104
いつになく上機嫌な凌は、とにかく楽しそうだった。
「またどこかで、お会いしましょう! 気を付けて帰れよ!」
手を大きく振ってバタバタとステージから降りてきた凌は、着替えの間も鼻歌交じり。
「良光。おばさん、ここ数日暇かな?」
「おふくろに聞いてみるけど」
「ね、スマートフォンってどんな機種があるの?」
散々何度もプレゼンしたところでなしの礫だった凌の言葉に、良光は危うく電話を落としかけるところだった。
「どうしていきなり」
「めーちゃんと一緒に暮らすことになった!」
「何がどうして、そうなった?」
何回かデートに行く際のアドバイスをしていた越智は、かなりの飛躍についていけない。
「そこで猫拾ったんだ。で、めーちゃんと一緒に育てるために暮らすことにしたの。その間、おばさんに預かってほしくて」
楽しそうな凌に、良光はこめかみを抑えてため息をついた。
「いい大人がすることだから、反対はしないけども、焦りすぎるな」
「わかってる」
「ちゃんと徳ちゃんの気持ちに寄り添ってやるんだぞ」
まったく話を聞いている様子もないのに、凌がわかっているを乱発している。これから大丈夫だろうかと、良光はただただ心配と不安。
翌日、凌は子猫を引き取って帰るため動物病院へと向かった。残念ながら、解体と撤収作業がある徳山は来られなかったが。
グッズのタオルで猫をやさしく包み、丁寧に抱え上げる。慎重に、固紙でできた箱の中に寝かせた。
「帰る途中、何か困ったことがあれば、連絡して」
「わかりました。よし、スイ、帰ろう」
「駐在さんに声をかけて行ってあげて、ここの通りをまっすぐ行って、車なら二分のところに駐在所があるから」
村田にそう言われて凌がうなずく。世話になったお礼を言うと、猫を助手席に乗せた。少し迷ってシートベルト箱にかけてやると、車を発進させた。
すぐだという情報がなければ、通り過ぎそうなほど近かった駐在所を訪れた凌は、机の上で眠る子猫を覗き込んだ。
「あ、リョウさん。どうも」
「これから、帰るので。スイちゃんも、一緒に。ねー、スイちゃん」
「そうですか。よかったなぁ、スイちゃん。優しそうなお兄さんに貰われて」
「スイちゃん、兄弟にバイバイしなくていいのか」
真の猫好きであることがわかるオクターブが上がった優しい声と話し方。これなら大丈夫だろうと。警察官は子猫の頭を撫でて、別れを惜しむように手を振った。