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また今年のツアーが始まった。凌は、一つ一つの公演を大切に積み重ね、来てくれた人へどうみせたらいいのかを模索するようになった。
ゴールデンウィークには、初めて地方でも七千人規模でのライブが開催できることになった。
開催日まであと二日あるものの、少し早めに現地入りし、初めての会場を見ておくことになっていた。凌は、買ったばかりの車を運転しながら、高速をひた走る。
風景が少しずつのどかになり、また住宅街に入り……そこを曲がれば会場。一瞬で歩道にいた徳山を見つけた。
一番近い駐車場に車を乗り捨て、慌てて来た道を走って戻る。
「めーちゃん! どうかしたの! 何かあったの?」
警察官と話し込む姿に、動揺しながら凌は慌てて駆け寄った。
サングラスをかけた人に、警察官は誰だという視線を向ける。
「この子たちが、そこの小川みたいな堀のところの斜面にゴミ袋があるって騒いでて」
心配そうにのぞき込んでくる相手を安心させるように首を横へと振る。徳山は足元にいる子供たちを見やった。
「なんで、ゴミ袋をわざわざ?」
「あのね、みーみー声がしたんだよ!」
「ガサガサって動いたの!」
宿泊先から会場まで行こうとしていた徳山は、水がほとんど流れていないような小さな川の岸辺で、今のように騒ぐ子供らを見つけた。白いごみ袋をどうにか取ろうと騒ぐ子供たちをなだめて、それを取ってあげたのだった。
「子供たちが、近くの交番からお巡りさん連れてきてくれて、中開けたら」
「うわ、最低だな」
中を覗き込んだ凌は、中でうごめく三匹の子猫に眉間へ皺を寄せた。
「困ったな。一応遺失物扱いにはなるけど」
「とりあえず、病院に連れて行ってあげましょうか。お巡りさん、道案内してくれますか?」
困っている様子の警察官に、凌はそう申し出た。
車で数分のところに、動物病院がある。警察官が、慣れた様子で奥へ声をかけていた。
「村田先生、いますか? あ、いた。また、この時期に捨て猫ですよ」
眼鏡をかけた小柄な老女に、徳山がガサゴソと動く袋を差し出す
診察台にちんまり乗っかる子猫たちに、凌は不安そうに見つめていた。
「生まれて三週間くらいかしらね。どうするの? この子たち」
「四日ほど預かっていただけるなら、一匹は引き取ります」
ゆっくり猫に手を伸ばした凌は、すり寄ってきた灰色と白が混ざった模様をした子猫を抱え上げる。
「お前、うちの子になるか。ん? 家来るか」
「ぼくも、家帰って飼えないか嫁に聞いてきます」
今までに二匹引き取った実績がある警察官は、もう一匹を許してもらえるか不安になる。
「育てられそうなの?」
「家開けることが多い仕事ではあるんですけど……あ、いた」
猫を渡された徳山は、困惑して突き返そうとするが受け取ってもらえない。
「うちは飼えないよ!」
「めーちゃん、猫好きだよね? 一緒に住めば、二人で面倒みられるよ! 良光の家に預けてる間に、家探そうよ」
実家で昔猫を飼っていたとかで、徳山も猫には慣れているはず。
「……スマートフォンじゃないからグループチャットのやり取りもできないし」
「それも買い替える。部屋の希望も聞く。いいよね? いいよね」
腕の中にいる子猫が確かにしがみつき、つぶらな目をきゅるんとさせて、こちらを見ている。あまりの可愛さと、凌の押しに、負けた。徳山が小さくうなずく。
腕につけていたミサンガを外した凌は、それを子猫の首にかけると頭を撫でた。
「お前の名前はスイちゃんだ。岸辺から引き上げたからね、スイ」
小さな鳴き声を子猫が上げる。凌は笑顔で頷いた後、財布を取りだした。
「これ、少し多いですけど。預かってもらえますか」
「子猫育てた経験はあるの?」
獣医の不安そうな顔に凌が大きくうなずく。
「未熟児だった猫を育て上げました。そろそろ行かないとやばいので……あ、余ったら保護猫の費用に使ってください」
思いもかけないきっかけをくれた猫に、凌はウキウキしていた。