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今使っている家具や家電を持ち寄るにしても、それでも二人で暮らすには、必要なものがまだまだたくさんある。
早く引っ越しがしたい凌は、ツアーが忙しくても一緒に住むための時間を絞り出していた。
「え、え?」
「え、だから、ベッド。どっちがいいの?」
「……え、え? 今使っているベッドがあるけど」
「やだ。だって、それシングルベッドでしょ? 二人で寝たら狭いもん」
どちらでもいいと遠慮がちな徳山に、凌はしばらく悩んで、大きい方のベッドを指さした。
二人で暮らすための家具に家電を買いそろえ。徳山は、その量の多さに、段々と心配が募ってくる。
「ねぇ、あの? こんなに買って大丈夫?」
「どうして? ずっと使うものだし、長く使えるものの方がいいでしょう?」
一時の感情に流されて了承してしまった徳山は、随分と遠くを見ている凌に不安が襲ってくる。
スマートフォンを買おうと誘ったはいいが、凌は扱いの難しさに唸る。
「どれがいいの?」
「んー……初めて使うなら、シンプルスマホか簡単スマホの方がいいんじゃないかな?」
てっきり、最新機種を勧められるのだとばかり。凌は、扱いが難しくないスマートフォンの使い方を教えてくれる徳山に顔が綻ぶ。
店員のマシンガントークについていけず。つい見栄を張ってわかっている振りをした凌の手には高い最新機種。やり方がさっぱりで、さてどうしようかと悩む。
「とりあえず、ご飯食べようか。あ、あそこでいい?」
いい感じの定食屋を見つけて、入ろうとして凌の動きが止まる。
「ご、ごめん。あ、こ、こういう場合って、フレンチとか? なんかおしゃれなお店だよね?」
定食屋はない。そう言って振られたことがある凌は、同じ轍を踏みかけていたことに、反省して買ったばかりのスマートフォンを取り出す。ただ、どうやって探したらいいのかは知らない。
「いいよ。別に」
入ろうと背中を押してくれる徳山に、素の自分を受け入れられたような気がして凌は、背伸びするためあげていた踵が楽になったような心持ちだった。
「あ、美味しそう。とんかつ定食にしようかな。めーちゃんは?」
「じゃぁ、和定食かな」
買ったばかりのスマートフォンを設定してもらいながら、凌は使い方講習を聞く。
「……わかんね。まぁいいや、一緒に住んだら、すぐ聞けるもんね」
「覚えられそう?」
頑張ると言う凌の指先は頼りげなかった。