ここがどこだろうかと目を擦った。
「起きましたか? まったく、子供に背負われて帰ってくるとか、情けなくて涙が出るわよ! 本当に情けない!」
玄関の叩きに正座させられた良光は、説教する母親に神妙な面持ちで謝り倒した。