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ツアーをこなす中で、色々考えさせられた凌の意識が変わり始めていく。
今まで自分が書いた歌詞を見ながら、自分が吹き込んだ歌声を聴く。納得いかない歌声に、凌は生田に相談を持ち掛けた。
「ボイトレしなおすって、忙しいのに?」
「ちゃんと歌えるようになりたい。来てくれた人たちに言い訳しなくていいような歌を歌えるようになりたいんだ。自分の方でも、色々探してはいるけど、なんかいい人いたら教えて」
「わかった。探しておくよ」
腰を据えて歌うことに向き合い始めた凌の向上心に、生田は応援してやりたくなる。
仕事ともプライベートともつかない飲み会を児玉としながら、生田は凌の今後を相談していた。
「まぁ、凌くんはちょっとかわいそうなところがあるよね。周り、ベテラン勢ばっかりすぎて」
一番長い井戸はもう二十五年近く、良光は十五年ちかく、越智にも十三年ほどの演奏歴がある。そんなベテラン勢の中に置いて、香月と凌だけは経歴が浅く。それだけに凌の歌声の粗さが目立ってしまっていた。事務所が凌をスカウトしてバックバンドをあてがったと誤解している人すら。
「良光の無茶無謀は知っているが、ど素人をボーカルにして、わずか二年で武道館までやらせるとか頭おかしい。俺もか? いや、うちのレコード会社もか……なんのかんの言いながら、曲に力があるんだろうなぁ。ソロの話も消えたし」
会社の最初の腹積もりでは、いったんバンドでデビューさせて、解散させる予定にあった。後は、なし崩し的に凌を囲い込もうとしていたのだが、もはや誰もそんなこと言う人はおらず。それだけ、バンドが放つ曲に力があったのだろう。
「まぁね? 香月くんは、別にギターじゃなくても音出せるものならなんでもいいっていう、ちょっと変わっているところがあるからね」
ただ近くにギターがあって、そこから音が出たから。香月はそんなくらいにしか考えていないのかもしれない。自分が思い描く音のためならギターじゃなくてもいいのだろう。ギタリストでありながら、香月はギターにこだわりがないギタリストのように児玉の目には映った。
「確かに、香月くんの感性はもうなんか、そういうものなのかって思わされるところがある」
ギターは演奏技術以外にも感性が占める比重も大きい。特に、香月は音楽評論家にすら訳がわからないと言われているセンスをしているのだ。ギターが壊れて変な音を奏でようとも、そういうものだと納得させてしまうような不思議な説得力があった。
それに比べて、歌は自分を楽器として発せられ、周りを取り巻く音とかみ合わせる必要がある。経歴も浅く、元から天才的に歌がうまいわけでもない凌は、ベテラン勢と逸脱した人の中で孤立し、それがそこまでひどくない歌声をよりひどい印象にさせてさえいた。藻掻きながら努力を重ねる姿を目の当たりにしてきた児玉と生田からしたら、それが口惜しく。どうにかしてやろうと、動くことになった。